色彩魔法学校-9[呪印]
5月の時点でゼミに入れなかった中学1年生はエンチャント組と言われる。色彩魔法で一から物をつくるのではなく、物に色彩魔法を付加させることを学ぶのだ。
といっても、授業も大して行われていない中、軍人になった城戸によりトマコに連れてこられ、そしていま、夜中まで働かされている。2人一組でトマコ市内のパトロールをするのが仕事だそうだ。色彩魔法の気配を感じたらすぐに報告しろと先生に言われている。
陽は太一とペアになった。話の合う気のいい奴だ。
二人は担当地域の北島大学トマコ研究林に向かった。男二人で木々に囲まれた丘から海を眺めた。夜に沈んだ海は月も映さず、ただただ終わりの無い闇をたたえていた。
研究林の内部には厳重そうな金網が張られていて「危険」「立ち入り禁止」と書いた紙の横に、熊やらキツネやらの絵が貼ってあった。
「ここってさ、動物実験とかしてたんだっけ」
「知らねえけど…俺らはそこの金網を超えちゃ行けないから、安全のはず…」
「もしどっか破れてたら…」
「バイオハザードかよ…やめようぜ。肝試しじゃねえんだからさ」
必ず二人一組でと言われていたが、早く終わらせたいということで、東と西で分担してパトロールを行うことにした。パトロールといっても、「何か変わった事があったら報告しろ」というだけであって、どうせ何もありませんでしたと言って終わるだろう。
林の中は広葉樹がよく育っていて、見通しは悪い。懐中電灯で周りを照らしながら進む。
後ろを見ると太一の姿があった。反射シールがつけられたベストにヘルメット。ノースアイランドの5月の夜は寒い。自分の吐息が白くなっていた。
ガサガサという音を聞いた。
キツネだろうか。いや、もしかしたら熊かも?熊だったらどうしようかな…などと考えながら、木の陰から様子を伺った。刺激しないよう、懐中電灯で直接相手を照らさぬよう、様子を伺う。
その生き物は、少なくとも、自分よりは小さかった。
(よかった。襲われても勝てそう。)
陽は少し胸を撫で下ろして、相手を観察した。
(猿か?何をしているんだろう。餌でも探しているのか?)
様子を伺う。
(猿に見えるけど、それにしては動きが妙なんだよなあ…。というか、暗くてよくわからん。)
ちょっとライトが当たる場所を近づけてみるか…。猿のような生き物が顔を下に向けながら右腕を空に掲げた。その瞬間を狙って、振り上げた腕の肘から先をライトで照らした。
陽は息をのんだ。
(あれは猿じゃない…)
腕に毛がなかったし、照らした腕はゴリラのように真っ黒だ。あれは…あの色は…間違いなく黒獣!猿型の黒獣は扱いが難しくて北島大学でしか飼育されていないはず…。なんでトマコに?
陽は緊張しながら観察を続けた。胸がどきどきする。
(そうだ。なんて報告するか考えよう…)
猿にしては大きい。オランウータン型?それにしても、あいつ、なにやってるんだ?
猿のようなものは右腕を地面に強く押し付けている。地面から黒色の煙がでてその右腕はなくなった。
ゾワ…と空気が変わったのを感じた。強くて、怖くて、とにかく、何か良くない感じがする。
猿はこちらを見た。目が合った。小学校のクラスメートの誰かと顔が似ていた。
陽は怖くなって逃げ出した。
少し走ると、太一がいた。
「陽?どうした?なにか…」
「逃げるぞ!いますぐ!」
太一は陽の後ろにいる、目だけが不気味に光る黒い生き物を見て、走りだした。
「なんだよあれ!?」
「わからん!けど、絶対ヤバいだろあれ!」
少し走って、二人は目を合わせた。
「なあ…逃げ切れると思うか…?」
「……」
集合場所に行くには、トマコの住宅街を通らないといけない。こいつを連れて住宅街に?いやいや、それじゃ俺がトマコ市民を巻き込んだことに…
そんなことを考えていたら、ふと、すぐ右を走っていた太一がいないことに気づいた。
後ろを見ると、太一は立ち止まっていた。
「おい!諦めるなって!とにかく逃げないと…」
「いや…おまえ、だって…」
太一は震える腕で前を指差した。
俺の前にはさっきの片腕になった黒獣が、相変わらず目だけ赤く光らせて二本足で立っていた。
俺と太一は反対を向いて逃げた。逃げながら考える。こっちに逃げても先生には会えない。どのみち、どんづまり。俺はその辺に落ちてた木の棒を拾った。
「おま…戦う気か!?」
「逃げていても仕方ないだろ!お前も拾っとけよ!」
「え…ていうか……」
太一は俺から少し左に離れて、右手で腰のあたりを触った。そのとき…
黒獣が太一を押し倒した。
うつぶせに倒れる太一。
「え…」
黒獣は太一を尻にしいて、片方しかない腕をふりあげた。掲げた手には黒い煙がいくつも舞い、それが凝縮されていく。
(ヤバい…)
さっき地面にやったアレを、こいつ、太一にやるつもりだ…!
俺は息を飲んで腹を括った。蜜柑の戦闘実技試験を思い出す。あのときは、おれも蜜柑みたいになれれば、なんて友人を羨ましく思ったものだ。あいつがあのとき戦った巨大な亀に比べれば、こんな猿ごとき…
陽は太一の方に向かって駆け出した。さっき拾った木の棒は手に馴染んで、橙色に輝いていた。
「俺の友だち、離せよ、バカ!!」
殴りつけられた猿は、少しニヤけて、存在ごと消えた。
陽「誰がモブだよ!見たか俺の大活躍!」
水利谷「最近、陽くんに無駄にイケメン設定が足されたらしいぞ」
陽「うおおおお!絶対、無駄じゃないだろ!それ!」
水利谷は蜜柑を見た。
蜜柑 (今回で出番が最後とは言えないよなあ…)
水利谷(わかっている。言わぬが花だ…)




