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第六話〜紫宮燃ゆ〜

 屋敷に帰宅後、母屋にて。


「旦那様、晴明様とお話ししていた内容ですが」


「ああ、あの件ね。昨日言っても情報量過多で混乱するだろうし、晴明に相談するついでに知ってもらおうと思って」


「では……」


「うん。明後日の九月二十三日(10月16日)、内裏は大火災に遭って灰燼に帰すことになる」


*>────<*


 九月二十三日の亥三刻(午後10時)頃、内裏東側の宣陽門(せんようもん)にある左兵衛陣から出火。火災は丑三刻(午前2時)頃に至ってやっと鎮火するものの、内裏の建物は皆悉く焼亡したとされている。火元の左兵衛陣に一番近かった温明殿(うんめいでん)には八咫鏡を始めとする多数の神宝があったけど、それも殆ど失われた。幸いにして皇族に死傷者は無く、時の帝であった村上帝も後院の冷泉院へ逃れることで無事だった。


「火災の原因は、判明しているのですか?」


「資料が少ない上に信憑性も怪しいから、詳しくは分からない。ただ、儀式の深夜化に伴う照明増加が指摘されている」


「では、どうして晴明様に相談を?」


「上手くいけば何かしらの対策を講じれると思ったんだけど、甘かったねぇ。この分だと史実通りに燃えるんじゃなかろうか」


「史実通りならば、旦那様が焦ることもないのでは?」


「本当に史実通りか分からないからねぇ。それに火災は防ぐに越したことはないよ」


「それはそうですが……」


 いずれにせよ、晴明への相談が不発に終わった時点で出来ることは多くない。精々、出火した段階で消火を指示して帝以下宮中の皇族を避難させるくらい。それとて一介の侍従に出来るかどうか。


「まあ出来ないことを考えてても疲れるだけだ。明後日は出仕だから、明日の休みで必要なことを確認しておこう」


 美月君は納得いかないような表情をしているが、ここは抑えてもらうしかない。既に夏休み最終日(時期的には秋休みか?)を控えた学生のような気分だが、まあ侍従なんて名目上の官職みたいなとこあるし、大丈夫だろう。


*>────<*


 誰だ名目上の官職とか言ったやつ。私か。


 朝政終わって帰ろうとしたら中務大輔(なかつかさのすけ)から呼ばれて、何かと思ったら「来月は亥の子と更衣(ころもがえ)あるから、その準備宜しく」とか言われた。蔵人にやらせれば良いと思ったのだが、彼らは確か中務省(なかつかさしょう)の管轄では無かった。結局断れる案件でもないから、美月君に帰れない旨の手紙をだして残業決定。今まで定時帰宅が基本だったんだけどなぁ……

 因みに、亥の子は十月(亥の月)亥の日で、亥の子餅を食べたりするらしい。更衣は同じ月の一日である。


「そうこうしているうちにもう亥二刻(午後9時半)ですよ陛下」


「愚痴りたいのも分かるが、その作業、ここでやることかね?」


 ()()()()()()野寺侍従は村上帝とかなり面識があった(侍従なので当然といえば当然だが)ようで、更衣の準備を清涼殿でするよう命ぜられていた。と言っても、この時代の更衣はまだ服装だけに留まっているので、準備といっても虫食い等の確認だけだが。


大輔(すけ)殿が此方でせよ、と……」


「あっ、そう。後は大丈夫だから、校書殿(きょうしょでん)で亥の子に使う道具を確認しておいて欲しい」


 清涼殿から見て、校書殿はすぐ南にある。調度品などが納められているから納殿と呼ばれていたと聞くが、亥の子の道具とかもあるのだろうか。


*>────<*


 他へ出払ったのか空っぽの蔵人所(くろうどどころ)を脇に見つつ新たに命じられた作業に没頭していると、辺りが少し焦げ臭いことに気が付いた。

 すわ火事かと思って温明殿方面を眺めるも異変なく、どうやら違うと思った。だがその瞬間に亥三刻の鐘が鳴り、史実通りでない火事が起きたと悟った。


 振り返れば、清涼殿西隣の後涼殿(こうろうでん)が赤々と燃え上がっているではないか。だとすれば、火元は隣接する陰明門の右兵衛陣か?


「そうだ、陛下、陛下は!?」


 作業を中断して清涼殿へ急いで向かう。

 今ここで村上帝に崩御されては、まだ元服も済んでいない憲平(のりひら)親王が践祚することになる。それにはまだ早い。村上帝にはまだ生きてもらわねば……


*>────<*


 清涼殿は幸い延焼していないが、このままでは燃え移るのも時間の問題だろう。平安建築の開放性から、煙が充満しないのは幸運だった。

 慌てて入ってみれば、村上帝は文机(ふづくえ)に突っ伏してうたた寝をしているではないか。無事なのは何よりなのであるが、この緊張感のなさは何とも。満年齢では現代の私と同年齢の34、数え年で35の大人がこれで良いのだろうか。


「起きて下さい陛下! 一大事ですよ!」


「ぅゔぇあ!? 何だ何だ寝てないぞ!?」


 声をかけた瞬間、ビクッとなって机に体を思いっきりぶつけた。痛そうだが、起きてくれたようだ。


「火災です陛下! 火元は不明ですが既に後涼殿が!」


「えっ、火災!? 消火は!?」


「恐らく始めに気づいたのが私です。よってここはもう保ちません故、どうか太政官庁へ御避難を」


「…………分かった、朕は避難しよう。後は任せたぞ」


「仰せのままに。誰か、輿をここへ!」


 腰輿(ようよ)に乗った村上帝は、そのまま朝堂院東の太政官庁へ向かった。内裏から大きく離れ、史実でも一時避難先として選ばれた場所である。問題は無いだろう。


「よし、消火等の指揮を移そう。誰か、私より上位の者は?」


 消火にやってきた者に現状の上位者を尋ねる。私も殿上人とはいえ、その最下層の従五位下である。流石に、全体指揮は従四位下とかがすべきだろう。


「現在は、貴方様が最高位でございます。ささ、指揮を」


「えぇ……」


春宮亮(とうぐうのすけ)様も、蔵人頭(くろうどのとう)様も既に退出されております故」


 当時の春宮亮は確か藤原兼通(かねみち)、蔵人頭は源延光(のぶみつ)だったか。前者は従四位下(じゅしいのげ)、後者は従四位上(じゅしいのじょう)なのだが……


「……そうだ、兼家(かねいえ)殿は? 私と同位とは言え、あの方は少納言であろう」


「少納言様は、本日は休假(くけ)でございます」


 やはり、細部が史実とは異なるようだ。本来であれば少納言兼家が陣頭指揮を執る筈なのだが、どういうわけか休暇中であると言う。どこかで何かがずれているのかも知れない。


「…………仕方ない、これより私が指揮を執る。今いる者は私に従い、今ここにいない者にも伝達せよ」


「はっ!」

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