サモンズブレイカー
(行け!今なら間に合う。)
駆の中の天使なのか悪魔なのかが囁く。天使なのか悪魔なのかと言うのは、そいつがいつも一人しか出てこない上に、背中を押す事しかしないからだ。なので、天使なのか悪魔なのか判断に困るが、きっと天使だと信じたいと思っている。
「危ない!」
叫ぶと同時に、駆は走り出す。目の前には少女がいて、その少女にトラックが突っ込もうとしていた。
トラックの信号無視、居眠り運転だろうか?トラックはキーッと音を立てて急ブレーキを踏んでいるが、止まりきらないだろう。
駆は火事場の馬鹿力なのか、短距離走選手もビックリな速度で走り抜ける。
速度を落とさず少女に飛び付き抱き締める。頭を護るようにしっかりと抱き、アスファルトの上を転がる。
跳ねられた衝撃は襲ってこない。女の子を庇って転がった衝撃はあるが、かすり傷程度ですむだろう。
駆は、恐怖に閉じていた目を開けると、そこにはなぜか先程の交差点とは全く違う景色。草原と池、小川などの自然が広がっていた。
「街中にいたはずなんだが・・・」
駆は誰に答えを求めるわけでもなく一人呟く。
「ようこそ、おいでくださいました。」
不意に後ろから声が掛かる。
駆が振り返ると真っ白なドレスを着た絶世の美女が一人でティーパーティーをしていた。美女は、優雅な手つきでティーカップをソーサーに置き、駆に語りかける。
「二階堂駆さん、少しお話があります。お掛けください。」
「・・・あぁ。」
しかし、美女の指したテーブルの反対側には椅子などなく、駆は首をかしげる。
どうしたもんかと思いつつもテーブルの方へ歩いていくと、いつの間にか何もなかったところに椅子が存在していた。
駆は、驚きつつも椅子に腰掛け、美女と対峙する。
「どうぞ、飲みながらお話ししましょう。」
駆が飲みながらもなにも、と思った瞬間、テーブルの上に紅茶の注がれたティーカップが現れる。
「それでは、本題に入りましょう。実は先ほどーーーー」
「待て待て待て。」
駆はすかさず止めに入る。
「何でしょうか?」
「それよりも先に、ここはどこで、あんたは誰だ?俺は死んだのか?」
「そうですね、失念しておりました。私はテラ地球の女神です。そして、ここは私のプライベートスペースとでも言いましょうか、私だけの空間です。最後に貴方は死んではいません。貴方が少女を救った事により、運命が1つ切り替わりました。だから呼んだのです。」
「運命が切り替わった?」
「はい。貴方は、異世界転生や異世界転移と言うものをご存じですか?」
「あぁ、詳しくは知らないが、小説とかで流行ってるな。たまに耳にする。」
「その現象が頻繁に起きています。つい先ほど助けた女性も異世界転生の対象者でした。助かった事により、ここから違う未来に進み始めます。」
「それで、異世界が大変なことになるから、俺が怒られるのか?」
「逆です。良くやってくれました。現在の日本では、異世界に呼ばれる人が後を絶ちません。そのせいで若者の人口減少、少子高齢化社会へと突入しています。」
「それは言い過ぎだろ。そんなに神隠しが起きてたら、テレビとかでもっと問題になってるはずだ。」
「転移の場合は、神隠しになってしまうため、辻褄を合わせるために、その人物の存在ごと消えてしまいます。つまり、人類の記憶から消去され、居なかったことになります。知りませんか?学校で不自然にクラスの人数が足りなかったり、クラスそのものが少なかったり、若者のいない村があったりする事を。」
「・・・聞いたことあるな。だが、最後のやつは上京だろ。」
「それがグループやクラスで召喚された証です。このようなことが続けば、日本は緩やかに、しかし確実に滅亡するでしょう。」
「なんか突拍子もない話だな。」
「事実です。貴方へのお願いは、召喚の回避です。異世界からの誘拐を阻止してください。」
「考えさせてくれ。正直いまだにこれが夢だと思ってるんだ。人助けは続けるが、偶然召喚に出会えるかわからないからな。」
「その点は大丈夫です。召喚の前兆を掴む直感と移動手段を差し上げます。いかがですか?」
「いかがですかと言われても・・・」
「仕方ありません。では、数日考えて返事をください。それでは現実世界にお戻ししますね。」
「ちょっと待て、どうやって返事をするんだよーーーー」
駆は、視界が真っ白になり、目を閉じる。
「ーーーーおい!」
叫んで飛び起きると、周りには人だかりができていて、心配そうな目で視られていた。
「君たち、大丈夫かい?」
サラリーマン風の男に声をかけられる。
「あぁ、大丈夫だ。女の子は?」
駆が辺りを見回すと、すぐ横に倒れていた。どうやら大きな怪我はなさそうだ。
チラッと電柱に激突して止まっているトラックが見えた。
「・・・ぅん・・・」
女の子は呻き声をあげ、目を覚ます。
起き上がり、辺りをキョロキョロとする。
「美姫さん?」
駆は、自分が助けた女の子の事を知っていた。
小鳥遊美姫。駆の通う学校のアイドルだ。
「え~と、あなたが助けてくれたのですか?
