色彩魔法学校-1 [先生が言うには]
色彩魔法学校-1 [先生が言うには]
ノースアイランドにある大都会サポロ市。
ここには全国に誇る魔法学校がある。中学と高校はエスカレータ式だが、中学受験の倍率が高い。人口380万の都市で、募集が20人と言えば、どれだけ入るのが大変なのか伝わるだろうか。
今日は、その中学校の入学式だ。白髪の男性が壇上で喋る。
「さて、皆さんは、数ある選択肢の中でも、色の魔法に興味をもち、この学校を選んでくれた方々である。まず、私は皆さんに言いたい。感性を磨けと。感性のない魔法使いは素晴らしい魔法使いにはなれません。次に、挫折を恐れるな。恐怖は感情の色を暗くしてしまいます。暗い感情では闇の魔法使いになってしまうでしょう。皆さんには、卒業してからもずっと、光り輝く魔法使いとして、その何十年後をも見据えた教育をするつもりです」
その後、教師の紹介があって、退屈な入学式が終わった。
教室への道、生徒が話しあう。
「はー…校長先生、話なげー……」
「うーん。まあありきたりだったよねー」
「そういや今日のニュース観た?」
「ああ、再現実験できればノーベル賞ってやつでしょ」
「そうそう色彩魔法を用いた不治の病の治療ってやつ」
「再現できないってことはやっぱ捏造だったのかな?」
「あはは。北島大学の色彩魔法医学科の教授でしょ?」
「まあ、色彩魔法自体、20年前の戦争でメジャーになったわけだし」
「うんうん。色彩魔法って全然。わかってないこと多いよね」
知らない人ばかりの集団でニュースの話を頼りに会話をしようとするぎこちない集団。はじめての場所で友だちをつくるとき、どうでもいい話は役に立つ。
緊張の糸を張りつめている18人の学生に混じって、幼なじみの2人。知らない人だらけの環境では知っている顔をみると、なんだか嬉しくなって話しかけてしまう。
「そういやお前もここに受けたんだね」
「あ、うん。」
「おれ、はっきり言って、知ってるやつ誰もいないと思ってたから、安心した」
蜜柑は朗らかに笑った。
「おまえは何でここ受けたの?」
「え、えとえと、その、蜜柑くんにつきそって、あの、体験にきたら、その、興味もっちゃって」
「へー?」
桃はいつも三つ編みをしている。
一般にサポロ色彩魔法中学校に入れるのは小学校でも”神童”と言われるような秀才だけ。愛のために行動しているときは、誰かが余計な苦労と思うようなことでも、そう感じないものである。
大人の声がした。
「あらあら、蜜柑くんに桃ちゃんかあ。色の名前で素敵ね」
「果物だろ?俺たちの名前は」
「蜜柑色に桃色っていうじゃない?」
「オレンジとピンクだろ」
「あらあら。だめよ、そんな大雑把にとらえちゃ」
その女は、ふわっとした髪型におっとりした口調。ふんわり白いスカートに隠れているけど筋肉質な足がのぞいている。
「あんただれ?」
「だめだよ!蜜柑くん、そんな口きいちゃ。担任の先生かもしれないよ!」
たまらず桃が蜜柑の前に顔を出した。三つ編みが揺れる。その女、城戸は笑みを浮かべた。
「教室まで一緒にいきましょ?」
この学校は色に溢れている。
体験入学にきたときに桃がこの学校に興味をもったのは本当だ。名もついていない微妙な色の数々。その繊細さが好きになった。
白-1と書かれたプレート。ドアを開けた正面には小学校と同じように大きな窓がある。
「こっちみて」
城戸につられて、反対をみた。壁一面に色とその名前が書いてある。
「すごい……」
「マニアック……」
色んな色が丸く円になったものが壁に貼られている。真ん中には、vp、plなどの2文字のアルファベットが書いてある。
「トーンの概念…」
「宮田作図」
蜜柑と桃は、それぞれいちばん上に書かれた文字を読んだ。
城戸が話す。
「色っていっても色々あるのよ。その表現一つで、魔法の効果が真逆になる。
校長先生も言ってたでしょ?感性を磨けって。まず、130色。これらの色を見分けて名前をつけられるのが目標」
「……130……。むり」
すぐそばの席の学生がこちらを向いて独り言を言う。城戸は振り返ってニコッと笑った。
「あら、大丈夫よ。去年の学生もみーんなそのくらい覚えているわよ?」
その前後の学生も話にまじった。
「うそ。まじ?すげー」
「先輩…尊敬する」
「うふふ。先生のことも尊敬してほしいわよね。生徒に130色覚えさせるのが私の仕事だもの」
先生が教壇に立ち、授業がはじまった。
休み時間になると城戸は桃のところに来た。
「桃ちゃん、蜜柑くんといるときのあなたの感情は何色?」
「え?感情…を色で……?」
(私は…蜜柑が好き…だから)
「ピンク…かなあ?」
「んー。ちょっと違う。だってあなた控えめすぎるわ」
城戸は桃だけに聞こえるように言った。
「…愛を表現する色はね…もうすこし赤みを帯びているの。…ふふ。難しい?難しいわよね。そう、難しい。だからこの学校で色彩を学ぶ。それでわかったって思う人もいれば、わからないって人もいて、ずっと研究していたりする」
蜜柑が席を立った。それを確認して、桃は城戸だけに聞こえるように話した。
「先生……私、蜜柑君と両想いになりたい」
「うんうん。その先は?」
桃は頬を真っ赤にした。
「え!?だって、付き合ってもいないのに!蜜柑の気持ちだってわからないのに!先のこと考えたって仕方ないんじゃ?」
「……そう。そうやって、考えるのをやめる。だからあなたのピンクは少し、軽い」
「軽い…」
「そう。軽いのよ。気持ちがまだ軽いから、告白するにはまだ早い」
「えっと…」
「時をまちなさい。あなたの、胸に秘めた愛情のピンクが、もう少し、重くて、情熱的で、芸術的で、それでいて冷静で幸せで…。そんな色になったときが、進展のタイミング」
先生が指をたてた。
「…あなたはまだ、蜜柑君と、共通点が少なすぎる」
「え」
「ここで一緒に学ぶといいわ。そのために席を隣にしたんだから♪」
「え、いや、え!?あの!はっきりいって、気まずいというか恥ずかしいというか!」
「感情を高めなさい。そうなれば感性も高まる。あなたはきっと、いい魔法使いになるわ。将来が楽しみ。ふふっ…あなた、とっても優秀よ?」