001:プロローグ
鷹薙流悟は若い時を無駄に過ごしていた。
繰り返される同じ毎日を怠惰に過ごし、消費していた。
小田急線湘南行きの快速が、向ヶ丘遊園駅に到着する。
人の流れに従って電車を降りる流悟。
それは昼下がり、大学の授業が終わって家へ帰る途中のことだった。
ちょっとした冒険心につき動かされて、いつもと違う道を通って家に帰ることにしてみた。
変わり映えのしない日々にちょっとした刺激を求めて。
いつもならば道なりに真っ直ぐ進むところで、コンビニ横の狭い路地へと入る。
少し行くと小さな御社が建っているのを発見した。
意外な発見にワクワクして心が跳ねる。
御社の中には泥と埃にまみれた麒麟の像が鎮座していて、そのみすぼらしさが、流悟はなんだか気の毒に感じた。
何だかそのままにしておけなくて、ハンカチで綺麗に磨き始める流悟。
一度始めると、あちこちこびり付いた小さな汚れが気になってくる。
波打つ焔や躍動感を表現した尻尾など、隙間にこびりついた汚れも徹底的に磨いてゆく。
ピカピカになった麒麟の像を眺めながら、満足そうに頷く流悟。
その姿は神々しく、まるで生きているように見えた。
自然と手を合わせて目を瞑る。
「感謝します、ヒトの子よ」
突然、声が聞こえた。
聞こえたというよりも頭の中に直接響いてきたと言うべきか。
驚いて辺りを見回す。すると、目の前に燐気を放ち黄金に輝く麒麟がいた。
石像ではなく生きた麒麟だ。
「え、いや、あの……」
突然の出来事に言葉が出てこない。
頭の中は真っ白になって、まともに考えることが出来なかった。
流悟は軽いパニック状態に陥いる。そんな彼の姿を優しい眼差しで見つめる麒麟。
「そなたに我がチカラを授けましょう。存分に振るうがよい」
「え? いきなりそんなこと言われても……」
狼狽する流悟。麒麟は尻尾を振りながら毛並みを整えた。
その様子は、なんだか流悟の様子を楽しんでいるようにも見える。
「浮世は夢、泡沫の夢、楽しむがよい」
そういうと流悟に向かって飛び込んできた。
悲鳴を上げる暇もなく黄金の光に包まれる流悟。
それは柔らかくて暖かく、どこか安心と懐かしさを感じさせた。
やがて光が収縮し、気がつくとその場にぽつんと一人、立ち尽くしていた。
今のはいったい何だったんだ?
気を取り直して辺りを見回すと、御社があった場所には古木が1本立っているだけだった。
ビックリして目を擦り、もう一度目の前を凝視する。
が、そこには古木が1本立っているだけだった。
「なんだったんだ」
白昼夢。そんなワードが脳裏をかすめる。
自分の体をあちこち触ってみるが、とくに異常は見当たらない。
取り敢えず何時までもここに立ちすくんでいてもしょうがないので、流悟は額の汗をぬぐうと家路を急いだ。
その夜
TVを流し見しながらスマホゲームでゴクを潰しているとブレーカーが落ちた。
エアコンつけたまま電子レンジを使ってしまったのがよくなかったようだ。
真っ暗な室内を玄関に向かって歩く流悟。確かブレーカーは玄関の上にあったはず。
「畜生、暗ぇなぁ~」
ぼやきながら歩いていたらフローリングで足を滑らせてしまった。
こけそうになり、慌てて足を踏ん張った途端……
バチバチ
体から火花が飛んだ。
思わず悲鳴を上げる流悟。
何が起こったのか分からず動揺した。心臓が早鐘を打っているのを感じる。
気持ちを落ち着けて右手に意識を集中してみると、小さな火花が散った。
更に意識を集中すると指の間に放電現象が起こり、最終的には右腕全体に雷を纏わせることに成功した。
驚き、そしてムクムクと心の奥から湧き上がってくる感動に心が躍る。
暗闇で輝く雷の光は眩くて、流悟のハートをときめかせた。
心の中の中二マインドが喜んでいる。
雷を収めてホッと一息ついたその時だった。
突然全身が痙攣して、その場に崩れ落ちる流悟。
薄れてゆく意識の中で、
「そなたに我がチカラを授けましょう。存分に振るうがよい」
そんな麒麟の言葉が、脳裏にフラッシュバックした。
細胞の一つ一つに麒麟の力が浸透してゆく。
流悟の体から雷がほとばしり、夢幻の中を意識が漂う。
身体感覚を無くしている為に身動きが取れず、ただなされるがままに力が浸透してゆくのを感じ続けることしか出来なかった。
◇◆◇◆◇
六本木の路地裏、不良崩れのチンピラが数人、地べたに這いつくばっていた。
手に持っていたナイフが散乱している。
「もっと気合入れてこいや」
岩波鷲志は失望した表情のままそう言った。
相手は鋭利な刃物を持っていたにもかかわらず、彼はこれを素手で撃退した。
しかも複数人で襲いかかってきたにもかかわらずにだ。
呻き声を上げながら詫びの言葉を吐くチンピラの頭を、苛立ち紛れに蹴っ飛ばすと、鷲志は踵を返した。
「つまらん」
彼は人生に退屈していた。
自分と対等に戦える相手が欲しい。
それが岩波鷲志の今の願いだった。
魂が震えるほどの充実感、命がけの死闘をやり合う相手が欲しい。
そう渇望していた。