「一応。俺は二階堂駆だ。同じ学校に通ってる。」
「・・・あっ!人助けが趣味の!この前もアパート火災で子供を助けて表彰されてました。」
美姫は少し考えて答えにたどり着いた。
「・・・その二階堂駆だ。」
「ありがとうございます。さすが駆くんですね。」
「駆くんって・・・」
「良いじゃないですか。私、同い年なんですよ。」
「知ってるよ。小鳥遊さんは有名人だから。」
「駆くんほどではないと思いますが。」
「まぁ無事ならよかったよ。痛いところはないか?」
「所々すりむいたくらいです。」
「そうか。」
駆は鞄から消毒液とガーゼとテープを取り出し、美姫に渡す。
「用意が良いね。」
「良く使うからな。」
「きっと保健委員でも持ってないよ。」
「ごめん、ちょっとあっちに行ってくる。」
駆は美姫に一言断って、トラックの方に向かっていく。
トラックはフロントがひしゃげ、エアバッグが作動していた。
「大丈夫か!?」
ドライバーは気を失っているのか、声見かけても反応しない。
駆はフレームのひん曲がったドアを無理矢理こじ開け、シートベルトを切りドライバーを引っ張り出す。どこかぶつけたのか、頭から血を流していたので、鞄から新品のミネラルウォーターとガーゼと包帯を取り出し、頭に巻く。呼吸の有無を確認し、消防と警察に連絡し、到着するまで交通整理をしながら待つ。
到着してから状況を説明し、解放される。いつも通りのやり取りだ。
「さて、帰るか。」
「お疲れ様。」
駆が一人呟き帰ろうとすると、後ろから声がかかる。
「小鳥遊さん、帰って良かったのに。」
「私のせいだし帰れないよ。それに、ちゃんとお礼言えてなかったから。今日は助けてくれてありがとう。」
「どういたしまして。でも趣味でやってることだからあまり気にしなくても良いよ。」
「わかりました。では、帰りましょうか。」
「・・・そうだな。」
二人は雑談しながら帰路についた。
「駆!お前、美姫さんの命を救ったって本当かよ。」
翌日、学校でクラスメイトに声をかけられる。
「・・・なんでもう噂になってんだよ。」
「美姫さんの怪我をみて、女子達が質問したらそう返ってきたらしい。それで騒いでた。」
駆は、面倒なことになりそうだと額に手を当ててうなだれる。
「みんなの視線が痛いほどに突き刺さっていたのはそのせいか・・・」
「美姫さんに抱きついてお礼を言われたのは本当の様だな!!」
「はぁ!?」
予想外のキレられ方をして困惑を隠しきれない駆。
「揉んだのか!?嗅いだのか!?」
「何をだよ!」
更にヒートアップしてまくし立ててくるクラスメイト。
「羨ましいんだよ!畜生!美姫さんの抱き心地を共有しろよバカヤロウ!」
「うぜぇ・・・」
「貴様!美姫さんはみんなのものだぞ!」
駆はついつい心の声が漏れるが、お構いなしに喚くクラスメイトに対して、ノッてあげることにした。
「わかったよ、心して聞け。美姫さんはな、俺の語彙力では表現できない。いや、誰のどんな言葉で着飾てっも言葉の方が安っぽくなってしまう程の上品さと可憐さを兼ね備えている。この世の言語では言い表す事の出来ない御方だ。しかし、解らない訳ではないだろう。答えなんてみんな最初から知っているんだ。『言葉は要らない。』沈黙と静寂で伝わる何かこそ、美姫さんの気品の高さを象徴していると言えよう。」
一気に言い終えると、クラス全体が静寂に包まれる。
駆は、ダメだったかと思い言葉を発しようとした瞬間、クラスメイトが声を上げる。
「・・・そうだ。そんな当たり前の事に気付かなかったなんて!悪かったな駆!」
駆は、やっぱりコイツはバカだなと思い、ふと周りを見ると、男共は涙を流しながら拍手をし、全員が思い思いに今までの行為を懺悔していた。
「そうだ、神の使いである美姫さんを俺達ごときが評価して良いはずがない。何て低俗なことをしていたんだ。」
「美姫たんを絵に描けないのは、私氏が下手だからではなかったのか。既に次元を超越していたとは。」
「美姫さんに贈る歌は一生完成しない・・・だと・・・。」
駆は、全員バカだと思い直した。
騒動から数日経った日曜日、駆は買い物をしてフラフラと町を散策していると、目の前で雷が落ちる。
青天の霹靂とはまさにこの事だろう。と空を見ていたが、周りがざわつく。
視線を落とすと、どうやら少年に直撃したらしい。
「ちょっと通して。大丈夫か?」
駆は倒れた少年に近づき、そっと仰向けに引っくり返して口元に耳を近付けて胸に触れる。呼吸無し、鼓動もしない。心肺停止状態だ。
「あなた、AEDを持ってきてください。そこのあなたは救急車を呼んでください。」
駆は周りに指示をとばし、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。
「・・・嘘、ユウくん。」
駆が、かすかな声の方を見ると、美姫が目を見開いて呆然と立っていた。
「大丈夫だ。助けてみせる」
美姫の彼氏だろうか?と少しショックを受けつつも、持ってきてもらったAEDも使い、救急車が駆けつけるまで心肺蘇生法を続けた。
