きまぐれに善行したら引くほど最強になって、悪の勢力と戦うことになった

０１３：ＶＳバルムンク

バルムンクが大剣を構えた。

　睨み合う流悟とバルムンク。少しでも気を抜けば、相手の勢いに飲まれてしまう。視線を逸らすことが出来なかった。

「鷲志～」

　そんなバルムンクに情けない声で呼びかけるベルゼバブ。

「おい、夏奈」

　苛立ち紛れの大声を上げたバルムンクを夏奈が涼しい声でいなした。

「いやよ、触りたくない」

「てめぇ」

「やられたのはアンタのせいでしょう。八つ当たりとか止めてよね」

　冷たい視線をベルゼバブに注ぐ夏奈。その眼差しから、ベルゼバブを助ける気がないのは明らかだった。

「いくぞ！」

バルムンクが突っ込んできた。ずっしりとしていかにも重たそうな大剣を事も無げに薙ぎ上げた。

体をそらせてかわす流悟。ブワッとバルムンクの剣風が流悟の前髪をなびかせた。

右足に雷を纏わせる。パチバチとスパークしながら、雷光に光り輝く流悟の右足。蹴り上げた右足が、バルムンクの顔面を襲った。大剣を振り上げた状態のバルムンクに、剣を返している余裕はない。

　フロアで男達の戦いを見守る夏奈と紗社美の目が、流悟の右足に引きつけられる様にバルムンクの顔面に流れた。

　バルムンクは振り上げた状態の両腕をそのまま下ろし、大剣の柄で流悟の雷撃脚を迎えた。双方が激突すると、パシュゥ！　雷が弾ける音が響いた。残念ながら、流悟の攻撃は防がれてしまった。

女達から感嘆の声が漏れる。が双方の意味は真逆で、夏奈は「さすが！」と言った意味の感嘆で、紗社美は「惜しい！」と言った意味の感嘆だった。

　バルムンクはニヤリと嗤うと、裂帛の気合で流悟の脚を弾き、そのまま大剣を振り下ろした。

　流悟は雷の鞭を作って、食人鬼（グール）のパンチの様にバルムンクの攻撃を受け止めようとしたのだが、剣戟の勢いが凄すぎて、雷の鞭では大剣を受け止めることが出来なかった。慌てて後方へ飛ぶ流悟。額から一筋の汗が流れた。

「やるねやるね」

愉快そうに笑うバルムンク。

　その後２～３度やり合うが、どうしても流悟が劣勢に立たされてしまうのだった。

　素手では分が悪い。

　武器が欲しい。

　流悟は焦った。

　そんな流悟の様子を察知した紗社美が、護符を取り出すと咒を唱えた。紗社美の念を受けた護符がみるみる剣へと形を変えてゆく。

　文殊菩薩、智慧の利剣である。

「ねえ」

そう言うと流悟へ向かって智慧の利剣を放り投げた。

流悟はチラリとそれを一瞥すると、雷の鞭でそれを巻き取って引き寄せ、それを右手に握った。感触を確かめる。程よい重量感と刀身の煌めき。流悟は独り頷くと、バルムンクへ向かって地を蹴った。一瞬で間合いを詰めると、たて続けに剣突を放つ。雷光を纏った稲妻突きだが、バルムンクは大剣の剣身部分を盾にして突きを防ぎ、そのまま大剣の剣先を蹴り上げた。

大剣が勢いよく足元から襲ってくる。その大剣を智慧の利剣で防ぐ流悟。鍔迫り合いの力比べになったが、互いに一歩も譲らなかった。

睨み合う二人、バルムンクの瞳は狂喜にランランと輝いていた。遂に自分と対等に闘える相手が現れて嬉しい、そんな喜びに満ちた目だ。

　それから互いに後ろに跳び退ると、室内を飛び回りながら三手斬り合い、それぞれ浅手を負った。

何だかメンドクサイことになった。

流悟はそう思った。

　そんな流悟の戦いを尻目に、紗社美は炎狼を召喚した。夏奈がサキュバスに変化して襲いかかってきたからだ。

「私たちも楽しみましょう」

　そう言って槍を突き出してきたサキュバス。

それは疾風の如き速さで胸元に迫る。

紗社美はとっさに横に転がってそれを躱すと、護符を取り出して咒を唱えた。護符が戟[三つ又槍]へと姿を変える。

炎狼がサキュバスの注意を引き付けている間に、背後から戟を突き立てた。が、それはサキュバスの背中に突き刺さる寸前に防がれてしまった。サキュバスの槍が割れて三節棍になり、紗社美の戟に絡みついた為だ。

