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第七話〜その後〜

 左京二条二坊、大内裏の南東隅──現在の二条城北西部にあたる──に隣接する位置に冷泉院は存在する。四町を占有するこの大規模な邸宅は、抑も天皇の後院(ごいん)として800年代初頭までに建造された。今回の火災に際し、再建までの村上帝以下宮中の皇族の避難地はここに指定された。

 そして、その冷泉院に座す村上帝に呼び出され、火災の経過と結果の報告を求められた。因みに、私の仕事は内裏再建まで休みとされている。


「……そして陛下を無事避難させた後、他に高位の者がいなかったので私が指揮を執りました。消火活動を一時中止させ、人身避難と宝物搬出を指示した次第で御座います」


「うむ。それで、死者はおらんのだな?」


「はい。殿舎は皆悉く焼亡してしまいましたが、幸い死者はおらず負傷者も軽い火傷が数名のみであります。また、校書殿や温明殿などに納められていた宝物の類も欠損無く、全て揃っていることが確認されました」


「そうか、それは良かった。宮殿が皆燃えたのは残念だが、人も宝も掛け替えのないもの故な。朕が傷一つなく避難出来たのも卿のお陰よ、礼を言おうぞ」


「勿体無き御言葉と存じます」


 私の指示によって憲平親王を始めとする親王・内親王・中宮女御全員の避難に成功し、宝物の欠損ゼロをも成し遂げた。が、殿舎焼亡の原因となった消火中止の指示には、少なからず不満の声もあった。帝直々に褒められるなら、それで十分とも言える。


「うむ、卿の此度の働きは見事であった。故に、褒賞を出す」


「へ?」


「確か卿は侍従従五位下であったから、正五位下(しょうごいのげ)越階(おっかい)だな。官職は、侍従に代えて右少弁(うしょうべん)五位蔵人(ごいのくろうど)に任ずる。昇殿勅許は改めて出すとして、後は……」


「ちょ、ちょっとお待ち下さい陛下。そんな量の褒賞、いくらなんでも……」


「む、足りぬか。だが案ずるな、これに加えて功田(こうでん)が八町付く。今の位階に足せば廿町、従四位の位田に匹敵するぞ?」


「そういうことじゃなくてですね……」


 このままでは、異例の大出世を遂げて悪目立ちする上に田んぼ20haを所有する大地主(現代的価値観)になってしまう。なんとかこのご褒美大盤振る舞いを止めなければ……


「朕の命を救うという功を成したのだ、これだけの褒美はあって然るべきであろう。信賞必罰は組織の要であるが、賞罰の境は朕の決めること。卿はただ褒美を甘んじて受ければ良いのだ」


「…………ははっ。不肖この義憲、謹みて右少弁兼蔵人頭正五位下を拝命致し、また功田八町を拝受致します」


 うん、諦めた。

 村上帝は天暦の治を成す偉人であるから、これ以上足掻いても無駄だろう。ならば、ここは甘受しておいた方が後々楽になるかもしれない。


「おっと言い忘れていた。功田は上功扱いだから三代継承だ。過たず嫡子に継げよ」


 前言撤回、かなり面倒なことが増えただけのようである。


(どうしてこうなってしまったんだ……)


*>────<*


「どうしてって、旦那様が行動した結果としか……」


「正論が痛い」


 屋敷に帰って早々美月君に愚痴ったら、全くの正論右ストレートで殴られてしまった。確かに、あんなことをしてしまってはこうなるのも自明ではあるのだが。


「そもそも、どうしてそんな行動にでたのですか?」


「史実だと兼家いたし、出火場所真逆だったし、活躍の場はないと思ってました……」


「『史実通りか分からない』と仰っていたのは何処のどなたでしたか?」


「此処にいる私です……本当にすいません……」


 正論唐竹割り。痛い。


「怒る要素でもないので、そこで謝られても。それより、旦那様が当初立てていた目標から早速脱線しそうな気配ですが、どうなさるのですか?」


「そうねぇ……越階したとはいえ後は順繰りに少しずつ上がるだけだし、官職もそれに合わせて変わるだけだから、まあ大凡目標通りの推移ってことで大丈夫でしょ」


「給料分と合わせて、今までの2.5倍になった田んぼはどうしましょうか?」


「……今までの位田がどうなってたかによるかなぁ。おーい誰か、位田はどうしてたっけ?」


 取り敢えず外に呼びかけて聞いてみると、返事がちゃんと返ってきた。


「どうって、面倒だからといって百姓に貸していたではないですか」


「あぁ、そうだったそうだった。だそうだ。まあ主上とかに申請して賃租(ちんそ)でいいでしょ。面倒だし」


「はあ。で、目標は変わりなし、でございますか?」


「ん? ああいや、少し加えるよ。上功の田の継承上限は3世、つまり曽孫までだから、最低そこに至るまで家が続くようにしたいよねぇ」


「…………では、新たな目標は『藤原氏に睨まれず、かつ家が存続できるように、なるべく平和に暮らす』でございますね?」


「そうなるね」


 改めて言葉にすると、かなり無茶苦茶な目標である。この時代にあっては藤原氏とは当然無関係ではいられないから、下手打って関係が悪化すれば大変なことになる。閑職行きとかならまだマシだろうが、もし万が一謀反の罪とかでっち上げられたら……いや、これは考えるのはよそう。結婚の問題も今は無視しよう。うん。


 そう、私はこの平安時代中期で、なるべく平和に生きるんだ……!

美「賃租とは?」


義「ざっくり言えば小作農だね。農民に対して農地を貸して、耕作前の『賃』と収穫から取る『租』を徴収する。賃租併せて収穫の2割が原則で、貸し出し期間は1年間」


美「それやったら税制成り立たないのでは?」


義「その辺りの話は授業2本くらい出来ちゃうから別の機会ね」


美「はぁ……」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 世代的には藤原顕光や藤原道隆と同じかぁ… 藤原道長が20年後位だからどれだけ味方を作れるかですね 娘ができて円融天皇に嫁がせられたら最高ですが
2020/02/23 14:38 退会済み
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