駆は、美姫と救急車に乗り込み、病院までついていく。どうやら少年は、美姫の弟で一緒に買い物に来ていたらしい。
一旦別れて好きなところを見て回り、時間になって集合場所に着いたら、人だかりが出来ていて、覗いてみると弟が倒れて介抱されていたらしい。病院に着き、集中治療室に運ばれていく。
待合室でずっと祈るようなポーズで手を組んで震えている美姫を駆は励まし続けた。待合室に一人の女性が入ってくる。
駆は女性を見て思う。お姉さんだろうか?美姫にどことなく似ているので血縁者なのは確定だろう。そんな風に女性を見つめながらボーッとしていると、目が合い会釈される。非常に優雅に頭を下げて美姫に向き直る。
「美姫、大丈夫だった?」
「私は大丈夫だよ、お母さん。」
美姫の発言に駆は驚く。
(母親だと!?若すぎるだろ姉妹にしか見えないんだけど。)
美姫の母は震える美姫をそっと抱きしめる。
水を差すわけにもいかないので、駆はそっと立ち上がり席を離れる。
「フフッ、そんなに気を使わなくても良いのよ。」
待合室を出ていこうとする駆に美姫の母から声が掛かる。
「そうですか。では隅っこで静かにしてます。」
「あら、謙虚ね。こっちで一緒に話しましょう。あなたが駆くんなんでしょ?私は美姫の母の瑞希です。」
「知ってたんですか。同じ学校に通ってる二階堂駆です。」
駆は、瑞希に促されてなぜか二人の間に座らされる
「話は聞いていますよ。娘に続いて息子まで助けてくれるなんて、感謝してもしきれないわね。それに、あなたは最近、小鳥遊家で良く話題に挙がるのよ。」
「お母さん!」
美姫は顔を赤くして瑞希に噛みつく。
「フフッ、良いじゃない。娘のこんな姿が見れて嬉しいわよ。」
「もぉ!」
言っても無駄だと思ったのか、美姫は頬を膨らませてそっぽを向く。
医者が待合室に入ってくる。
「優樹くんの一命をとりとめました。ただ、ショックで記憶や体に障害が出ているかもしれませんので、数日は入院して経過を見させてください。」
「ありがとうございました」
瑞希は医者に頭を下げる。
「おきになさらず。応急措置が良かったので大事に至りませんでした。」
医者は駆をいちべつして瑞希に現状と今後の予定を説明していく。
「良かった。」
緊張に固まっていた美姫が動きだし、駆に抱きつく。
「ちょっ!」
駆は、急に抱きつかれて一瞬戸惑いをみせる。
その瞬間視界が光に包まれた気がして固く目を閉じる。そして目を開けると、また大自然の中に立っていた。
「また、助けてくれましたね。」
「・・・夢じゃなかったのか。それに、またって言うと、弟くんも召喚されそうだったのか。」
「そうですよ。この前の話を受けていただくということで良いですね。」
「何でだよ。」
「でも、また助けてくれましたし・・・」
「誰が召喚されるとかわかんないから。」
「わかるようにしてあげます。」
「その特典に魅力を感じない。」
「他にも沢山付きますよ。それに人助けが趣味じゃないですか。ついでに女神様と世界を助けてください。」
手を合わせて頼み込む女神テラ。
「・・・わかったよ。ただし、趣味の範疇に収まるところまでしかやらないからな。」
「ありがとうございます。じゃあ力をあげますね。・・・えいっ!」
テラは両手を駆の方に突き出し、あざとく掛け声を掛ける。
「・・・何も起きないんだが?」
「いえいえ、ちゃんと与えましたよ。」
「そうか、何が出来るようになったんだ?」
駆は、要らないと言いつつも、いざ貰えたとなればその力に興味が湧き女神テラに質問する。
「まずは、異世界召喚の予知が出来るようになりました。召喚の規模が大きければ大きいほど早くわかります。そして、移動は足が速くなりました。」
「・・・え?自力で行くの?ワープとかは?」「無いですよ。まだレベルが低いので。最初から凄いことは出来ません。」
「じゃあ足はどれくらい速いんだ?」
「人類最速でしょうか?」
「・・・遅いな。いや、速いんだけど想像と違う。もっと人知を越えてくるかと思ったのに。」
「徳を積めば、出来ることも増えます。頑張って下さい。それではお戻ししますね。」
「わかった。」
視界を埋め尽くすフラッシュがあり一瞬にして元の場所に戻ってくる。
美姫が駆を抱きしめて胸に顔を埋めている。
駆は、どれだけ時間がたっているのかと周りを見回す。美姫も瑞希もほとんど動いていないので、ほとんど時間は経過していないだろうと当たりをつけ、現実に目を向ける。
呼び出されて余裕ができたと言えはするのだが、抱きつく美姫をどうすれば良いのかわからずに戸惑う。
腹部に当たって形を変える弾力がありつつも柔らかな感触と、ほのかに鼻腔をくすぐるジャスミンの様な甘い美姫の香りが駆を完全にフリーズさせた。
「私は少し優樹の顔を見てくるわね。それと駆くん、そういうときは優しく抱きしめ返して、頭を撫でてあげるものよ。愛を囁いてくれればなお良しね。」
見かねた瑞希が大人なアドバイスをして、イタズラっぽくウインクまでして二人のもとを去っていく。
(え?助けてくれないの?)
