色彩魔法学校-6[警報]
「ねえねえ、昨日のニュースみた?」
「ノースアイランドが不思議な力で包囲されたってアレ?」
「漁とか自粛してるんだってさ」
「謎だよねえ。」
陽と水利谷もこの話題にご執心だ。
「都市伝説番組では、これは宇宙からの侵略者の仕業で、ノースアイランドを孤立させ、巨大ユーフォで島ごと連れて行くとかやっていたけど」
「他国からの侵略だったらヤバいな。隣のロッシ国か?」
「まさか。てか、ツガー海峡まで包囲とか非現実的じゃね?」
「オーマンのマグロ漁に影響がでて値上がりしそうだな…」
「漁師町のパコダやばいんじゃね?イカも食えなくなるぞ」
「てか、どんな風に包囲されたかっていうのが、ニュースでも新聞でもやってないんだよな…」
「包囲されたってのもデマかもしれないってこと?」
「わかっていることは、内地との送電システムに異常があるってことだけだろ?どう考えてもケーブルの故障だろうさ。北島電力と知事が騒ぎすぎなんだよ。」
蜜柑は馬鹿馬鹿しく感じた。大勢の人が夢中になっていると、つい斜に構えた見方をしたくなってしまうものだ。
国のお金でケーブルを直したいがために「原因不明、不思議な力」という言葉を使っているに違いない。金と権力の中で生きる大人の考えそうなことだ。北島大学の色彩魔法研究チームが調査のために今日にも現地入りするらしいが、リコリス先生ならどう解釈するだろうか…。午前の授業が終わったら、ゼミで聞いてみるか。
城戸先生が教室に来た。
「ごめんなさいね。今日は自習にするわ。色彩魔法を使った精神境界への侵入と、それに対する防御の仕組みを各自勉強しレポートにまとめること。プロフェッサーの論文を持ってきたから、これも読んでおいて」
扉のそばにリコリス先生が待っていたようで、二人で行ってしまった。
生徒はぽつりぽつりと、教壇に山積みにされた論文の山から好きなものをとっていく。自習時間はたっぷり3時間半もあるから、まだレポートに取りかからなくても大丈夫だ。
桃は面白い論文を見つけた、といって蜜柑のところに来た。
「色彩魔法を用いた不治の病の治療」
「ああ…再現実験ができないとか、ノーベル賞がどうのっていう…」
「うん。あのね、感情の色が同じになったとき、どんな病も治るんだって」
「夢はあるけど、色彩魔法ってそんなに万能だっけ?」
「うーん…。あの、感情の色を同じにするのってすごく、難しいんだと思うんだ。同じような状況でも一人一人、思っていることって違うし、私も自分の気持ち、うまくコントロールできないことあるし」
蜜柑は、2日前のゼミのことを思い出していた。
「……ねえ、桃。蒼先輩に攻撃されたとき、どうだった?」
「うんと、洞窟の中に女の人がいた」
「俺のときもいた。すごかったよな。あれなんだったんだろ」
「泣いてたよね」
「え?」
「あの女の人、わたしのせいでごめんなさいって、泣いてた」
陽と水利谷が来る。
「ねえ、レポートもあるし、その話詳しく聞かせてくれない?」
蜜柑はためらう。
「防御の方法って言われてもなあ……」
「いいよ!」
桃が元気よく言う。
「あのね、多分入られないようにする方法があるの」
「触らせない」
「じゃなくて!!えっとね。私は私。あなたはあなた。感じ方や考え方が違ってもいいんだよって思うんだよ」
「へえ」
「それでね、相手の攻撃の感情の色に補色をあてるイメージで、手をかざすの」
桃は右手を胸の前にかざして言った。すごく優等生にみえる。実際そうなのだろう。僕が認めたくなかっただけで、桃は今までずっと、俺より優秀だったのかもしれない。
「え、お前、蒼先輩のあれ、防御できたの?」
「んー…次はできると思う。中に入っちゃった後より、きっとその場で防御する方が簡単だよ」
「え?中でお前なにやったん…?」
「その場の感情の色に合わせて補色で対処して…」
