002:覚醒
流悟が目を覚ますと、そこは3日後の世界だった。
ふらつく頭を押さえつつ、ブレーカーを上げてTVを付けると、木曜日にやっている番組が流れていて、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
初めは何が何だか分からずに無意識にスマホを確認したら、なんと気を失ってから3日経っていたことに気がついたのだった。
混乱。何がどうなったのか分からず髪の毛を掻きむしる流悟。
とりあえずシャワーを浴びて気持ちを切り替えようとする。
そして、洗面所で服を脱いだ時、更に驚くことになった。
「腹筋が割れてる」
シックスバックになった己の腹筋。
それだけではない、胸板も熱くなり、全体的に筋肉がついたおかげで体が一回り大きくなったように見える。
鏡の前で思わずボディービルディングする流悟。
筋肉がついたおかげで様になっている。
ふと視線を下にやると、ナニもビックになっていて、思わずニヤけた。
体が軽い。シャワー中に雷を使ったら、水滴がバチバチと弾けて線香花火がいくつも宙を舞っている様な感じになって、綺麗だった。
その光景に自然とテンションが上がる。
テンションが上がりすぎてじっとしていられない流悟は、真夜中にもかかわらず家を飛び出した。
もう朝まで待てない。
自分の体がどうなっているのか今すぐ知りたくて知りたくてたまらなかった。
もしも家の中で色々試したら、家財道具が黒焦げになってしまいそうな気がして、流悟は多摩川へ行って試すことにした。
多摩川までは少し距離があったのだが、あそこならば思う存分力を試せるはず。
そう考えながら国道へ出て、そこから道なりに多摩川へと向かう流悟。
気持ちがはやる。
そして道すがら気づいたことがある。
夜なのに、やけにはっきりと物が見えるのだ。
意識を集中すると、300m先の看板の文字まで読むことができた。
どういうことだ?
道路の反対側でおこなわれている工事、アスファルトの破砕作業で舞い上がったアスファルトの破片まで見えた。
なん……だと?
どうなってる?
通り過ぎてゆく車。
運転席と助手席にいる人間の顔、そして手に持っているプリッツの箱の文字まで見えた。
訳が分からない。
戸惑い、驚き。
体の動きもなんだか軽くて、周りの動きがスローモーションで見える。
どうやら視覚が強化されているみたいだ。
興奮してアドレナリンが湧き立つほどに、動体視力がパワーアップしてゆく。
テンパりそうな自分を感じて、深呼吸を繰り返し心を落ち着かせたら、動体視力も元に戻った。
安堵のため息をつく流悟。
動体視力が強化された状態のまま、これから一生を過ごすことになっていたらと思うと、寒気がして思わず身震いした。
視覚がこれなら聴覚はどうなんだ?
耳を澄まし、意識を集中する。
感覚が膨張していく感じがした。知覚がどんどん広がっていく。
車の音、人々の会話、全てが手に取るようにわかる。
感覚がどんどん肥大化してゆく。上空を飛ぶジェット機の管制塔とのやりとりまで聞こえてきた。
流れ込む情報の洪水。たまらず耳を塞ぎ頭を振った。
しゃがみ込んだ流悟の顔面からは油汗が噴き出ていた。
流れ込むあまりの情報量の多さに発狂しそうになり、顔面蒼白になっていた。
心臓に手を当てて呼吸を整える。心が落ち着くまで繰り返した。
落ち着いたところで、おもわず両手をまじまじと見つめる。
が、いつもと変化がない普通の自分の手だ。
しかし身体機能が明らかにパワーアップしていた。あり得ないほどに。
これが麒麟の力なのかと思考を巡らせる流悟。
見ると、目の前にコンクリートで出来た四角い支柱があった。
高架鉄橋の支柱だ。
ひょっとしてスパイダーマンのようによじ登れるのでは?