「・・・さすがにそこまではできません。」
駆がなんとか返事をするも既に瑞希はいなかった。瑞希のアドバイス通り、美姫の背中に手を回し、そっと頭を撫でる。
美姫は駆の胸で鼻をすすりながら嗚咽を漏らす。美姫が落ち着くまでずっと抱きあった。
「珍しいな。遅刻だぞ、駆。」
翌朝、駆は寝不足で遅刻した。帰る時間こそ遅くならなかったのだが、一日の出来事を思い起こし、寝つけなかった。
ずっと抱き合っていたのを戻ってきた瑞希にいイジられ、真っ赤になる二人。
家に帰って抱きしめていた時の美姫の感触や香りが頭から離れず悶々として一夜を過ごした。
それもこれもクラスメイト達の暴走があった後だったので、余計に意識してしまって負のスパイラルに陥っていた。
「すいません。木に引っ掛かったおばあさんを助けていました。」
「お前が言うと嘘に聞こえない。今後は気を付けるように。」
「わかりました。」
寝そうになりながらも一日を過ごし切る。
授業も終わり、下校時間に差し掛かろうとした頃、駆の脳に電流が走る。
(・・・これが異世界召喚の前兆か?)
少し離れた場所で何かが起きている気がする。
「おい、ホームルームが始まるぞ。」
駆は、先生の制止を無視して走り出す。
「何だこれは?」
「どうなってる?ドアが開かないぞ。」
「窓も全部だ。」
「嘘、何が起きてるの?」
ホームルームが始まろうとした時、教室が締め切られ、床には変な光の紋様が浮かび上がる。
「魔方陣でござる!」
「異世界召喚キターーー!!」
「チート!チート!チート召喚!」
流行りの異世界召喚モノのような展開に興奮を隠しきれず、クラスのオタクが騒ぎ出す。
突然の出来事に戸惑う人達と、テンションを上げる人達で二分されたカオスな空間が出来上がる。
「糞!」
ヤンキーがドアを蹴り、めげずに開けようとし続ける。
「無駄でござる。開けるのは不可能でござる。」
クラスのイケメンがこの出来事を理解していそうなオタクに問いかける。
「何か知っているのーーーー」
ヤンキーが開けようとしていたドアに、パリンッと言ったようなガラスが割れるエフェクトが散る。
「今度は何!?」
クラスのアイドルが悲鳴じみた声をあげた瞬間、この不思議な現象が唐突に終わりを告げる。
ガラガラっとドアが開き、息を切らした一人の男が入ってくる。
早くなった足で全力疾走してきた駆である。
「・・・失礼。」
「隣の学校の制服?」
駆は、戸惑う生徒達を無視して、教室の真ん中辺りまで歩いていき、瓦割りでもするなのように、片膝を付いて床にパンチを振り下ろした。
天井、壁、床の六面からまたもガラスが割れる様なエフェクトが散り、光の粒となって霧散する。
「おぉ、上手くいった。」
駆は一人小さく呟いて教室を出ていく。
「待ってくれ、何が起きていたんだ?」
「・・・ドッキリだ。大成功!」
駆は、イケメンに呼び止められるも、パンパパーンと効果音が足されそうなオーバーアクションでテキトーな返答をして走って逃げる。
「・・・何だったんだ?」
「わ、我々の異世界召喚が・・・」
「ゆるすまじ、ゆるすまじ!」
「チート召喚・・・ハーレム・・・」
「オタクキモ・・・」
駆が出ていった後のクラスでは、なんとも言えない困惑した空気が漂っていた。
翌日、ホームルームをサボった駆は怒られた。
「駆、キサマ!美姫さんにまた何かしたのか!?」
「してねーよ」
「だったら何で美姫さんが駆を探すんだ!?」
「知るか。本人に聞け。」
「教えてくれなかったんだよ!」
「まぁ普通、不審者には教えないわな。」
「何だと?」
そんなやり取りがありつつも、何事もなく下校時間となる。
「あ、あの、駆くん居ますか?」
ホームルームが終わり、皆が帰りの準備をしていると、廊下の方から駆を呼ぶ声が聞こえてくる。
大声ではないが良く透る美姫の優しげな声に、クラス全員が声のした方を向く。
そしてクラスの半数。もっと言えば男子全員が射殺さんばかりの視線を駆に向ける。
駆は、嫉妬の視線に萎縮しつつも美姫の方へ歩いていく。
「昨日も探してたみたいだけど、何かあった?」
「え、え~と、ここでは人が多いので、移動しても良いですか?」
「あぁ。」
二人は廊下を歩いて、誰もいない屋上に出る。
「あ、あの、この前はありがとうございました。私の事も優樹の事も。」
「趣味でやってるだけだから気にしなくて良いよ。それに、お礼ならその時受け取ってる。」
「それでも、何かお礼をしたくて。こ、今度の土曜日、空いてますか?ご飯でも、ご、ご馳走させてください。」
あまり誘った経験が無いのだろうか、所々つまりながらも、言い切って頭を下げる美姫。
「・・・あ、あぁ、お願いします。」
「よかったぁ。やったよ雫ちゃん。」
駆の返答に胸を撫で下ろす美姫。メッセージアプリの交換をして連絡手段を手に入れ、お礼の食事が決まった。
