第三十六話〜尾張国解文〜
永延二年十一月十日、頼忠邸にて。
「……はあ。で、それが例の解文で御座いますか」
「向こうの官吏が百姓や郡司の言い分を書き留めて送ってきたのですが、ちょいとばかし貴方にも目を通して欲しく」
「私にも? それはまた何ゆえに……?」
「いや、今更ではあるんですがね、貴方も立派な中納言な訳ですよ。多分近いうちに大納言になるでしょうけど、何れにせよ貴方はもっと政務を学んでも良いと思うのですよ。そう考えた時、この解文を基に国司の処分を検討するのは良い機会と思いましてね」
要約すると「さっさと公卿の責任に慣れろ」ということだろうか。確かにこれからは一上を担う場合もあるだろうし、今の発言を聞けばもしかすると大臣級にまで登り詰めることになるのかも知れない。そう考えたら、ここらで決断を学ぶのも悪くないだろう。
ところで、この辺りで解文について解説しておこう。
そもそもは律令の公式令で定められた公文書形式の一つ「解」である。これは下級官司(被管)から上級官司(所管)へ提出する文書なのだが、いつしかこれが目下の被支配層・寺社から目上の朝廷や諸官司はたまた貴族や荘園領主に上申するためのものになった。よってこれを「解文(解状)」と呼び、上記の解と区別する。
今回話題に上った解文は現代日本では「尾張国解文」などと呼ばれ、この時代における国司支配の実情や租税体制の実態などを探ることの出来る貴重な史料とされている。よもや原本を見ることが出来ようとは……
「では、謹んで拝見を…………ええと、そうですねぇ……法外な収税・収奪、過酷な課役、官給品の横領、職務怠慢、公文書隠匿──ざっくりこんなところでしょうか。これは中々……」
「そうでしょうそうでしょう。今の尾張守は元命ですが、貴方ならどう処分しますか?」
「……実態の調査は必要でしょうが、もしこれが全て真実なら──よしんば大部分が偽りであったとしても、当該人物の国守解任は免れなかろうと考えます」
「ふむ、順当ですね。面白味がないと言えばそこまでですが、まあこの部分で面白くある必要もないでしょう。結論は来年の二月に出しますから、心しておくように」
なぜか罵倒された気がする。解せぬ。
*>────<*
「そういった面に関しては、旦那様は大変面白味のない方だと思いますよ、ええ。妥当な感想ですね」
「ひどい」
家に帰って美月君に愚痴ったら、もっとひどい言葉を言われた。私は悲しい。
「ところで旦那様、最近はよくあちらへ参られますね。どういった風の吹き回しなのでしょうか?」
「え? ああ、いや、まあね……」
文字に起こすなら、至極単純な出来事である。口に出そうとすると、大変に重くのしかかるけどしかし確実にやってくる出来事である。
「……もうすぐ、お別れだから……」
「…………」
来年の初秋、その時こそがXデーである。




