第三話〜状況を把握しよう〜
結局着替えさせられたのは、平安貴族の格好としてお馴染みの烏帽子と直衣の組み合わせであった。自宅で普通にこれを着るとなると、この時代は自宅での狩衣着用がまだ優勢ではない平安中頃か。
少しして塗籠から美月君が出て来た。単の上に袿、下は袴である。動きにくくなるからとショートにしていた黒髪も、こうしてみると意外と合う。ただ、人前に出るには流石に短すぎるのでどうにか対策をする必要があるかも知れない。他に持ち物として衵扇を持っていてもいいと思うが、無くてもそこまで支障は無いし、まあいいか。
「良く似合ってるじゃない」
「あまりにも動きにくい服装でございますね。個人的には好きではありません」
「そらそうよ。平安の女房に激しい動きは不要だからねぇ」
メイド兼私の護衛である美月君は、動きにくさ故に平安装束があまり好きではないようだ。尤も、女房としての着付けである以上は仕方ないことだが。
「それはそうなのですが。ところで旦那様、肩辺りまであった髪はどうなされたのですか? まさか、普段の髪はカツラ……」
「誰がカツラか。髻結って烏帽子被ってるだけだわ」
冠もそうだが、烏帽子は髻が無ければ固定できない。冠は巾子の中に収めて外から簪で刺し留め、烏帽子の場合は中の髻の根元を掛緒で結んで固定する。現代では髻なんて結うことは稀なので掛緒を顎紐のように使っているが、本来はこれが正しいのである。
「むしろこの為に髪伸ばしてたとも言う」
「……なんと申しますか、浮世離れしていらっしゃる旦那様らしゅうございますね」
「それ褒めてなくない?」
「褒めてませんもの」
*>────<*
美月君の返しに深く落ち込んでいると、私を慰めようと思ったのか1巻の巻子本を差し出してきた。
「先程、あの部屋の中で見つけました。何なのでございましょうか」
受け取り、確認してみる。表には、恐らく「具注暦」とあるだろうか。肩幅ほどに広げれば、崩さずに書かれた文と崩された文とが並んでいる。崩し字は一度置いておくとして、どうもこれは日付だろうか。七月一日から始まって、かなりの間を空けて順に書いてある。
「うん、これは具注暦だね。朝廷から支給されたカレンダーで、日付の他にも干支や納音に十二直、二十四節気や七十二候が書いてある。広い余白は日記用のスペースで、それがあるなら平安時代以降か……」
「……えっと……?」
「年は天徳四年で…………ざっとみると、最後の日記は九月十九日。となれば今日は二十日だろうね。もちろんこれは宣明暦の日付で、西暦だと確か……」
「あの、旦那様?」
呼び止められ、やっと我に帰る。
「…………暴走してた?」
「ここ暫くは見なかった、興奮型の暴走でございました」
「Oh……」
こういったことになると、興奮して早口且つ長文になってしまう。そうだね、限界オタクだね。あまり良い癖ではないので、直そうと常々思っていたのだが。
「……まあいいや。他にこれ何巻あった?」
「確か、それを除いて11巻だったかと」
「具注暦は1巻で半年分だから、合計6年分だね。それ以前は廃棄した可能性もあるけど、全部の日記の大意を把握出来れば、今の状況が分かるはず。と言うわけで今からざっくり読み下すので、全部持ってきてちょうだいな」
「畏まりました」
さて、これでも私は古代日本を専門に扱う歴史学者である。初見文献の講読はご無沙汰だが、その程度で衰えるようなヤワな鍛え方はしていない。いざ行かん。
*>────<*
あの後ずっと具注暦を読んでいたようで、使用人から「夕餉をお持ち致しました」と言われるまで全く集中していた。時間を聞けば申三刻辺りだと言うから、屋敷に来てから4時間ほど経っていたか。
「旦那様、何か情報は得られましたか?」
「必要そうな部分は読み終わったよ。何となくの現状は把握出来たから、食べながらでもこの辺で共有しておこうか」
「是非、お願い致します」
今置かれている状況を把握すれば、今後どうするかの方針が決まるはずだ。その為にも、ここまでで分かった情報は余すことなく共有しなければならない。
さあ、大学講師の本領発揮だ!
美「納音とか十二直って何です?」
義「納音は十干十二支を、陰陽五行説や古代中国の音韻理論で五つに分けた後に形容詞を足して30個に分けたものだね。占いとかに使われることもあって、例えば山頭火とかがあるね。十二直も占いの一つで、北斗七星を柄杓に見立てた時の柄の向きを十二支の方位で分類して、その向きで占う。例えば『たつ』とか『のぞく』とか。まあこれはかなり複雑だから、覚えなくてもあまり支障無いんだけどねぇ」
美「一メイドにはよく分からないということが分かりました」
義「悲しいなぁ……」