迎えた当日、駆は少し早めに集合場所へ向かう。
(べ、別にワクワクしてる訳じゃないんだからね。待たせたら悪いと思っただけなんだから。)
などと自分自身に言い訳をしながら、集合場所にたどり着く。
「なぁ良いだろ。」
「ごめんなさい、人を待ってるので。」
「でも来ないじゃん。すっぽかされたんだよ。俺達と遊びに行こうぜ。」
駆が到着した頃にはすでに美姫が居て、チャラ男にナンパされていた。
(・・・知らない人にやるのと、知り合いにやるのとでは、ハードルの高さが違うな。)
駆は心を決めて踏み出す。
「その子、俺の連れなんだ。どっか行ってもらって良い?」
「あぁん!?正義のヒーロー気取りかよ。お前がこの子と釣り合うわけないだろ。」
「非常に言い返しにくいところではあるが、お前にも釣り合わんぞ。」
「おいおい言ってくれるじゃねーの。」
チャラ男が恐い顔をして凄む。駆が仕方なく拳で語ろうかとした瞬間。
「駆くん、行きましょう。」
美姫が駆の手を取り走り出す。
チャラ男はあっけにとられてその場で立ち尽くした。
「はぁ・・・はぁ・・・追って来ませんね。」「そうだな。」
「助けてくれて、ありがとうございます。えっと、割って入って来てくれた姿、カッコよかったです。」
「あ、ありがとう。むしろ助けられた気がするんだけど。」
男子を誉めなれていないのか、頬を赤らめながら誉め言葉を紡ぐ美姫にどきまぎする駆。
美姫を直視出来ず、視線を反らして頬を掻く。
「そ、その、手」
「あっ、ごめんなさい。咄嗟だったので。」
走り出した時からずっと手を繋いでいて、気恥ずかしさに耐えきれず駆が言うと、そこで気づいた美姫は耳まで赤くして慌てた様子でパッと手を離す。
「・・・」
「・・・」
お互い視線を合わせられず、少しの無言が続く。
「い、行きましょうか。」
「あぁ。」
美姫が沈黙を破り、駆も続く。美姫に案内されながら二人並んで歩いていく。
「そういえば、美姫さんの今日の私服はすごく清楚で可愛らしいね。良いところのお嬢様みたいだ。」
「あ、ありがとうございます。駆くんもしゅっとしてて似合ってます。」
「そうか?美姫さんと並ぶと見劣りしそうなんだが。」
「そんなことないですよ。すごくカッコいいです。」
そんなやり取りで照れながらも、肩が触れるか触れないかの距離感で歩く。ふとした拍子に肩や腕、手の甲などが軽く触れ、お互いに一瞬離れるも、またジリジリと近づいていく。到着するまでずっとそんな調子が目的地まで続いた。
「ここです。」
案内されたのは、SNS映えしそうなオシャレなカフェだった。野郎では来る事など無いだろう。
まさに、といった様子の豊富なプレートランチとドリンク・デザートをセレクトし、運ばれてくるまで雑談して待つ。
「ーーーーそれでお母さんと色々な所に行くんですよ。その中でもここは美味しかったんです。」
「そうなんだ、美姫さんの家はスゴい仲良いよね。」
「内はお母さんの言動が若いから・・・この間もスゴくからかわれたんです・・・ょ・・・」
美姫は先日の病院での話を出し、自分の大胆な行動を思いだし赤面する。完全に自爆である。それを見て駆も熱くなる頬を手で押さえる。
「お待たせ致しました。」
ちょうど良いタイミングで料理が運ばれてくる。
「プレートも可愛いですし、美味しそうですよね。」
少しの強引に美姫が話題を変える。駆もそのまま話を続ける自信がなかったので乗ることにした。
「そうだな、写真映えしそうだ。美姫さんはSNSにーーーー」
美姫はすでにケータイを取り出しパシャパシャやっていた。
「駆くんは撮らないんですか?」
「男はあんまり撮らないんじゃないか?」
「そうなんですか?ユウくんは結構何でも撮ってますよ。」
「そうなんだ、女子力高そうだもんね。」
(顔も体型も中性的でパッと見わからないくらいだし・・・)
駆はコンプレックスだったら嫌なので優樹の外見については言葉にしなかった。
「本人には言わないでくださいね。結構気にしてるみたいなので。」
オブラートに包んだが、それでもダメだったようだ。
男には少し足りなかったが、ランチは非常に美味しかった。デザートまで完食し、一通り会話を楽しんだ後カフェを出る。
「あの、駆くんはまだお時間ありますか?」
約束のご馳走が終わったので、解散かと思っていた矢先に美姫から声がかかる。
「あぁ、今日は予定はないよ。」
「そうですか。良かったら映画を見に行きませんか?皆が話してて、気になるのがあるんですよ。」
「良いよ、行こうか。」
「はい。」
二人は進む方向を変え、映画館へと向かっていく。
美姫が見たかった映画は最近流行ってる恋愛もので、ほとんど席は埋まっていた。せっかく来たので、良席とは言えないが、かろうじて真ん中辺りと言えるであろう席を確保し、ポップコーンを購入する。