という期待をこめて支柱に手を置いて指先に力を込める……が、だめだった。
よじ登ることは出来なかった。
軽い失望感を感じる流悟。
気を取り直して、今度は足を踏ん張ってジャンプ。
目標は6mほど上空にある陸橋の手すりだ。
体が上にひっぱられるようにグングン上昇してゆく。
そしてフワリと陸橋の手すりに飛び乗ることに成功してしまった。
下を見ると、自販機の上部分が爪の大きさくらいになっているのが見えた。
それだけの高さをジャンプしてしまったのだが、まったく実感がわかない。
それを当たり前のこととして受け入れている自分自身に軽く戸惑う流悟。
今は真夜中で、車も人通りもなかったのが幸いした。あったら大騒ぎになっていただろう。
次に鉄で出来た手すりの上を全力疾走する。
前方に見えてきた同じ方向に向かって走る車を追い抜く。
風になった様な気分だ。流悟の心が躍る。
交差点の十字路が目の前に迫る。
予想以上の疾走スピードに思考が追い着かず、考えるよりも先に手すりが終わってしまった。
足場を失いしかたなくそのままジャンプ。
猛スピードで助走をつけたジャンプは流悟を10m上空へ大砲のように舞い上げる。
流悟の口から思わず声が出て、手足をバタつかせていた。
バランスを崩し急速に失速する流悟。彼は急勾配な放物線を描き、多摩川を越えて反対側の河川敷に着地した。
川崎市から狛江市への大ジャンプ。
常識外れの出来事に心臓がドキドキしている。
「スゲー」
自画自賛。今やったことが自分でも信じられなかった。
興奮によりアドレナリンが沸騰しっぱなしで、知覚が増大している。
と、今の曲芸を目撃したらしき若者がコチラに向かって恐々(こわごわ)歩いて来るのが見えた。
「見られた?!」
動揺する流悟。思わず背高く茂った雑草群の中に隠れて、様子を伺う。
「ホントに隕石なんか落ちたのか」
「マジだって、なんかでっかい物体がここら辺に落ちたの見たから」
「隕石だったら、爆発がおきてクレーターとかできるだろ」
「大惨事になってないもんな」
辺りをキョロキョロしながら男がいった。
男達は3人、その風貌から大学生くらいだろう。
彼らは少しの間、愚にもつかない無駄話をしながら周辺を調べていたが、結局なにも目ぼしいものを見つけることが出来ずに去っていった。
ホッと一息つく流悟。体の力が抜けてリラックスした。
さて、ここからが本番だ。
まずは足元に転がっていた石を持ち上げて思いきり握りしめるると、石は粉々に砕けた。
パラパラと砂粒をまき散らしながら破片が転がる。
耳の裏側にアドレナリンの音が聞こえた。
否、感じたといった方が正しいかもしれない。
それを何度か繰り返すことによって、意識的にアドレナリンの量を調節し、パワーの威力をコントロール出来るようになった。
大雑把にではあるが……
次に魔法を試してみる。
が、使えたのは雷魔法のみだった。
棒切れを握って燃えろと念じたり、川に手を浸して凍らせようとしたり、台風やゴーレムを作ろうとしてみたりしたのだが、さっぱりダメだった。
身体の超人化と雷魔法だけでも十分凄いのだが、ちょっとガッカリしてしまう流悟だった。
気を取り直して雷を色々いじくってみる。
攻撃用に雷で輪を作ってみたり、鞭状にしてみたり。
小石に雷を込めて、触れたら感電するお手製地雷なんかも作ってみたりした。
イマジネーション次第で色々と出来そうだ。
ワクワクが心の中で踊る。
雷を使った試行錯誤に熱中しているうちに、他の属性の魔法が使えないことも気にならなくなっていった。
そうこうするうちに、気がつくと空が白み始めてきて、いつの間にか夜明け真近かになっていたようだ。
流悟は大きく息を吐いて一区切りつけると、ゆっくりと大地を踏みしめながら家路についた。
歩きなれたいつもの道路。
が、いつもと同じ景色が今は違って見えた。
さて、この力をどう使おうか?