017:ナイトライブとの攻防
最高にハイな気分だった。
ハイドシークとなった都築は、今まで自分をコケにしてきた奴らを片っ端から血祭りにあげた。自尊心を傷つけられ、鬱屈した思いを抑えつけて生きてきた分、一度決壊した怒りの感情はもう止められない。
「ヒィィィ」
「や、やめろ……GYAああああァ」
威張り腐って自分を見下してきた奴等の目が、恐怖に歪むのが堪らない。
そしていつの間にか、その快感に酔いしれるようになり、次の獲物、次の獲物と獲物を探して彷徨い始める。
恨みを晴らすことよりも、殺人を犯すことによって得られる快感が目的になっていった。
◇◆◇◆◇
ワイドショーが六本木連続猟奇殺人を大々的に放送する中、六本木通り沿いにある三河台公園では、その犯人をある一団が追い詰めていた。
ハイドシークを取り囲む一団は、瞑昂具象装置研究開発の為に集められた若者たち、通称ライブレンジャーだった。
レンジャーたちは初めての実戦に、緊張した面持ちで敵に対峙していた。
敵の一挙手一投足を見逃すまいと集中し、感覚が研ぎ澄まされてゆく。彼らは、アスリートとして研鑽を積んできた直感にしたがって戦った。
襲いかかろうとするハイドシーク、その動きを予測しつつ一定の距離をとり、瞑昂を放ってダメージを与えてゆく。
地の瞑昂が敵の足場を奪い、水の瞑昂が動きを鈍らせる。そこへ、火と風の瞑昂が叩きこまれた。
今までは、恐怖に立ちすくむ奴らを切り裂いて、臓物をまき散らすだけの簡単なお仕事だったのに。初めて味わうピンチに狼狽えるハイドシーク。
あっちへウロウロ、こっちへダッシュ。逃げ惑うが逃げきれない。
「なんだ楽勝じゃん」
レンジャーの一人、尾村豪史が笑った。
それに同意するように、健治と瑠美が小馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「油断すんな」
勇の檄が飛ぶ。
「臆病すぎんだよ」
ムっとした顔の健治が言い返した。
「なにお」
一触即発状態。
「やめて、まだ終わってないのよ」
たまらずに恵美が仲裁に入った。
「優等生って、疲れない」
そんな恵美を瑠美が茶化した。
その時、黒い霧がどこからともなく現れて、ハイドシークを包み、公園の入り口まで連れ去った。
キョトンとするハイドシークの目の前で、黒い霧は怪物へと姿を変える。
その正体は、夜の眷属の一人、魔霧:マクスウェーバーであった。
「ほら、早くいけよ。もっと人間殺してこい」
そう言ってハイドシークを逃がすと、ライブレンジャーの前に立ちはだかる。
「楽しそうだな、ボクも混ぜてくれよ」
言うが早いか、黒い霧となってレンジャー達に襲いかかった。
応戦しようとするレンジャーたち。
しかし実体を持たない相手とどう戦えばいいのか分からずに、いいように嬲られた。
瞑昂を撃とうにも、狙いを定めることが出来ない。健治が黒い霧に向かって火炎放射を繰り出すが、マクスウェーバーは高笑いをあげながら、その炎を健治に向かって反射させた。
悲鳴を上げながら炎に包まれる健治。
恵美と瑠美が、慌てて水の瞑昂を使って火を消す。
「くそがぁ」
地面に倒れ伏し、泥だらけになった健治が、憎しみのこもった眼でマクスウェーバーを睨みつける。
「テンション~アゲ! アゲ!」
マクスウェーバーは、そんな健治の視線を心地よさそうに受け止めた。
「どうすんだよ」
焦る丈士を
「どうしちゃう~。どうなっちゃうのかな~」
マクスウェーバーがからかった。
身構えるレンジャーたち。
と、
晴れ渡った青空から、突然、一筋の巨大な雷がマクスウェーバーを貫いた。
大地を揺るがす衝撃。余りのパワーに、マクスウェーバーが魔霧と化して霧散、そして再び元の姿に戻った。その強大な力に冷や汗をかく。
レンジャー達も、身体を震わせる強大なパワーの余波を全身で感じて、身体を強張らせた。
いつの間にか、マクスウェーバーの前に男が立っていた。
男は仮面で顔を覆っていた。
白地に黒で、悪魔ともピエロともつかない意匠を施した面だ。
そして、手に持った剣がスパークした。
「アンタ誰ちゃん?」