だからこいつ、穏やかに眠っているだけだったんだ…。悔しいな。
「桃、詳しく。」
午前の授業が終了する時間になった。城戸は最後まで戻ってこなかった。レポートは城戸のゼミ生である水利谷が職員室に持っていくらしい。蜜柑は戻ってこない水利谷を心配しながら、スマホを片手に陽と昼飯を食べた。ノースアイランドと内地及び外国を結ぶ、飛行機、船、鉄道、諸々の手段は全て凍結されているらしい。ノースアイランドは農業が盛んなので食べ物の心配はいらないと思うが、それを運搬する燃料はどうしても外から調達しなければならない。数日や1週間ならまだしも、長引くと暮らしに大きな影響が出るに違いない。
「蜜柑くん、そろそろ行かない?」
「ああ、そうだな」
陽に短い別れを告げ、蜜柑と桃はリコリス先生のゼミに向かった。
リコリス先生は、相変わらず真っ赤に燃えるようなドレスに身を包み、妖艶で、それでいて一つの違和感も見逃さないような隙のない装いだった。
「さて、感覚の授業をします♡お互いの感情の色を読みあいましょう。まずは上級生、新入生の色を読んで」
「まず蜜柑くん♡」
レッドグローブが静かに言った。
「 混じり気のない闘志を感じマス」
「 過信、冷静さの欠如、ついでに鈍感」
蒼は頬杖をついて桃を見ながら言うと、レモンとバナナが口を出した。
「さすがは魔王だ」
「うむ。さすがは我らが魔王」
「感情に関係なく悪口を言って」
「1年生に魔王たる威厳を示そうとしているとみえる」
「それでこそ、我らが魔…」
蒼が机をガン!と蹴った。リコリスが双子をみる。
「情熱を帯びたオレンジ」
「恐れを知らない優れた戦士の色」
次は桃の番だ。
「深い慈しみを感じマス」
「怖がりで消極的」
双子が大声で喋る。
『愛!愛!蜜柑君への愛!!』
両手で口を抑えて顔を真っ赤にしてうつむく桃。
キャハハと笑う双子。
この双子、本当に嘘と冗談ばかりだなぁ。
「蜜柑、あなたはどう思うの?」
リコリスに指摘されて、蜜柑は焦った。うーん。感情の色か……あ!
「桃、お前、照れているだろ?」
桃はますます顔を赤くした。
「うんうんそんな感じよ」
「あ、そういえば、今日の朝、不思議な音がしませんでした?」
桃が言った。眉をひそめるリコリス。神経質だなと思う蜜柑。そういえば水利谷もそんなことを言っていたような…。
「…さて、少し早めだけど、戦闘訓練をやってみましょう。誰と組むかな?」
蜜柑は喜んだ。リコリス先生は早くから実践的なことをさせてくれるって評判通りだぜ。
「レッドグローブがいいー!」
「桃がいいー!」
レモンとバナナが真っ先に手をあげた。
「決まりね」
リコリス先生が艶やかに笑うと、レッドグローブが怪訝な顔をした。
「蜜柑君が蒼と組むのデスカ?」
「そうよ♡ 学生どおし組むのが普通だもの♪」
演習場への道すがら、レモンはレッドグローブ、バナナは桃の手を引き、逆方向に歩きながらテレパシーで会話する。
(私は幸福のためなら逃げることも惜しまない)
(私は幸福のためなら誰かを差し出すことも惜しまない)
((演習時間だって幸せでいたいもの!))
中等部で一番広い演習場。中等部の敷地の真ん中に位置する平らなグラウンド。その中心で、蜜柑はフードを深く被った蒼と目が合った。相変わらず、人を殺そうする目をしている。
蒼が武器をつくる。蒼い片手剣。鮮やかなスカイブルー。純色より澄んだ、ど真ん中のB。ありふれた色のはずなのに、生まれてから初めて見たかのような美しさ。
蜜柑は息を飲んで朱色の両手剣をつくる。
「Y80R……脳筋が好きな色だな…」
そう言って蒼が斬りかかる。早い。なんとか防いだと思ったそのとき、ぶわっと青い衝撃波が舞う。蜜柑は後ろに跳んだ。
(力なら負けないと思っていたけど、そうでもないな。走って振り回すか…)
蒼が剣を構えて遠くから剣をふった。
なんだ?何かが来る…?
