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16/18

016:殺人現場にて


 その日は午前中に大学の授業が終わったので、紗社美の運転するミニワゴンにピックアップされ、午後は彼女の配達の手伝いをした。

 なし崩し的に『万屋籠目』でバイトすることになった流悟。配達から探偵稼業まで、色々と手広くやっているのが面白そうで、流悟は特に抵抗なく働くことにした。


 東京郊外の某都営団地に住む、お年寄りのための買い出しサービス。毎週水曜日にFAXで注文を受け、某都営団地の各家庭に配達しているという。勿論ニコニコ現金引き換えだ。


 コストコで食料品を買い込んで各家庭を回る。おじいちゃんおばあちゃんの屈託のない笑顔が流悟を和ませた。紗社美の手際の良さにも舌をまく。

「あらあらサトミちゃん。彼氏が出来たのかい。早速尻にしいちゃって」

「そう見える? 実は若いつばめ囲っちゃった」

(いやいやアンタとは二つしか歳違わないだろ)

 内心ツッコミをいれつつ

「新しくバイトで入った神崎です。よろしくお願いします」

 元気よく挨拶した。

「あら、いい男。おばさんファンになっちゃった」

 心の中でウゼェと思ったのは内緒だよ。

 流悟は笑顔でやりすごした。

 紗社美の含み笑いに、流悟のこめかみがピクつく。ぐぬぬ



 ◇◆◇◆◇


 六本木、高層ビルの一角、中井の研究室に中井博士と岩波鷲志はいた。

 電磁ブレードの前で佇む二人。

「やっぱりだめか」

「この次元連結ユニットを起動させるには、まだまだエネルギー不足だよ」

 流悟が脱出の際に放った雷撃、それをいくばくか蓄電したものをチャージしてみたものの、大火事にバケツ一杯分の水をぶっかけるようなものだった。唇を咬む鷲志。


「奴が直接チャージするなら起動出来そうか」

「計算上は出来る……が、バルムンク、それがどういう意味か分かっているのか」

「俺たちは別に仲良しこよしで集まったわけじゃあない。サバトを乗り越えて、たまたま利害が一致しただけって話だ」

「……お前さんと対等に闘えるということは、他の夜の眷属ナイトライブはもう奴に太刀打ちできないってことだぞ」

「オレは自分と対等に闘える相手が欲しい。全力で闘ってみたいんだよ」



◇◆◇◆◇


 六本木の国道から1本わき道に入った路地裏。そこが猟奇殺人の現場だった。


 事件から一夜明け、死体は既にかたずけられていたが、生々しい鮮血の地上絵はいまだそのままになっていた。

 所轄の刑事が状況と鑑識結果を報告する。その凄惨さに眉をひそめる刑事たち。


 舞衣子は血だまりの跡に手をかざした。本当はそんなことをする必要もないのだが、気合を入れるためのルーティーン作業みたいなものだ。


 千里眼。


 物理的な遠方を見るだけでなく、過去や未来を視ることも可能だ。通常は、その場所の思念の濃度によって、視える映像の鮮明さが変わってくる。普通は3時間を超えると途端にその鮮明さが薄くなってゆき、視える映像もぼやける。

 だがしかしここは殺人現場、強烈な思念が残っているはずなので、1日経っても何か視えるはずだった。

 

 そして舞衣子は視た。


 四人の男達。三人が一人を囲んでド突く。そしてド突かれていた男が怪物に変化して、他の三人を怒りに任せて殺害した。

 その凄惨さに額を一筋の汗が流れる。流石に場数を踏んでいるだけあって、嘔吐することはなかった。


 さて、犯人の顔は分かった。しかし彼女に見えるものが、他の人には見えない。ここからどう犯人逮捕へと誘導していこうか。舞衣子は思案した。


 そもそも普通に逮捕でいいのだろうか。というか出来るのか?

 あの怪物こそ、紗社美が言っていた夜の眷属ナイトライブだろう。

 下手に捕まえようとすれば無駄に犠牲者が出ることになる。同僚を怪物と戦わせる訳にはいかない。


 そこまで思案したところで人の気配がした。


 Gジャン姿のラフな格好をした女が一人、こちらに向かって歩いてきた。そして、いつの間にか警官たちの姿が無くなっていた。

 己の迂闊さに内心舌打ちする舞衣子。


「あんたも見たのかい」

 Gジャンの女はそう話しかけてきた。

「何をかしら」

「とぼけんなよ。バケモノが男を三人、血祭りにするところさ」

 舞衣子の目つきが険しくなる。女はそれを自分の質問に対する肯定の反応ととった。

 今度は舞衣子が、Gジャン女に同じ質問を返した。するとGジャン女は嗤った。答えはYESらしい。


 この女は千里眼が使える。それは風の瞑昂使いということ。二人の視線がぶつかり火花が散る。


「烈王の雅音だ」

 Gジャン女はそう言った。

『烈王』、それは、かつて芦屋道満が使役していた八体の聖獣のうちの一体の名前だ。

「あんた道摩って苗字なんだって? もしかして芦屋道満の血縁者かもって話だったから確かめにきたけどさ、どうやらアタリだったようだね」

 雅音の顔に隈取が浮かび上がり。鋭利な風を全身に纏わせた。

 盾殻風で防御しながら、舞衣子は護符を三枚取り出した。


「仮面を使わなくても瞑昂が使えるなんて、さすが道満の子孫」

 舞衣子が持った三枚の護符が、風に包まれ三本の小刀クナイへ姿を変えた。雅音が不敵に笑う。

「陰陽道ねえ。悪いがアタシは陰陽術なんて高尚なものは使えなくてね、代わりにこれさ」

 一陣のつむじ風が吹く。すると、彼女の両手にはトンファーが握られていた。

 宝具パオペイ:莫邪旋棍だ。

「仙道が生み出した武器さあね」

 雅音が瞑昂を込めると、それは妖しく光り輝いた。


 舞衣子が小刀クナイを放つ。それは風に乗って勢いを増し、唸りを上げながら雅音の胸元めがけて飛んで行く。

 雅音は体を捻って一本目をやり過ごすと、左手の莫邪旋棍を旋回させて二本目を打ち落とし、風の瞑昂技、獅子烈吼で三本目の小刀クナイを撃破した。その勢いのまま右手の莫邪旋棍へ瞑昂を込めて無頼旋風斬を放つ。