「ジョーカー」
「ジョーカー? ああ、鷲志が言ってた雷使いか」
そういうとマクスウェーバーは、両手に暗殺剣を握った。
打ち合うこと十数回。
八方から繰り出されるマクスウェーバーの攻撃をかわしながら、流悟の剣はマクスウェーバーの急所を確実に攻撃した。一振り一振りが必殺の剣戟である。しかし、その攻撃はすべて敵の体をすり抜けてしまった。魔霧怪人ゆえに実態がないのだ。
更に数十回打ち合うが、攻撃を加えることが出来ない流悟。このままでは埒が明かない。
彼は、密かに特訓した必殺技を試すことにした。
「サンダーッブレイド!」
刀身に込めた雷が、眩く輝き始めた。
そのまま、光り輝く剣を垂直に振り下ろす。
「シルバーダイナミック!!」
剣が砕けた。力を受けきれずに崩壊したのだ。
今度の剣は、玲緒奈に錬金術で造ってもらった剣だったのだが、やはり流悟の強大すぎるパワーを受けきることが出来なかったようだ。
流悟は仮面の中で顔をしかめた。
マクスウェーバーはといえば、体が帯電し、ヨロヨロとよろめいている。
多少、動きを鈍らせた程度で、やはり致命傷を与えることは出来なかったようだ。
レンジャー達の落胆する声が聞こえる。
しかし流悟は、敵を切り裂いた一瞬だけだが、マクスウェーバーの魂ともいえる霊核をその体内に視た。
あれを破壊できれば倒せるはず。問題は、どうやって実態の無い霊的な物を斬るかだが……
とりあえず、ありったけの雷を奴の霊核へ叩きこもうと数歩歩んだところで、殺気を感じて横に跳んだ。
直後、いままで流悟が立っていた場所に魔蠅マシンガンが降り注ぎ、大地をえぐった。
上空を見上げれば、そこにはベルゼバブが浮いている。
「見つけたぞ雷野郎! あの時の借りを返してやる」
憎しみのこもった眼で流悟を睨みつけるベルゼバブ。
(二対一か。やっかいだな)
流悟がそんなことを思っていると、マクスウェーバーが逃走した。
「後はシクヨロ~ってな感じで、バーイ、テンキュー! ヒウィーゴー」
「おいシンヤ!!」
悪態をつくベルゼバブ。が、マクスウェーバーは、そんなことお構いなしに、黒い霧となって逃げ去ってしまった。
「クソがっ」
ベルゼバブは、その怒りもまとめて一緒に、流悟へ向かってぶつけ始めた。
彼の周りをブンブン飛び回りながら、魔蠅
弾丸を撃ち込んでくるベルゼバブ。彼は前回の事を反省して、決して流悟に近寄ろとはしなかった。あくまでも上空から距離をとって攻撃してくる。
魔蠅弾をかわしながら雷球を投げつけるが、魔蠅弾をぶつけて相殺してしまう。
レンジャー達も加勢しようとするが、そもそも、マッハ1で飛び回るベルゼバブのスピードを捕らえることが出来なかった。
流悟は腹をくくった。
背中に大きな雷翼を作ると、垂直に力いっぱいジャンプした。10mほど舞い上がったところで気流を捕まえると風に乗る。
そしてそのまま、翼をはためかせながらベルゼバブへ向かって突っ込んだ。
仰天したベルゼバブが距離をとる。あの時は負傷していたために、流悟が空を飛んだことを知らなかった。だからこそ焦った。空にいれば絶対安全だと思っていたのに。
逃げるベルゼバブと追う流悟。
陽光煌めく高層ビルの合間をぬい、首都高の上を滑空する。流悟は慣れない空中戦に四苦八苦しながら、なんとかベルゼバブを追いかけた。
ヒット&ウェイ。
距離をとって攻撃するベルゼバブ。それをかわしながら距離を詰めようとすると、ベルゼバブは方向転換して逃げた。敵の進行方向に流れている気流をつかむため、どうしても方向転換に時間がかかってしまう流悟。
これが、飛翔しているベルゼバブと、滑空しているだけの流悟との決定的な違いである。
が、流悟に恐怖心を抱いているベルゼバブは、そのことに気がつかなかった。
ベルゼバブの頭の中は、どうやって流悟を罠まで誘導しようか、そのことでいっぱいになっていた。
バルムンクこと岩波鷲志と、中井博士から与えられた入れ智慧。毒ガスルームトラップ。あそこまで誘い込めれば、確実に奴を倒せる。
ベルゼバブはほくそ笑みながら、流悟を罠の待ち受ける高層ビルへと少しずつ誘導していった。