色彩魔法学校-4[喧嘩を売られる]
4月の最後の週。
いよいよ今日からゼミがはじまる。教室の中は今日も騒がしかった。まだ授業開始まで時間がある。
「この学校って創立18年なんだってね」
「ああ、20年前の呪躯大戦で色彩魔法が評価されて、学校もできたって話だよな」
「全国に先駆けて試験的に、"プロフェッサー"がいるノースアイランドに5つつくられたのが色彩魔法学校…」
「え?内地にはないの?」
蜜柑は笑った。
「え?陽はそれ知らずにここに来たの?」
「だって変じゃない?呪躯大戦が起きたのは、ここから800kmも離れた内地の首都、トウトだろ?」
雑学屋の水利谷が話す。
「陽、覚えておけよ?色彩魔法学校はここサポロの他に、アサヒ、パコダ、トマコ、クッシーの4つの地方都市にそれぞれ中等部と高等部があるが、ここサポロ色彩魔法学校は地方学校とは格が違う。北島大学との技術提携もあるが、教師が違う。ここでは20年前の大戦で活躍した英雄たちが教師をやっている。」
「リコリス先生は有名だもんな」
水利谷の言葉に熱が帯びてきた。
「裏の英雄と言われるゼブラを知らないのか?軍に色彩魔法を利用するように申し立て、色彩魔法によって強化された軍備で呪躯からトウト湾を守った。色彩魔法理論が疑問視されていた当時、軍全てにそれを活用させるなんて…まさにゼブラは損害0で国を勝たせた救世主だぞ…」
「起立、礼!」
城戸先生による午前の授業がはじまった。
色彩魔法の利用法……黒獣の飼育と運用、医療、犯罪対策、エンタテイメント…。色彩魔法のもつ可能性についての講義だった。魔法の効果は黒獣と呪躯に強く作用するが、人間に対しては"なんとなく効果がある気がする"という実感を持たれる程度だ。この間のエキシビジョンだって、色彩魔法の使い手になるために日頃から”よく視る訓練"をしている俺たちだから鮮明にみえたのであって、いわゆる普通の人にとっては"妖怪がその辺にいるような気がする"くらいのものだ。
誰かが質問した。
「呪躯って本当にいたんですか?」
城戸が愛想よく答える。
「…ふふ。本当にいた怪物よ20年前の戦争の話をしましょう」
呪躯が現れたのは太平洋海上。それが我が国の排他的経済水域に迫り、軍は偵察を出した。我が国への移民を希望する異国人かと思われたそれは、人でも動物でも、黒獣でもなかった。ピストルは威嚇の意味すらなく、弾丸は幽霊を相手にしたかのように通り抜けた。しかし、色彩魔法を纏った攻撃ならば通用することが確認された。
「呪躯…。彼らは強い。知能もある。だから、その知能を逆手にとって、こちらを強く見せることで、相手が侵攻してこないように手を打った。その手段がエンチャント…。当時、彼らは色彩魔法の攻撃と、エンチャントしただけの武器を区別できなかった…。囮にビビって逃げたおばかさんよ」
ポニーテールの女子が後ろを向いて桃に話しかけた。
「ねえ、もし、もし、呪躯がきたらどうする?」
「え?うーん…話し合う…かな?」
蜜柑も口を挟む
「もし来たとしても、狙われるのは首都トウトだろ?こんな田舎襲ったってなんもねえだろ…」
城戸が席の近くまでやってきた。
「どうかしら?呪躯ってすごく学習能力あるのよ。色彩魔法が脅威なら、サポロを狙ってくるかもね。私かリコリスか……それとも、もっと素質のある若者を狙ってくるかも…」
桃は蜜柑を思い浮かべて体を震わせた。
大事な人を失うことを想像すると誰でも背筋が冷えるだろう。
「君たちにはまずは武器の生成を目指して練習してもらったけれど、これができた生徒は半分くらいだったわね。今日から、半数の生徒はゼミに所属してもらうわ。残り半数の生徒は、別の教師によってエンチャントの訓練をする。」
思い出したように城戸が言う。
「あ、蜜柑くんと桃ちゃんはリコリス先生のゼミね。がんばってね♪」
午後、蜜柑は桃と一緒にゼミ室に向かった。窓が一面に貼られた、4Fの明るい部屋。
リコリスや先輩が先に席について俺たちを待っていた。コの字型にレイアウトされたテーブル。一方の端には蒼とレッドグローブが、もう一方の端にはレモンとバナナが座っていて、桃と蜜柑は仕方なく、リコリスの隣に座った。
「さ、ゼミ生の顔合わせよ。1年生から自己紹介してね♡」
「え!えっと、桃です!まだ未熟ですが、その、よろしくお願いします!」
「蜜柑です。 俺は誰にも負けない力をつけに来た!よろしく!」
左側に座っているレモンとバナナが話す。
「わたしたちは幸せを振りまくためなら努力を惜しまない」
「わたしたちは幸せでいるためなら努力を惜しまない」