映画の内容はありきたりな、すれ違いを描いたお涙ちょうだいのラブストーリーだった。
どこかで鼻水をすすりながら泣いてる人がいるが、駆は全く感情移入できず、ポップコーンをほうばりながら観ていると、不意にコツンと肩に何かがぶつかった。
隣を見ると、美姫が寝てもたれ掛かってきていた。
学校のアイドルの無防備な姿にドキドキしつつ、起こさないように動きを止める。駆は良くないと思い、美姫の寝顔を見ないように努めるが、どうしても目がいってしまう。
美姫のしっとりと艶のある髪やきめ細かい肌、長いまつげにプルンと瑞々しい唇。整った顔立ちに普段の学校生活よりも大人っぽいメイク。さらにはほのかに香ってくるジャスミンの香り。そのすべてが駆の目を釘付けにして離させなかった。
駆の主観だが、映画よりも絵になる美姫の寝顔を見てしまうのは仕方ない事だろう。
欲求と葛藤がせめぎあい途中から映画の内容は入ってこなかった。
「美姫さん、美姫さん」
「・・・はぃ?」
「映画終わったよ。」
「・・・ふぇ!?」
駆の言葉に完全に目が覚める美姫。飛び起きて辺りをキョロキョロする。すでに館内は明るくなっており、埋まっていた席もまばらになっていた。
「ご、ごめんなさい。私寝ちゃってて。」
「美姫さん、ヨダレ付いてるよ。」
駆は自分の唇のした辺りを指差して美姫に教える。
「えぇ!?」
美姫は手で触るも何もない。
「はっはっは。ゴメン嘘。」
「もぉ!駆くん!」
若干涙目になりながら頬を膨らませて怒る美姫に駆は悪いことをしたと思いつつも、美姫の反応に笑みがこぼれる。
「ゴメンゴメン。でも瑞希さんがからかうのもわかった気がする。美姫さんは良い反応するよね。」
「そんなこと言ってもダメです。」
駆けは腕を組んでご立腹といった表情の美姫に提案をする。
「じゃあ、何かお詫びでもさせてよ。」
「そうですね。併設されたゲームセンターで何か取って下さい。そしたら許してあげます。」
「・・・あんまり上手くないけど大丈夫か?」
「取ってくれないと許しません。」
「努力します。」
話もまとまり、ゲームセンターに移動する。
最近のクレーンゲームはバラエティ豊かで色々な取り方がある。正直よくわからない駆はひっそりと頭を抱えた。
「駆くん駆くん。これにしましょう。」
「え、これ?」
美姫が指差したのは、拳大のストラップにできるタイプの輪っかの付いたぬいぐるみでお世辞にも可愛いとは言えないヤツだった。
「この子、ブサ可愛くて人気なんですよ。」
「可愛い要素が見当たらないんだけど?」
「可愛いんです。あのいじけた表情のを取ってください。」
そして駆の連コインが始まった。
「ここだ!ダメか。もうちょっと奥か?」
「そこじゃないですか?」
「こうか?この辺だろ。」
何度も挑し、微妙に位置を変える景品に苛立ちを覚えたとき、ついに良いところに引っ掛かる。持ち上がった指差してぬいぐるみの手に、もうひとつ引っ掛かって引きづっていく。
「お!何か運が良さそうだ。」
「もうちょっとですよ!」
そのまま二人の応援でなんとかGETすることができた。それもおまけ付きで。
「やりましたね!」
「あぁ、どうぞ。」
駆は取れたぬいぐるみを二つとも美姫に差し出す。
「私はこのジト目の方だけでいいです。もうひとつは駆くんが持っていてください。」
「わかった。」
「フフッ、おそろいですね。」
「そうだな。」
美姫は駆からぬいぐるみを受け取り、大切に鞄にしまう。
二人はその後少し、ゲームセンターをフラつき、商店街へと出ていった。
デパートに入り、ウィンドウショッピングをしていると、ズキンと駆の頭に衝撃が走る。このデパートで異世界転生が起きる。女神の力で方角どころか、3Dマップで場所をわりだす。
「美姫さんゴメン。すぐ戻る。」
駆はそう言い残し、最短ルートで全力疾走する。
(間に合え。)
そう思いながら階段をかけ上る。人だかりが見え、悲鳴も聞こえてくる。
「殺してやる!」
男が刃物を構えて女性へと走っていくところだった。
「おらっ!」
駆は、人の間を縫うようにして走り抜け、女性を刺そうと走る男の真横から、ストレートを顔面にお見舞いする。
獲物しか見ていなかった男は、真横からのストレートに、なす統べなく弾き飛ばされ、刃物を取り落として転がっていく。有志達が、犯人を取り押さえてくれたので、駆は狙われた女性に近づく。
「大丈夫ですか?」
腰を抜かしてへたり込んでいる女性に、出来るだけ優しく声をかけ、手をさしのべる。
「はい・・・」
女性は少し安心したように駆の手を取り立ち上がる。
「あ、ありがとうございました。」
「いえ、怪我がなくてよかったです。」
「あのーーーー」
「駆くん、ひどいよ。置いてくなんて。」
一段落したところで、美姫も到着した。
