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007:青山霊園

 在原和也は後悔していた。

 運動生理学の修士論文を書くために始めた空手。データを採りながら科学的アプローチを続け、1年半も過ぎる頃には黒帯有段者となり、全国大会で優勝するまでになっていた。

 俺は日本一強い。

 そんなおごりが、彼を賭けファイトの世界へいざなった。


 研究成果を基に起業した、アスリート向けGYM『ライズアッパー』。

 起業したはいいが思うように資金調達が出来ず、危険は承知で手っ取り早く稼ぐために、賭けファイトの世界へ飛び込んだのだった。


 俺は日本一強い。

 だがそれは、所詮ルールに守られた世界の中での話だった。


 今や彼の顔は腫れ上がり、体の節々が痛む。

 左の腕は折れている、確実に。


「やっちまえー」


 コロセ!! 殺せ!! こ~ろ~せーーー

 熱狂するパリピたち。チャラ男にゲロブスビッチの群れ。

 気安くコロセと叫ぶ馬鹿どもに怒りを感じながら、足を踏んばる和也。

 青山霊園の中ほど、少し広場になっている場所が、今宵こよいは闘技場と化していた。


 竹のようなひょろ長ノッポの男が蹴りを繰り出す。

 烈風を唸らせながら、ひょろ長ノッポの蹴りが和也の折れた左腕をさらに責め立てた。

 左腕に痺れが走り、続いて激痛が押し寄せる。和也は歯を食いしばって痛みに耐え、相手を睨みつけた。


「おいおい、さっきまでの勢いはどうした。たいした事ねえな」

 あざけり、侮蔑ぶべつ。和也を見下すひょろ長ノッポの笑い声。ギャラリーからも嘲笑が起こる。

 和也は屈辱に顔を赤らめた。


 プルプルと肩を震わせながら、残った右手で拳骨ゲンコツを作ると、裂帛れっぱく咆哮ほうこうとともに間合いを詰めた。

 運動生理学にもとずくチェーンコンボ。人体を山から海へと流れゆく河川に見立てた連続技。

 運動エネルギーが腕から肘、腰で加速して脚へと伝わり、流れる様な連続技が繰り出されてゆく。


 が、その攻撃は、ことごとく阻まれた。


 腹を殴ればそこはいわおの様に硬く、横っ面を蹴り飛ばしても、その衝撃が頭を素通りして反対側から抜けて行ってしまう。まるでタオルを蹴っているような感触だった。


 渾身の力を込めた踵落とし。


 踵が頭を捕らえようとした刹那、ひょろ長ノッポはスプリングの様に体を大きく後ろにしならせてかわしてしまった。

 戻ってくる反動で、和也に頭突きを喰らわす。

 視界が真っ白になり崩れ落ちてゆく和也に強烈なアッパーカットが炸裂した。彼は弧を描いて後方に吹っ飛ぶと、大地に倒れ伏した。

 陸に打ち上げられた魚の様に全身が小刻みに痙攣けいれんしている。


 巻き起こる爆笑。


 ギャラリーたちの残忍な笑い声が、青山霊園の空を震わせた。

「みっちゃんサイコー」

 誰かの叫びに合わせて、それに追随するように歓声がわき起こる。

「おいレフリー」

 呼ばれた男が和也の様子を確認して試合続行不可状態なのを確かめると

「じゃあトドメー、宮沢選手、ヤっちゃってー!!!」

 ひょろ長ノッポにトドメを刺すように促した。


 ギャラリーのテンションが一気に上がる。


「やっちゃってーーーー!!!!」


 殺人教唆コールの合唱。ギラつくパリピ達の目は、これから行われるであろうセンセーショナルな見世物への期待に膨らんでいた。


 その歓声に両腕を大きく広げて答えるひょろ長ノッポ。歓声がますます大きくなった。野太い声に黄色い歓声、殺人ショーへの興奮をあおる。


 その歓声に答えるように、ひょろ長ノッポは大きく跳び上がると空中で三回転して勢いをつけ、和也の顔面めがけて踵を叩きつけた。

 頭蓋骨が潰れて脳漿のうしょうが飛び散った……はずだった。なのに、ひょろ長ノッポの踵は大地を大きく抉っただけだった。

 あっけに取られ、予想外の出来事に辺りが沈まりかえった。


ギャラリー達も、何が起こったのか分からずにざわつく。

と、ひょろ長ノッポが一点を睨みつけているのを気づいたギャラリー達がその視線の先をたどると、仮面をつけた男が和也を小脇に抱えて立っていた。


「なんだてめえ」

 不愉快そうに鼻を鳴らしながら立ち上がったひょろ長ノッポが、仮面の男を睨みつける。その仮面は白地に黒の模様が入っていて、なんだか不気味だった。


「あんた、夜の眷属ナイトライブってやつかい」

 人間離れした身のこなしに、先程のグールの事を思い出して問いかける流悟。

 が、レフリーが気を利かせてスイッチONした爆音HIPHOPにかき消され、ひょろ長ノッポは『ナイトライブ』の箇所しか聞き取れなかった。結果、流悟が自分は『ナイトライブ』だと名乗ったと、ひょろ長ノッポは勘違いした。


