014:人造ナイトライブ
六本木にある高層ビルの一角に、その研究室はあった。
人造夜の眷属計画
黒魔術のサバトではなく、科学の力で夜の眷属を誕生させるという
プロジェクトだ。
研究員たちが忙しく動き回る研究室内の中央に、円筒形のカプセルが用意され、その中に入った都築が不安そうに視線をキョロキョロさせていた。 彼はカプセル内に設置されたベットに横になり、手足を固定されていた。
「彼が栄えある人造夜の眷属第一号って訳か」
モニタールームで窓ガラス越しにその様子を見降ろしながら鷲志が言った。
「うちで売人やってる、丁度いい下っ端見つけたんでね」
馬瀬博士が得意げに答える。
夏奈はTVのバラエティ番組でも見る様にカプセルを眺め、中井博士は無表情で実験の成り行きを見守っていた。
モニタールームで見守る鷲志たちの前で、カプセル内に黒紫の煙が噴き出し、カプセル内を満たす。
研究員たちがディスプレイや機器を忙しくチェックしている。緊張の一刻。
やがて煙が晴れると、都築は怪物の姿になっていた。
室内に喚声が上がる。実験は成功したのだ。賞賛の声に笑顔で答える馬瀬博士。
だがしかし、馬瀬の得意げな顔が中井の癪に障った。
◇◆◇◆◇
流悟は大きく息を吐くと、六本木ミッドタウンの屋上に着地した。
紗社美を降ろしてから、もう一度大きく息を吐いた。安堵のため息。
『大丈夫?』と声をかけようとして、はだけたブラウスから覗く胸の谷間が視界に入り、慌てて目をそらす。
「助かったわ」
紗社美が明るく声をかけてきた。
流悟が返事をしようとしたところで、人の気配がした。警備員が何事かと様子を見に来たのだ。
無意識に右手をスパークさせていた流悟。 紗社美が慌てて止めた。あの警備員もベルゼバブのように黒焦げにするつもりなのかと、内心肝を冷やす。
「あの人、人間だよ」
「え、ああ」
そう言うと護符を取り出した。陰陽術、奇門遁甲。
地球は磁力を帯びている。北極のS極から出た磁力が地球の表面を周って南極のN極へ集結する。人間もその影響下の中で生活しているのだが、それを狂わせることによって方向感覚を狂わせる。それが奇門遁甲の要諦である。そしてこの奇門遁甲の術は、戦国時代になると、伊賀忍者が利用することとなるのであった。
警備員があらぬ方向へ移動している間に、二人は扉を通って地上へ降り、ミッドタウンを後にした。
「陰陽術、すごいな」
外に出て人混みに紛れ、国道319号線を南下しながら流悟が感嘆の声を上げた。
ひょっとしたら夜の眷属の追撃を受けるかもしれない。そんな懸念から、流悟は紗社美を彼女の車まで送っていくことにしたのだった。
「興味あるんだ、陰陽道」
「あんなの見せられたら、そりゃあ興味持つでしょ」
「星占いをしたり、吉凶・地相を診たり、式神召喚して悪霊退散するだけが陰陽術じゃないのよ」
陰陽術について色々聞きながら大通りを歩いていると、前方に友人の伊藤と清水先輩を見つけた。
なぜこんなところに?
疑問に感じている間に路地を曲がる二人。曲がったというよりは、連れ込まれたという印象を受け、気になって駆け寄ると、
「うっせえ、オンナをこっちに寄こせっつってんだろ」
そんな怒鳴り声が聞こえてきた。
視線を向けると、あの日、流悟達をクラブへ連れて行ったサークルOBの米山が、清水を連れて行こうとし、伊藤がそれを阻止しているところだった。
高圧的な態度をとる米山と、清水を背後に庇って言い返す伊藤。米山の下品なニヤケ面が不快感をかき立てる。
「こんなヤリマンがそんなに大事かオマエ。おいビッチ、アニキ達と楽しんだんだろ。俺にも楽しませろよ。俺とはキメセク出来ねえってのかこのアバズレ。楽しませてやるからよ」
左手の指を卑猥にくねらせ、右手をのばす米山。清水の腕を掴もうとする米山の右手を、伊藤は勢いよく弾いて睨みつけた。
「暴力はんたーいW」
こめかみに血管を浮かび上がらせながら、おどけた口調の米山が、伊藤を睨みつける。
「レイパーが何言ってやがる」
伊藤も負けてはいない。
伊藤を助けようと一歩踏み出しかけた流悟の横を、何かが横切った。それは紗社美が放った焔鴉で、彼等の上空に達した所で旋回し、円を描く。驚いて見つめる彼らの眼前で焔鴉が花火の様に弾けた。
火の粉が伊藤たち三人に降り注ぐ。それを浴びた三人はそのまま意識を失い、その場に崩れ落ちた。
驚いて駆け寄る流悟に紗社美が声をかける。
「ただ眠らせただけだから大丈夫よ」
抱き起す。伊藤も清水も確かに脈があり、静かに寝息を立てていた。安堵する流悟に紗社美が言葉を続けた。