「君、お手柄だったーーーー」
警備員っぽい人に話しかけられた時、駆は失敗を思い出す。
このままここにいたら、事情聴取やらで美姫さんに迷惑がかかる。そう思った瞬間行動に出る。
美姫の手を取り、その場から逃げ出した。走ってデパートを出ていく。目的もなく走ったので、商店街を抜けて、店も何もないところまで来てしまった。
「・・・はぁ・・・はぁ。駆くん、走りすぎです。」
「・・・ゴメン。警察が来ると面倒かと思って。」
「そうですね。でも、駆くんらしいですね。すぐに色々な人を助けちゃいます。」
「趣味だからな。」
いつも通りのやり取り、話題が途切れて沈黙する。
「美姫さん、ゴメーーーー」
走った時からずっと手を握ったままだったことに気がついた駆は、とっさに手を離そうとするが、美姫が目を潤ませながら自分の唇の前で、人差し指を立ててシーッといったしぐさをする。
駆は一瞬驚き、目を見開くも言いたいことを理解して言葉を止めた。
どこかへ行くような気にもなれず、街をフラフラと歩いた後、帰路に付いた。二人は手を握ったまま歩く。繋いだ手は、いつしかふうつのものから、恋人繋ぎに変わっていた。美姫の家に近づくにつれて足取りはゆっくりしたものになっていく。
「あら、早かったのね。」
普段よりも遅く、時間をかけて歩き、玄関に辺りに差し掛かろうとしたところで、声がかかる。
二人はとっさに手を離し、声の主を探す。声の主は、ちょうど玄関から外に出てきた瑞希だった。
「ただいま、お母さん。」
「こんばんは、瑞希さん。」
「はい、こんばんは。手は繋いだままでよかったのよ。」
バッチリ見られていたようだ。
「それに、今日は帰ってこないかと思ってたのに。」
「お母さん!」
美姫は耳まで赤くして瑞希に食いつく。
「そうそう、優樹が駆くんに会いたがってたのよ。今、呼んでくるわね。」
瑞希は吠える美姫を意に介さず、家の中へと入っていった。
「ゴメンなさい、駆くん。」
「状況的に誤解されても仕方なかったと思う。」
「そう・・・ですね・・・」
急にどこか寂しそうになる美姫。
「お待たせ。」
瑞希が優樹をつれて出てきた。
「駆さん、先日はありがとうございました。」
「趣味でやってるだけだから、気にするな。体は大丈夫なのか?」
「まだショックで記憶と体に痺れが残ってますが、直に良くなるみたいです。」
「そうか、良かった。」
「はい。今後も姉さんと仲良くしてください。」
「優くん!」
「お礼も言えたので失礼しますね。」
駆は、小悪魔な感じに笑う優樹と可愛らしく怒る美姫のやり取りに笑みが溢れる。
「良い家族だな。美姫さんを無事に送り届けた事だし、帰るよ。」
「あら、うちでご飯食べていっても良いのよ。」
「さすがに遠慮しておきます。俺が食べたらなくなってしまうかもしれないので。」
家からは夕飯の良い匂いがしている。すでに料理は出来ているだろう。
「旦那のはカップ麺にしておけば良いのよ。」
「なおさらいただけませんよ。」
「残念ね。名案だと思ったのに。」
「すみません。では、お邪魔しました。美姫さん、また学校で。」
「はい。また明日。」
その後も、二人はメッセージアプリで何が美味しかったや、楽しかったと今日の事を語り合う。しかし、しだいに話のネタも尽き、ついに会話が途切れてしまう。
お互いに話すきっかけを失い、学校で会っても、一言二言言葉を交わす程度になってしまい、だんだんと二人は出会わなかったかのように日常生活に戻っていった。
駆はこの喪失感を払拭するように女神テラの依頼をこなし始める。
「なんだ?この孔」
人気のない路地裏で男の前に突然黒い孔としか言えない物体が出現する。不思議に思い、恐る恐る触れてみると、突然重力が孔の方に切り替わったように吸い寄せられる。
「ああぁぁぁぁ!」
男はどこかに捕まろうと手を伸ばすが、すでに遅かった。伸ばす腕は空を切り、なにも掴めない。諦めかけたその時。ガシッと伸ばした腕を掴まれる。
「大丈夫か?」
「ああ!」
「引っ張るから掴まってろよ」
腕同士を掴み合い、孔から這い出る。
「助かったよ」
「気にするな。趣味でやってるだけだ。」
「じゃあ行こうか。最強の心霊スポットに。」
「本当に行くのー?チョー怖いんですけどー」
洞窟を前に気合いをいれるリア充バカップル。女は怖いと言いつつ余裕そうに男の腕に抱きつく。
「待て!」
「あぁん!?誰だてめぇ!」
「アッシらマジいいとこなんですけどー!?」
「そこは私有地だ。勝手に入るなよ!」
「てめぇには関係ないだろうが!」
「そーだそーだ!こんなのほっといて行こーよー」
なおもイチャつく二人。駆はその態度にイライラする。特に羨ましい訳ではない
証拠を押さえるためにカメラのフラッシュをたく。
