第四話〜解説──今の状況〜
─ あの、これは一体?
知らない? 所謂対談形式ってやつよ。インタビュー記事とかのあれ。一度やってみたかったんだよねぇ、これ。
─ はぁ。と言うことは、インタビュアーは私でございますね。
流石我がメイド、話が早い。と言うわけで、始めてよろしい?
─ はぁ、まあ、旦那様が楽しいのなら良いのですが。では、どうぞ。
うん。さて、まずは自分達の扱いを確認しよう。どんな立場か分かれば、それなりにそれらしい動きは出来るだろうからね。私のことも君のことも、具注暦に書いてあったよ。
─ 左様でございますか。
この時代での私は「野寺朝臣義憲」で、なんか官位貰ってた。位階は従五位下、官職は侍従。こっちでも今は亡き父親は贈従二位だったらしく、蔭位の諸々で数え年14の時に元服&従六位上、その後順調に育っていって今年で数え年20。満年齢で19歳かな?
─ それって、所謂殿上人では? それに侍従と言えば、天皇のお側に付いているエリート職みたいな印象がございますが。
いや、大方蔵人に仕事取られて暇だと思うよ?
次に美月君。君は元々高瀬宿禰の一員で、私が従五位下になった一昨年頃に数え年13でこの家に女房として来たらしい。つまり今年で数え年15、満年齢で14って事だね。
高瀬氏自体は何らかの理由で地方に飛ばされたけども、君だけはと亡き父が庇ったそうな。まあ当の父親も去年辺りに亡くなったようで、今この野寺氏は後ろ盾が無い状態だね。
─ 私の境遇はともかく、後ろ盾が無いのは些か厳しいのでは?
そうかもねぇ。さて、どうしようもない問題はさておいて、今いる場所と時代の話をしようか。
─ お願い致します。
抑もここは平安京で、この屋敷はその中でも東洞院大路と中御門大路の交点に面する形で存在している。南側の大路が中御門大路で、この時代での言い方だと多分「左京一条四坊四町」かな。現代だと京都御苑の一部に当たる。広さは一町、つまり大体1haってところ。貴族の邸宅としては広めの部類で、正直親の遺産とは言え従五位下とかいうやっと殿上人みたいな奴が持ってていいのか怪しい部類だよね。
屋敷から中御門大路をずっと西に行けば、大内裏の待賢門まで1kmかそこらで着くんじゃないかな。平安京は4.5km×5.2kmだから、割りかし近い方だね。
─ 椿堂様のお力が強かったことが伺えますね。
……あっ父親のことか。そうねそれはそう。そいで問題なのが時代だね。勿論平安時代な訳だけど、さて、平安時代はいつ何によって始まりいつ何によって終わったか、覚えてるよね?
─ ええと、西暦794年の平安遷都から、12世紀末の鎌倉幕府の成立まででございますよね?
終末期の方うまく誤魔化したねぇ、先生そういうの好きよ。さてその通り、発端は794年の平安遷都だ。抑も諸々の理由から平城京から長岡京へ移ったけれど、種々の不都合からまたすぐに平安京へ移ったんだね。
終焉に直結する鎌倉幕府に関しては、学校では1192とか1185とか教えられたりするけど、正直どっちでも良いんだよねぇ。厳密にどちらかはまだ決着してないから、まあ「1192年までに成立した」で良いでしょ。
─ それで結局、私達は平安時代のどの辺りにいるのでしょうか?
さっきの具注暦によれば天徳四年九月二十日だね。平安時代のど真ん中、様々なものが変化していく激動の時代だ。律令に依拠する土地制度や税制は崩壊を迎え、朝廷支配は次第に形骸化し、なけなしの帝権さえも摂政関白に食い荒らされていくのが此処からの時代。ある意味一番平安時代らしいとも言える。
因みに源氏物語や枕草子の成立は西暦1000年代初頭だから、実はまだ存在しないはずだよ。なんだったらまだ紫式部も清少納言も生まれてないよ。
─ 先程「時代が問題」と仰っておりましたが、何が問題なのでございましょうか?
そのことなんだよねぇ。さっきも言ったように、藤原氏が力をつけていくのは大体この時期から。その只中にあって贈従二位、つまり死後に従二位という上から4番目の高級位を贈られる貴族ってどんな人だと思う?
─ それは勿論有力な……ちょっと待って下さい。旦那様って藤原氏でしたっけ?
そう、そこが問題なんだ。私は藤原氏ではなく、野寺氏なんだよ。この時代の、と言うより日本史を通しての有力氏族と言えば「源平藤橘」の四氏、つまり源氏、平氏、藤原氏、橘氏の四氏で、大体の貴族はこのどれかだ。勿論他にいない訳ではないけど、その中に野寺氏なんて存在しない。高瀬氏もね。
─ ……では、なぜ私達はこの屋敷にいることが出来ているのでしょうか?
分からない。ただ一つ分かるのは、細かい点で史実の改変はすでに始まっているということだ。後世に残る名史料、公卿補任には新たに野寺氏の名前が載るだろうし、この屋敷も何かしらの名前──中御門殿とかそんな感じのが付いて、藤原氏の邸宅と並び称されていたことになるだろうね。史料が後世に伝えられるかは別の話として。
教科書が書き換わる、とまではいかないだろうけど、ほぼ間違いなく元の歴史と細かいところで差異が生じる。
─ だとしたら、ここはパラレルワールドなのでしょうか?
さあ? 何れにせよ帰るすべ見つからないだろうし、そこはもう覚悟決めて諦めるしか無いでしょ。
そこで、この世界で生きていく上で必要な目標を立てたいと思います。
─ …………旦那様はいつも唐突で空気を読みませんね。何となく想像はつきますが、どんな目標を立てられるおつもりですか?
そりゃ勿論「藤原氏に睨まれないように、なるべく平和に暮らす」こと。これに尽きるね。有力者に睨まれて、真っ当に生きていけるはずもないからね。野垂れ死にだけは御免だよ。かと言って下手に出世しちゃうと恨みの元に成りかねないから、そこも気をつけよう。
美「……この形式、やる意味ありました?」
義「楽しかったからいいじゃない」
作「書く側も二人のやりとり以外書かなくていいから楽なのよね」
美義「「誰だ今の」」