「後腐れが無いように記憶も奪っておいたから。彼等、ここ三時間くらいのこと覚えてないから、目が覚めたら上手いこと言いくるめてよね」
「え、全部? 丸ごと忘れてるってこと?」
「ええ、そう。悪いけど、特定の記憶をピンポイントで消すなんて無理。出来ることといえば、記憶を丸ごと消去するくらいね」
今の出来事を根に持った米山が、後々トラブルを起こすかもしれないと思えば、これだけでも御の字だ。流悟はそう判断した。
道端で寝込む伊藤と清水を、両肩に担ぎ上げる流悟。が、
「ひょっとして、このまま人混みに出るのまずい?」
「犯罪者っぽいかも」
紗社美が苦笑した。
結局、伊藤は流悟が、清水は紗社美がおぶって、紗社美の車まで移動することになった。
◇◆◇◆◇
「おいおいヨネッチどうした」
頬を叩かれる衝撃。六本木の路地裏で、米山は目覚めた。
仲間の村田と松澤が彼を見下ろしている。
「ムラサンとマッツンか。俺、どうしたんだ。こんな所で何やってるんだ?」
「それはこっちのセリフだっての。こんな道端でひっくり返って」
「オーバードーズでもしたか」
「いや、バイタミンEはキメセクする時だけだっつうの。……俺、働き過ぎかな。おんなでも抱いてストレス解消しなきゃな」
「オンナ抱く元気がありゃ大丈夫だ」
仲間たちがカラカラと笑った。
それから、いつものたまり場へ向かって歩き始めて少し行くと前方に、ふらふらと歩く都築を見つけた。米山の顔が意地悪く歪む。ストレス発散先を見つけた、そんな顔だ。
呼び止めながら近寄る米山。
「おい都築、調子はどうだ」
そう言いながら路地裏に連れ込み、三人で取り囲んだ。都築は心ここにあらずといった感じで、その態度が米山を苛つかせる。彼は都築の胸倉をつかむと恫喝し始めた。
村田と松澤も悪乗りして、一緒になって都築をからかい始める。
始めは軽い悪ふざけのつもりだったのだが、段々楽しくなってきて、どんどんエスカレートしてゆく。
「そうだ、オマエの女呼べ」
邪悪な含み嗤いを浮かべながら米山が言った。その目はランランと輝いている。
「いいねソレ」
「俺らがオマエの代わりに楽しんでやるからよ」
そして都築の彼女を、言葉で貶め始めた。
どうやって犯すか、輪姦すか、滔々(とうとう)と得意げに都築の目の前で話し合う。ニヤニヤした顔で都築の様子を伺いながら。
「俺らグレードFIVEでオマエはグレードSIXだよな」
村田が都築の肩を小突く。
「目上の言葉はゼッテーだべ」
ゲラゲラ笑いながら反対の肩を小突く松澤。
「おい聞いてんのか」
米山が都築の髪を掴んで前後に揺すった。
怒髪天
眉間に力がこもり、怒りに表情が歪む。
怒りが頂点に達しキレた時、都築は怪物に姿を変えていた。
吼えた。魂の雄叫び。
驚愕に目を見開き息を止めた男達の腕を引き千切り、目玉を潰し、腹に手を突っ込んで臓物を引きずり出す。
「た、助けてくれぇー」
「いままで散々威張りくさりやがって。なめんじゃねぇーーー」
野郎共の悲鳴が心地よい。
もはや息途絶えた、肉塊と化したものに怒りをぶつけ続ける苛怒鬼:ハイドシーク。
力の限り、松澤、村田、米山の死体を蹂躙した。胸がすく思いだ。
それは、こんなクズ共に今まで怯えて生きてきた、不甲斐無い自分自身への怒りでもあった。
(オレは生まれ変わったんだ。もう誰にも邪魔はさせねぇ)
ハイドシークは血まみれの両手を天に掲げながら、狂気まみれの勝利の高笑いをあげた。
最高にハイな気分だった。
◇◆◇◆◇
朝
都築が目を覚ますと、そこは自分のアパートの自分のベットの上だった。
夢・・・だったのか?
自分の体を眺める。人間に戻っていた。
掌を太陽にすかしてみる。やはり人間のソレだった。
「シンちゃん起きたんだ」
朝食の準備をしていた麻子が声をかける。そんな彼女の顔を見た途端、昨日の米山たちの『イジリ』が脳内にフラッシュバックした。
怒りがワッと身体の芯から湧き上がる。
DV
己の不甲斐なさを麻子にぶつける都築。
麻子の顔に青あざができ、みるみる腫れ上がってゆく。
「ごめんね、ゴメンネ」
体をかばいながら必死に謝り続ける麻子。
しばらく麻子を殴り続けていた都築は、ふと我に返ると、己がやったことを後悔して彼女に抱きついた。麻子をきつく抱きしめながら謝り始める都築。
「シンちゃんはやっぱりアタシが居ないと駄目ね」
麻子は腫れ上がった顔で微笑むと、都築の
頭を愛おしそうに撫でた。
「オレは力を手に入れた。これからはイッパイいい思いさせてやるからな」
麻子の唇を奪いながら都築が言うと、彼女は都築と腕を組んで、そのたくましい体にしなだれかかった。