第二話〜人違いじゃなかった〜
「主様ー! やっと見つけましたぞ主様ー!」
男が近づいてくるにつれて、なんとなくこの男が誰かの従者なのだろうということが分かった。但し、その服装は明らかに平安装束であったが。年は凡そ20くらいに見え、本来の私の年齢からすると14も若い。
「主様、侍従の仕事が蔵人に取られて年がら年中暇なのは理解しますが、だからと言って休みの日に突然外に出たりしないで下さいよ。しかも主様も女房殿も、何ですかその服装は。曲がりなりにも殿上人とその付き人なんですから、ちゃんとしたものを着て下さいよ。まったくもう……お屋敷に帰ったら着替えて下さい」
因みに、今の私の服装はワイシャツにチョッキを重ねてスラックスを履いたものである。女房などと呼ばれている美月君は、いわゆるヴィクトリアンメイド型とか呼ばれるメイド服である。
…………断じて私が趣味で着せたのではない。今は亡き父が「メイド服を着ずして何がメイドか」などと宣って彼女に贈ったものである。いや別に嫌いというわけではないし寧ろ好ましく思ってさえいるが。
それはさておき、本来の彼らの主人と我々とを取り違えられてはとんでもないことになる。ここは間違いを正さねば。
「あのぅ、人違いでは?」
「は? 何馬鹿なことを仰いますか。主様の顔を見間違えようはずもありませんし、ましていつも一緒にいる女房殿もそこにいらっしゃるのです。どうして主様を間違えましょうか」
駄目だった。彼の言う主人は、ほぼ間違いなく私を指している。解せぬ。
「いや、だからね」
「ほら、さっさとお屋敷に帰りますよ。折角牛車を持ってきたのですから、二人とも乗って下さい」
一切の反論も許されず、牛車の後ろから美月君共々半ば強引に乗せられてしまった。前後の御簾は閉じている状態である。
「……旦那様、どうしましょうか?」
「…………仕方ない、取り敢えず様子見。傷付けられるとかは無いだろうけど、一応気配だけ警戒しておいて」
「承りました」
常日頃は彼女の護衛能力を過剰と思っていたが、こういう時はありがたいものである。尤も、こう思う機会は極力少ない方が良いと思うが。
牛車の物見から外を眺めながら、しばらく大人しくするとしよう。
*>────<*
すぐ近くの橋を渡ると、先程見た通り直ぐに人工物が見え始めた。幅広く整地された部分と、それに面する築地塀である。
「そこのは多分道路だと思うんだけど、幅どれくらいに見える?」
「広く見ても10mほどと思われます」
整地されてない土地から最初に入った道が幅10mで、車副等が平安装束を着ていることを考えると、きっとここは平安京なのだろう。もし本当にタイムスリップしているならば、の話であるが。
「なら、さっきの川は鴨川かなぁ。進行方向の右と左、どっちが長く続いてそう?」
「圧倒的に右ですね」
ならば、今通った橋は現代の五条大橋に当たるだろうか。もう一つの候補は三条大橋だったが、そもそもこの時代にあったかよく覚えていない。
「……おっ、右に曲がった。塀は4つくらいあったから、東京極大路から入って東洞院大路で曲がったことになるはず。後は牛車の速度を大体時速4kmとすれば、連れていかれた場所が平安京の何処なのかが分かるはず。と言うわけで時間測っといて」
「……周囲を警戒せよ、と先程命ぜられましたが」
「あー、まあ大丈夫でしょ」
美月君から冷たい目線が刺さっているのは、きっと気のせいだろう。いつも家でも似たような感じだし。うん、きっとそうに違いない。
*>────<*
美月君の測ったところによれば、あれから30分ちょっとで着いたらしい。あれ以降曲がらなかったから、きっと中御門大路の辺りだろう。遠くから鐘の音が九つ聞こえたが、日の高さを考えると午一刻頃だろう。空腹を覚えつつこぢんまりとした門(種類としては上土門かそこらだろう)をくぐり、その先の小さな空間で止まった。
「到着しましたよ、主様。ほらさっさと着替えてください」
「さっきから少し言葉遣い雑じゃない? われ主人ぞ?」
「主人名乗るならちゃんとした服着てくださいって」
正論である。さっきまで平安装束しか見なかったこの世界で、洋服を着ているのは酔狂なことこの上ない。仕方ないが、ここは着替えるしかないだろう。
「お顔が随分と楽しいことになっておりますよ、旦那様」
「言い方言い方」
この屋敷の形は、どうも東三条殿に近いような気がする。前の住人はよっぽど位が高く、また見栄っ張りであったのだろう。
「しかしいつ見ても、主様の故父君が造られたお屋敷はご立派ですなぁ。南藤原北野寺と、父君の頃から羨ましがられていたのも納得するというものです」
造ったの父親かぁ。見栄っ張りとかいってすいません。
さて、寝殿造の中でも最上級とされる東三条殿、その西には閑院と堀川殿が連なっているわけだが、南藤原とはこの事だろう。だが何れも南北に長い敷地で、面積はここの二倍あるはずである。それに匹敵すると謳われるとは、いやはやとんでもない屋敷を遺していったものである。
単廊を通って建物へ入り、廊下を渡って別の建物へ入った。恐らく今正面に見える庭が南側だろう。方角で言えば、門は西にあって、そこから北へ伸びる単廊を通り、東側の建物(多分東対)を通過して中央の寝殿へたどり着いた……と言うことになる。完全に東三条殿と同じ構造であった。向こうの主人から怒られたりしなかったのだろうか。
「ささ、主様はこちらで着替えをお手伝い致します。女房殿はあちらへ」
美月君は侍女に促されるまま塗籠に通され、戸が閉められてしまった。かく言う私も使用人に囲まれ、着替えにかかったのだが。
美「牛車というのは、案外広い乗り物でございますね」
義「最大で六人乗れるとか伝えられてるね。そこまでいくと狭そうだけど」
美「最大速度はどれくらいなんでしょう?」
義「具体的に伝えられてはいないけども、時速で15kmとかじゃないかなぁ? 速さ勝負して転げ落ちた人もいるし」
美「えぇ……」