…亡霊?黒くて青い感情の波…これって…
一瞬息ができなくて飲まれたと思った。あのナイトメアの感覚。
蜜柑は膝をついた。気持ち悪い。吐きそう。でも…防御できた。
「やってくれたな」
蜜柑は自虐的に笑って、立ち向かう。
(作戦を考えるのは後回しだ。攻撃は最大の防御。攻めて攻めて攻めまくる)
金属同士がぶつかった独特の音が何度か響いたあと、蜜柑は下から蹴りあげられて倒れた。
蒼は薄い笑みを浮かべて、体の周りに球状のものを展開させた。
球状のものが、いくつにも分かれて、クナイのような突起をつけてとんでくる。
「うっ!いっ!?えっ!?」
蜜柑は蒼から目を逸らさないよう注意しながら、後ろに跳躍しながら防御する。
「あの!おれその、はじめてで、その、できればもう少し、初心者的な指導を…!」
「君を戦闘不能にしたら、リコリスに相手してもらえるんだ。2年前からそういうシステムだった」
蜜柑は苛立ちを感じて、思ったままを口にした。
「じゃ、俺も先輩を戦闘不能にして、リコリス先生に指導してもらいますわ!」
リコリスは演習場を見渡した。ここからだと、いざというとき中等部全域を守ることができる。
蒼と蜜柑は派手に戦闘を繰り広げていた。
(やはり蜜柑くんは戦闘タイプね。攻撃力が強い。欠点は気配の隠し方が荒削りで、能力も行動も考えていることも相手にバレバレなところ…)
レッドグローブとレモンに目を向けた。レッドグローブは現実には存在しない大きな動物に様々な魔法を食べさせている。
(二人とも多彩でデリケートな魔法の使い手。レモンとの演習は誰にとってもよい刺激になる。あの双子は、発想力も創造性もすごい。窮地に陥ったチームを救うアイデアは彼女たちにしか出せない。)
バナナと桃は木陰にいた。
「桃ちゃん!あのね、わたしの魔法はね!キラメク星の魔法なの。防いでみる?」
「は、はい!」
バナナが空に無限の星をつくって、桃に飛ばす。桃は魔法でつくったシールドで防ぐ。
「桃ちゃん防いでばっかりー。うっておいでよ!」
(えっと、黄色にはブルーだけど、ちょっと緑がかってるから、この色かな?)
「えい!」
バナナは倒れた。
「先輩!大丈夫ですか!?」
「うん!思ったより威力あったよ!びっくりしただけ。いいかんじだよ!もっとやろう!」
リコリスは二人のやりとりを黙って見ていた。
(vv-5P B。正確についている…。桃はとにかく鋭い。感受性がすごく高いし、感情コントロールの習得も早い。間違いなく、わたし以上の逸材。だから、大事に育てたい。時間がほしい。でもそれも…ゼブラ次第か…)
「いたっ」
桃が転んだ。蜜柑と蒼の様子が気になっているらしい。
もうじき15時になろうかという頃。
けっこうな長時間やりあっているのに、蒼は汗ひとつかいている様子もない。ここまでずっと相手を走らせるスタイルを崩していない。蜜柑はだんだんイライラしてきた。
(くっそ、あのフードはぎとってやる)
蒼の攻撃は鋭くて、足を狙ってきたと思ったら次の瞬間には顔を狙ってくる。
(飛ばすやつ便利だな…俺もやってみるか。)
蜜柑は剣を構えて蒼のフードを狙い澄ました。そして静かに心を込めて念じる。
朱色の両手剣は炎をまとった鳥の姿となり、一直線に飛んで行った。
蒼は一瞬目を見開き、左手でフードを抑え、右手を地面について膝をついて避けた。
「……服が汚れた…」
蒼は舌打ちをして蜜柑を睨みつけ、手のひらを下に向け、まっすぐ手を伸ばした。
「喰わせてやるよ…俺の色」
その気迫に蜜柑はゾッとする。
レモンとバナナは蜜柑から離れるように後ろに跳んだ。
「ごめんね、桃ちゃん」
「ごめんね、グローブさん」
『僕ら、巻き添えはごめんだ!』
「かかってきやがれ!同じ攻撃は二度と食わねえ!」
蜜柑はオレンジがかった黄色の魔法を準備した。
リコリスは周囲を見渡して魔法を準備した。
ゴゴゴ…と今まで聞いたことのないような低くて大きな音が地面からした。いや、空からだったのかもしれない。どの生徒も動くことができなかった。
しばらくして、けたたましいサイレンとともに警報が響く。
「非常警報。非常警報。体育館に集合せよ」
「繰り返す。非常警報。異常事態発生。いますぐ体育館に集合せよ」