 流れる様な一連の動きに無駄はなく、正に攻守一体の離れ業だ。


 地を這い舞衣子に襲い掛かる無頼旋風斬。瞑昂を含んだかまいたちが舞衣子の眼前に迫る。

 彼女は懐から形代かたしろを取り出すと、かまいたちに向かって放り投げた。形代は舞衣子の代わりに攻撃を受け、消滅した。


 形代かたしろ

 木・紙・藁・土器などで作られた人形のことで、その名の通り身代わりとして使用される。通常は形代に呪術をかけたり、人間の罪や穢れを移して禊に使用する。


 舞衣子は妹の紗社美と違って式神を操ることを苦手としていた。その代用としての形代だった。


 間髪入れずに雅音が距離を詰め、猛攻を仕掛けてきた。左右の莫邪旋棍トンファーを巧みに操り舞衣子を責め立てる。

 その攻撃のことごとくを、風の衣で受け流す舞衣子。イラつく雅音に、舞衣子はニッコリと微笑んだ。目が座る雅音。彼女は莫邪旋棍トンファーの柄で、舞衣子の胸元の急所六ヵ所をたて続けに責めた。

 繰り出される攻撃をかいくぐり、隙に乗じて相手の懐に飛び込む舞衣子。その勢いを利用して目つぶしを繰り出す。細くしなやかな中指と人差し指が雅音の両の瞳に迫った。雅音が慌てて後ろに飛び退いて距離をとると。上空から攻撃が襲ってきた。舞衣子が放った風の瞑昂


 霊波天陣


 三重の風圧が、上空から雅音を圧殺するために襲い来る。雅音は右手に旋風を纏わせて、その拳を天に突き立てた。

 ドリルで土を掘るように、旋風で風圧を突き破った。破壊された霊波天陣が突風となって木々をざわつかせながら吹き抜けてゆく。


「アナタ強いわね」

「いやいやいや。綺麗な顔して、やる事えげつないねぇ~、アンタ」

 髪をなびかせながら笑いあう二人。

 


「何やってるんだ雅音」

 第二ラウンドが始まろうとした刹那、速水忍が割って入ってきた。雅音の先走りに仰天した様子で、かなり慌てていた。

「ああ、忍。あんたも手伝いなさいよ」

 待ちかねたという表情で雅音がいうと、舞衣子の眼が細まる。

「そういうことだったの、速水警部補」

「早まるな、道摩刑事。争う気はない」

「その割には、貴方の連れ合い、やっちまう気マンマンみたいだけど」

「雅音、宝具を仕舞ってくれ」

「なに、道満の子孫なんて庇う気?」

「始めからそんな喧嘩腰でどうするんだ」

「何事も先手必勝だろ」

「見極めてくれよ。とにかく、まずは宝具パオペイをしまって。私が責任を持つ。道摩刑事もいいね」

 忍の本気の態度に、舞衣子は護符をしまい、体に纏わせていた風を散らした。

「雅音。天鵬衆が無防備の者を攻撃するのか。そうやって始めから決めつけていたら、世の中何も変わらないだろ」

 真剣な眼差しで雅音を説得する忍。その眼差しに毒気を抜かれた雅音が、宝具パオペイと風を収めた。顔から隈取が消えてゆく。


「あ~あ、やる気失せちゃった。じゃ、またね」

 雅音は舞衣子に手を振りながら、呼び止める忍に「後は任せた」と声をかけて去っていった。



「すまなかった」

 取り残された二人。忍が舞衣子に詫びる。

「どういうことか説明願いますか、速水警部補」

 わだかまりが、二人の間に微妙な物理的距離をつくる。二人は距離を保ちながら、その場を後にした。



 その後、二人は警視庁十二社警察署に戻り、犯人のモンタージュを作った。


「どうするんですか、それ」

 胡散臭そうに舞衣子が言った。

「キャリア組の特権を利用する。そっちの筋から密かに手に入れた資料だというさ」

「へぇ~」

「その方がショートカットになるだろう」

「いいんじゃないですか。ただし、貴方への好感度が上がったりはしませんがね」

「強情だね」

「下賤な身の出なものでして」

 ぞんざいな口調で舞衣子が言った。

「偽善も死ぬまで続ければ、他人からは善と見分けがつかないものさ」

「……フォローアップのつもりですか」

「好きにとってくれ」



◇◆◇◆◇


「あッ! この顔知ってるよ」

 家に帰った舞衣子は、念のため、紗社美にモンタージュ写真を確認させたところ、そんな答えが返ってきた。

「どこで見たの」

「大学でドラッグ売ってたな。下っ端の売人、て感じかな」

「内ゲバだ内ゲバ。兄貴分たちの理不尽に耐えきれずに、キレてやっちまった系だね」

 なぜか嬉しそうにはしゃぐ玲緒奈をたしなめながら、舞衣子は紗社美から更に詳しい話を聞こうとした。



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