『それが私たちにとって一番大切なもの』
次はレッドグローブと蒼の番だ。
「 わたしは留学生デス。年は18デス。趣味は、茶道、華道、詩吟、俳画デス」
「すごいですね!」
「せっかく日本に留学したんです。たくさん勉強しないともったいないデス」
レッドグローブが和やかに話した後、沈黙が流れた。リコリスが蒼をみる。ため息とともに最後の自己紹介が行われた。
「 俺は一部の授業で手伝いをしている。不本意ながら、不愉快な思いをさせることもあるがよろしく頼む。」
リコリス先生が両手を顔のところに持っていく。口元のほくろがセクシーだ。
「さて、お互いのことをもっと深く知りたいわね?得意な魔法や好きな色を言いましょう。」
蜜柑と桃が戸惑っている間に、レモンとバナナが口を開く。
「黄色は幸せの色」
「黄色は愛と家庭の色」
「足下を照らす色」
「暗闇の中を導く色」
『私たちは黄色が大好き』
続いてレッドグローブと蒼が話す。
「補助呪文が得意です。相手を弱らせたり、こちらを強化したり。たくさんスペルを覚えマシタ」
「……苦手なものはない」
だんだんと話しやすい雰囲気を感じて、蜜柑と桃も自然に喋りだす。
「俺は攻撃魔法が好きだな。武器の生成も得意」
「えと、私は逆に攻撃魔法は…ちょっと…苦手っていうか…」
リコリスが右手を頬にあてながら尋ねる。
「ふふ。桃ちゃんはどうして嫌なのかしら?」
「その、誰も傷つけたくなくて…」
蒼がぼそっと言う。
「だからあんなカスみたいな攻撃魔法しかできないんだ?」
レモンとバナナが真面目な調子で言う。
「うむそれはそなたの中の」
「何かを解放していないのだぞ」
「A級妖怪並の実力がありながら」
「まだ本気を出していないとみえる」
『邪眼の力をなめるなよ!』
口元がひきつった桃。蜜柑を見る。
(ごめん、俺も双子先輩の例え全然わからない…これって何のノリなの?)
「桃ちゃん、私はとっても素敵な考えだと思うわ♡」
リコリス先生が優しい口調で言う。
「ふふ。もし先生が悪い魔法使いだったら、誰を狙うとおもう?」
先生が小隊の配置を書いてみせる。
司令、参謀、守備、特攻、遊撃…
「司令ですか?」
「あは、司令は遠すぎて狙えないわ。もし、先生ならね?敵の中で、一番攻撃力が高いのを狙うわ。自軍が攻撃されたら嫌だもの。一番に、そいつを殺すわ♡」
特攻と書かれた文字をコンコンと指でつつきながら話すリコリス。その文字に蜜柑を重ねて桃は怖くなった。
リコリスは、"特攻"の文字をチョークで塗りつぶしながら言葉を続ける。
「攻撃は最大の防御と言うわ。守るための最大の武器をつかわないなんて、もったいないと思わない?
さて、いい機会だわ。蒼、協力してもらえる?」
「え?もうアレを?」
レッドグローブが慌てている。
「ええ。桃と蜜柑以外の子は自由にしてていいわよ」
「……僕ら、図書館にいきたい」
「軍に図書館が制圧される前に読んでおかねばならぬのだ」
「我らの知識の番人が叫ぶ」
「退屈だ…書物をよこせと内なる金色の妖精が…」
「許可します♡」
双子がゼミ室を出て行くのを見て、レッドグローブも口を開く。
「…ではワタシはお花見の下見と準備に行きマス」
レッドグローブは心配そうに何度もこちらを振り返りながら出て行った。
4人で演習場に行く。演習場という名前の森。その深くまで行く。中等部の敷地ぎりぎりまで来た。少し遠くに高等部の校舎がみえる。
ここにいるのは、リコリス、蒼、桃、蜜柑だけ。こんなところ、誰1人気を配ったりしないだろう。
「じゃ、蒼くんお願いね♡」
蒼が手のひらを下にして蜜柑に手を伸ばす。手が蜜柑の額にあたる。その瞬間、蜜柑が倒れた。
倒れる蜜柑。蒼はその頭の上に手をかざしている。
「蜜柑!?どうしたの!?」
「1年生二人が弱点を克服し、強くなるための試練よ」
蜜柑は四つん這いになり、立っていられないほど苦しんでいる。
「先生?蜜柑は大丈夫なんですか!?」
「あなた次第よ?あなたが一つでも私に攻撃呪文をあてたら、攻撃をやめさせるわ」
「そんな…!?」
もう、蜜柑は完全に横になってしまった。悪夢にうなされている…なんてレベルじゃない。桃は蒼を見た。蒼は目を見開いて薄い笑いを浮かべながら、蜜柑の額に手をあてていた。
桃の視線に気づいたのだろうか。”人質”の苦難の顔から目を背けずに言った。
「…諦めな…リコリスから喧嘩を売られたら逃げられないよ」
「ふふ、そゆこと…♡ 遠慮は要らないわ?かかってらっしゃい。急がないと…。一生目を覚まさなくなるかもね?」
桃は下唇を噛んでリコリスを睨んだ。