「ナイトライブw カッケーなぁw 正義のヒーローってワケだ」

 仮面をつけた姿も誤解を与えるのに一役かったかもしれない。

 ひょろ長ノッポは余裕綽綽よゆうしゃくしゃくと笑いながらも突然、猛然と間合いを詰め、掌手を繰り出した。


 その掌手は大気を震わせ唸りを上げる、いかにも凄い勢いだ。

 が、流悟はそれを無造作に蹴り上げて防いでしまった。驚愕に見開かれるひょろ長ノッポの目。瞳孔が開き、ゴクリとつばを飲み込んだ。よほど今の一撃に自信があったのだろう。かなりの動揺が見て取れた。


「次は本気でかかってきなよ。じゃないと死ぬぜ!」

 中二全開。一度言ってみたかった格闘漫画で読んだセリフ。仮面の下の素顔がほころぶ。

 が、オーディエンス達の白けた雰囲気に、言ってしまったことを後悔した。

 爆音のHIPHOPだけが白けた空間に流れる。


「みーやざわー、みーやざわー」

 誰かが宮沢コールを始め、それにギャラリー達が追随し始めた。それはやがてHIPHOPをもかき消す大合唱になって……完全にアウェーだ。


 怒声を上げながら手刀を振り下ろすひょろ長ノッポ。

 その攻撃を体をそばめてかわすと、相手の背中を蹴り飛ばした。ひょろ長ノッポは吹っ飛び、大木に激突するとそのまま伸びてしまった。


 歓声がピタリと止んだ。どうしていいか分からずに互いに視線を交わすパリピたち。その顔には皆一様に、恐怖の色が浮かんでいた。


 長居は無用。とっとと立ち去ろうとした矢先、二人の男が流悟の前に立ち塞がる。

「今度は俺たちと遊んでくれよ」

 左側の五分刈りの男が胸元で握りこぶしを作って力をこめる。すると、手の甲のタトゥーが光り、突然巻き起こった突風が木々を揺らした。砂埃に目を伏せるパリピたち。


 突風が納まるのをまってから、右側の短髪をツンツンに立てた男が右手を天に掲げた。 みなの視線が右手に集中すると、掌に火の玉が出現した。

「スゲェ」

「なにあれぇ~」

彼等を囲むギャラリー達のどよめき。

 すかさずレフリーがパリピ語で何かがなり立て始め、ギャラリー達も再び熱狂し始めた。


 短髪ツンツン男が火を放った。ブウォッブウォッと唸りを上げて2発の火の玉が襲い掛かる。後ろに跳んでかわす流悟だが、腕に抱えた男の分だけ重心がズレ、バランスを崩しかけよろける。

 どこかに横たえる場所はないかと視線を彷徨わすと、人混みの中から丸眼鏡をかけた男が飛び出してきた。周りのパリピたちと明らかに人種が違う、いかにも学者ですといった雰囲気を放っていた。たぶん抱えている男の知り合いなのだろうと判断した流悟は、メガネ男に抱えていた男を渡した。


「早く病院に」

「ああ、ありがとう」

 仮面の男から和也を受け取った伸一は、病院に向かおうとする。が、パリピ達に行く手を遮られてしまった。

「途中で逃げてんじゃねえよ」

「尻尾まいて逃げるなんてダサぁ」

「キモイwキモイwキモイwww」

 死合に負けた和也を弱者認定したパリピ達が、彼らを一斉に口汚く罵る。それはネズミをいたぶる猫のような、残忍と愉悦の入り混じった顔をしていた。人間はここまで残酷になれるのか、伸一の心にわき上がる失望と怒り。


 その時、一筋の稲光が空を裂いた。


 仮面の男の右腕が、まばゆいばかりの稲妻をまとっていた。パチパチと幾筋もの紫電が腕に絡みついている様子が、ニュースでみる落雷事故の陰惨さを思い起こさせて恐怖を煽る。


 イキっていたパリピ達が一斉に口をつぐみ、そして道ができた。

 伸一は仮面の男に感謝しながら和也を病院へと抱えていった。





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