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第十話〜応和宗論〜

前略、天国のお父様。

私は今、清涼殿でお坊さんの言い合いを眺めています。応和三年八月二十五日(963年9月15日)の今日は、その宗論が始まって5日目です。

…………。


(ど う し て)


*>────<*


時は遡って4日前。主君の村上帝たっての御願であった法華経書写が完了し、その記念として清涼殿で法華講が行われたのである。参加者は南都北嶺の高僧各10人、則ち天台(てんだい)宗僧10人と法相(ほっそう)宗僧10人。そして村上帝と私である。


「……これ、私がいる必要あります?」


「折角の法華講、来ないというのも興醒めよなぁ?」


古代史研究の末席を占める人間として興味がない訳ではないがしかし、仏教史は言ってしまえば管轄外である。聞いていてもちんぷんかんぷん、内容の理解は到底不可能。それでも出席したのは一重に、これが世に言う「応和宗論(おうわのしゅうろん)」だからである。

宗論とは、この場においては「宗派間の議論によって正当性を争うもの」である。今回の宗論は天台宗vs法相宗だが、歴史上有名な宗論と言えば「安土宗論」だろうか。織田信長の命令で行われた浄土宗vs法華宗の宗論である。この時は信長の意図で法華宗側が負けたとかどうとかあるが、専門外なので詳述はしない。


閑話休題。今回の争点は「全ての衆生が成仏出来るか否か」である、はずである。多分。

天台宗のとなえるは一切皆成(いっさいかいじょう)説、つまり「一切の衆生は皆成仏出来る」という主張である。対する法相宗は五姓各別(ごしょうかくべつ)説(衆生が先天的に備える素質は5種類存在するという話)によって、「一切の衆生が成仏するわけではない」と主張している。


「……だから法華経の『無一不成仏』の文言は『一として成仏せざるなし』、皆成仏出来るという意味だろう!」


「何をおっしゃいまするか! それは『無の一は成仏せず』、仏性無き者は成仏出来ぬと書いておるのです!」


(返点で考えるなら後者の方が読みやすいなァ……)


この場で悉皆成仏を主張しているのは天台宗の良源(りょうげん)、対するは法相宗の仲算(ちゅうざん)である。良源は3年後に第十八世天台宗座主に、仲算は10年後に西大寺別当へと上り詰めた。

この二人が相対して議論を交わす予定は無かったのだが、それまでの議論が一進一退で決着がつかなかった為に村上帝の思し召しでここに至った。さて、その結論であるが……


「ふむ、互いに譲らんなぁ。審判は卿に委ねよう」


「えぇ……」(んなこと言われても……)


正直、ろくに話を聞いていない。聞いていたところでまともな理解は得られていなかっただろうが。何れにせよ、これでは勝敗などつけられない。


「畏れながら陛下、臣にはとても裁ける問題では御座いませぬ。ここは一つ、保留としては如何でしょう」


「そうか。では、この宗論を伝える者に任せよう」


こうして夏場の宗論は幕を閉じ、高僧10人はそれぞれの寺へ帰っていった。


*>────<*


「……それで旦那様、その議論は史実では何と?」


「それがねぇ、史料によるんだよねぇ。元亨釈書(げんこうしゃくしょ)とか扶桑略記(ふそうりゃっき)は良源勝利、応和宗論日記とか本朝高僧伝は仲算勝利って書いてる」


「では、実際には引き分けということでしょうか」


「その見方で概ね正しいと思うよ。尤も、私にはよく分からないけどね。複数の史料を付き合わせないと、こういうところで認識違いとかが起きるのが歴史学さ」

美「ところで、これって後世ではどうなったのですか?」


義「研究者にもよるけど、大方は鎌倉時代に決着がついたとしているね。まあ私にはよく分からないけど」


美「私にもよく分かりません」


義「仏教のお話だからねぇ」

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