「意外とえげつない戦い方するのね」

　涼し気な流し目でサキュバスが言った。

「戦いに綺麗も汚いもないでしょ」

　挑むような口調で紗社美が応じる。

「そういうの好きよ」

　サキュバスはそう言って笑うと、連撃を繰り出した。三節棍と槍を使い分けて紗社美を翻弄する。

攻勢に転じよう、何とか突破口を切り開こうと、右に左に動きながら攻め立てるが、そのことごとくが防がれてしまい、まるで隙が見えなかった。

　そして遂に、弾丸のごとき一撃が炎狼を捕らえ、撃破した。哀し気に一声吠えて、炎の鱗粉を上げながら消滅する炎狼。

　紗社美の心に焦りが湧き立った。

「な、なんじゃこりゃ」

　流悟が持つ智慧の利剣が四散した。

バルムンクに必殺の一撃を決めようと、剣に己の持てる全てのエネルギーを注入し始めた途端の出来事である。

虚を突かれたバルムンクも口をぽかーんと開けて見ている。あまりにも意外な出来事に身体が固まってしまっていた。

「あなたの力が強すぎるのよ」

『うそでしょ！？』といった表情で流悟を見ながら紗社美が言った。

紗社美が作った智慧の利剣は、彼女の瞑昂力を基に再現された、いうなればレプリカである。流悟が彼女以上の力を込めたため、器がその力を受けきれずに崩壊したのであった。

「よそ見なんて、してんじゃないの」

　サキュバスの槍が、袈裟懸（けさが）けに紗社美の体へ振り下ろされる。

　悲鳴を上げてその場に倒れ込む紗社美。

切り裂かれたブラウスがはだけ、乳房の上曲線、谷間のラインが露わになった。

　「あら美味しそう」

小さな唇から這い出した濡れた舌が、唇を舐める。　サキュバスは目を細め、紗社美を好色な瞳で眺めながら舌なめずりした。

　紗社美の目が大きく見開かれる。

　全体的に分が悪いと感じた流悟は、撤退を決めた。

　雷轟竜乱

フロア４７Ｆが稲妻の豪雨に包まれた。

夜の眷属（ナイトライブ）たちが回避行動をとっている間に、流悟は紗社美を抱えて空中へと跳び出した。大きな音を立てながら窓ガラスを割って、勢いよく大空へとジャンプ。

「ゲッ、やばっ」

　目の前には青空が広がっていた。

　今いたビルが高層すぎたのだ。

　隣りのビルに飛び移るつもりが、ビルがなかった。よく確認もせず、六本木というイメージだけで隣りにも高層ビルがあるだろうと思い込んで飛び出してしまったことを、流悟は後悔した。

顔をこわばらせ、悲鳴を上げる紗社美。

「あんた、恨んでやるからね」

そう言って、流悟にギュッとしがみついてきた。長い黒髪がなびいて、良い匂いがした。

　２００ｍ上空から落下する流悟たち。

　頬を掠めてゆく風が冷たい。

目の前を鴉が横切って行った。

あれこれ考えている暇はない。流悟は雷で翼を作ると、鴉の羽ばたきを真似る。が、落下は止まらない。

紗社美を抱きかかえる腕に、思わず力がこもる。彼女は目を瞑り、流悟にさらにしがみついた。

アドレナリンを最大限に沸騰させる。動体視力をフルにして、鴉の羽ばたき、羽根の動かし方を細部に至るまでよく観察した。

　ようく見ることによって、飛翔ではなく滑空していることに気がつく。

　羽ばたきは揚力を得るためではなく、気流を掴んでそれに乗るためにしているようだ。

流悟は翼をパラシュートの様に大きく広げて風を掴む。そして、気流をつかんで雷翼をそれに乗せた。感動に浮かれる心。彼は、風になった。

「おおースゲー。空飛んでるぞ、まだあんな力を隠し持ってたのかよ」

　お気に入りのおもちゃに出会った時の様に、楽しそうに笑うバルムンク。

「いいねえ、久方ぶりにワクワクするぞ」

「あれが瞑昂使い、やっかいね」

飛び去ってゆく流悟たちを見送りながら、サキュバスは忌々しそうにつぶやいた。

「凄かったな」

　背後からの声に、人間の姿に戻った鷲志と夏奈が振り向くと、そこには白衣を着た中年男性が立っていた。大きな蓄電池を背負い、両手に避雷針を持った姿で。

「中井博士。どうしたのその恰好」

呆れ顔の夏奈に

「監視カメラに面白そうな映像が映っていたのでな」

そういいながら背負った蓄電池を指さし

「おかげでたっぷりとエネルギーをチャージ出来たぞ」

　嬉しそうに言った。

「電磁ブレード起動出来そうかい」

　鷲志の期待を込めた眼差しは

「残念ながらこの程度の量ではダメだな」

　しかし中井のセリフに曇った。

「まだ諦めてなかったのか」

新たな中年男性が現れた。

「馬瀬。オマエこそ人造夜の眷属（ナイトライブ）計画はどうした」

　忌々しそうに顔を歪めながら中井が言った。

　馬瀬は涼しい顔でそれをやり過ごすと、

「これからそれの人体実験を開始するんでね、見届け人として君らを呼びに来たんだよ、まだ人間のままの中井博士」

　鼻で嗤いながら中井を見つめた。

中井は歯ぎしりしながら苛ついた視線を返す。馬瀬は、完全に中井を下に見ていた。

「こっちだって電磁ブレードはもう完成しているんだ」

「起動させる為には原子力発電所１基分のエネルギーが必要なんだろ。どうやって確保するつもりだ。いくら最強の武器（自称ｗ）でも、扱える者がいなければ、武器たり得ないんだぜ」

「解っとるわ」

　痛いところを突かれ、思わず激昂する中井を鷲志がなだめた。それから馬瀬博士に向き直る。

「それで、これから実験始めるんでしょ。さあ行こう」

皆をうながしたところで、流悟の雷にやられて黒焦げのベルゼバブこと蝋乱零次が視界に入った。

「やっべ、忘れてた」

駆け寄ると、かろうじてまだ息がある。

「大丈夫か、今メディカルポッドへ連れてってやるからな」

　そう言いながら、零次を肩に担いだ。