第十二話〜平安時代の甘味事情〜
「……あの、左大臣様」
「なんじゃ、何か妙な物でも混じっておったか?」
「妙というか何というか……」
いつも通り私の数少ない休みを襲撃した実頼が持ってきた、手土産の小さい壺。普段なら砂糖やら胡椒やらが入っているのだが、今回はどうも様子が違う。蓋を開けて見てみれば、シロップ状の粘っこい液体が中を満たしているでは無いか。明るい場所にて照らせば黄金の色が辛うじて確認でき、非常に甘い香りが漂う。
「蜂蜜ですよねこれ。相当に貴重品だったと思いますが……?」
「主上のお裾分けを受けてな。此方では使う者もおらん故、お主への手土産とした。美食殿のことじゃ、上手く扱えようて」
「はあ……」
またこの爺さんは無茶を言う。確かにうちのメイドは目を見張るような有能であるが、蜂蜜を使った何かなんてそう直ぐには……
「旦那様、蜂蜜クッキーなら作れますが」
「あっ作れるのね」
「メイドに不可能は無いのです!」
小麦粉の作成とかバターの入手とか疑問は尽きないが、ドヤ顔美月君が可愛いので良しとしよう。
*>────<*
「時に旦那様、この時代の甘味にはどのようなものがあったのでしょうか?」
随分唐突である。彼女も歴史学に目覚めたのだろうか、いやしかし料理史しかも古代料理は史料の少なさが最大の鬼門……
「蜂蜜を見てふと思い出しただけです」
「なんだつまらん。まあ良いや、この時代の甘味は4種類ある。砂糖、蜂蜜、水飴、甘葛だね」
前者2つは、何れも超がつく高級品である。砂糖は高級貴族くらいしか買えない代物であり、蜂蜜に至っては朝廷献上品クラスの品である。実頼や陛下から分けて貰わない限り、我々が蜂蜜にありつけることは無いのである。
「蜂蜜ってそんなに貴重なんですね。……今回貰った物、全部クッキーに使ってしまいましたが……」
「歳も忘れてバカスカ食べるあの爺さんが悪いだけだから、特に気にすることもないさ。尤も、砂糖も基本的に常用出来るような値段じゃないけどね」
「左大臣様、ほぼ毎回持ってきているような……」
「気にしていけない」
庶民や中級・下級貴族は当然こんなものを使えるはずもない。それでも甘いものを求めるのは人間の性なので、どうにかして甘味にありつく必要がある。
水飴は麦芽や発芽玄米を用いて作られている。この時代の史料にも飴売りの記事があることから、庶民の重要な甘味供給源と言えるだろう。甘葛とは字の通り「甘い葛」なのだが、これがツタのことなのかアマチャヅルなのかで議論されたりもする。清少納言が削り氷に掛けていたことでも知られていよう。
「水飴があるのは良いですね。今度からそちらも使っていきましょう」
「もし買いに行くなら私も行きたいな。純粋に気になる」
「何ですかその好奇心。学者か何かですか」
「いや学者だわ」
──後日、外を出歩く貴族と従者が目撃されたとかどうとか。
美「蜂蜜って意外と長い歴史があるらしいですね」
義「『蜂蜜の歴史は人類の歴史』なんて英語圏では言うからねぇ。古代エジプトや古代ギリシアでは、巣の中の六角構造ごと食べていたそうな」
美「サクサクしてそうですね。日本ではどうなんですか?」
義「皇極帝2年(643年)、つまり乙巳の変の2年前だね。養蜂に失敗した旨の記事がある。盛んになるのは江戸とか明治の話だね」