「今写真を撮った。刑法130条、不法侵入罪、3年以下の懲役または10万円以下の罰金だそうだ。このまま立ち去るなら見逃すが、入っていくなら警察に連絡して今の写真を証拠として提出する。」
不法侵入罪について、ケータイで調べながら問い詰める。
「・・・ッチ。あーあ、萎えたわ。行こーぜ!」
「マジ、正義感出しすぎっしょ。ウケる。タピって帰ろー」
「またかよ!食べ過ぎで何時かタピオカになるぞ。」
「うっそ!マジ!?肌のみずみずしさと弾力が鬼ヤバじゃん!」
カップルは独りの駆を自慢げに一度見下し、身体をさらに密着させて去っていった。
駆はこの二人を助けなくても良かったんじゃないかと思いつつも少し大股で現場を後にする。
断じて羨ましかった訳ではない。
「あなた!私、赤ちゃんが出来たって言ったじゃない?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「えっと、気のせいだったみたい。」
「えぇ?」
「そうか。また頑張ろう。」
「はい!」
二人は今日もまた燃え上がる。
「すみません、貴方は私の手違いで殺してしまいました。お詫びにーーーーあれ?」
先程までいた男性はいつの間にか消えていた。
「ラッキーね。」
「フハハッ。ついに光の勇者を倒せる、闇の勇者を呼び出したぞ!」
「ま、魔王様。また失敗なされたようですぞ!」
「・・・おかしいな、成功した感覚があったのだが・・・」
「また1からやり直しですな。」
「ええ!?ここはどこ?」
女性は何故か草原に立っていた。
「さっきまで街でショッピングしてたはずなんだけど・・・夢かな?」
自分の頬をつねる。痛みで目を閉じてしまう。
「痛い。夢じゃないのかな?」
諦めて現実を見ようと目を開くと、先程までショッピングをしていた街に戻っていた。
「・・・あれ?・・・立ったまま夢を見るなんて疲れてるのかな?今日は早くかえって寝よ。」
「・・・」
駆はどれだけ人助けに打ち込んでも消せない想いに戸惑っていた。
今なら、一緒に見た映画ももっと感情移入出来るかもしれない。疎遠になってしまったこの喪失感も理解できる。
「きっかけか・・・」
(また、美姫さんの周りで異世界召喚でも起きれば・・・)
独りむなしく呟きながら、考えてはいけないようなことを考えて、それはダメだと頭を振る。
不意に、異世界召喚に近い何かを見つける。
「何だこれ?」
似た反応ではあるのだが、どこか違う。しかし、女神テラからもらった力が働いているので召喚なのだろう。駆は、反応のある方へと走り出す。
辺りには鳥や猫の死体が散乱し、地面には変な紋様が描かれていた。紋様が淡く怪しげな光を放つ。
「ついに、ついに我々の悲願が達成させるでござる。」
「提督、ライバー。夢が叶いましたな。」
「魔術・・・新世界・・・」
「呼び出されないのであれば、こちらから行けば良いのでござる。」
「逆転の発想ですな。」
「盲点・・・」
黒い、ローブのようなものを着た三人組が光の紋様のなかに入り、怪しげな動きと変な祈りを捧げる。
「・・・なに・・・これ」
儀式に目撃者がいた。
美姫は友人と遊びに行った帰り道で人気のない神社の前を通る。
薄暗くなり始めた時間帯で少し早足で歩いていたところ、木々に覆われた神社からポゥっと淡い光が漏れる。何やら人の声も聞こえるので怖いもの見たさで近づいて行ってしまう。
神社では、明かに見てはいけないような儀式をする三人がいて、見つからないうちに離れようと後退りする。
パキッ
下を確認しなかったため踏んだ小枝が折れる音がする。
「誰でござる!?」
「あっ・・・」
不味いと思って逃げようとするが、相手が動く方が早かった。三人のうちの一人が美樹に差し迫る。
美姫は恐怖に動けず、手首を掴まれる。
「イヤ、離してください。」
「見られたからには一緒に来て貰うでござる。」
美姫は男に引っ張られて紋様の中に入ってしまう。
三人は、舐め回すように美姫を見て、ゲスな笑みを浮かべる。
「提督、その子は実に私のタイプですぞ。」
「おや?マスターは2次専門では無かったのでござらぬか」
「そのレベルの2.5次ならストライクゾーンですな。」
「奴隷・・・ヒロイン・・・」
「名案でござる。我々のヒロインに決定でござーーーー」
提督は言葉を言い切ることができなかった。いきなり顔面を殴りつけられて、地面を転がる。
「「提督!」」
残った二人が叫ぶ。
「面白そうな話してるじゃないか。」
「駆くん。」
美姫は駆の登場に安堵で泣きながら駆の胸に飛び込む。駆は優しく抱き止めて、頭を撫でる。
「遅くなってゴメン。」
安心させるように囁くと、美姫は駆の胸に頭を押し付けたままブンブンと横に振る。
「お前は、クラス召喚を壊したブレイカーですな。」
「キサマ、NTRは糞でござるよ!」
提督が半泣きになりながら、頬を押さえて吠える。
「ふざけるなよ!美姫は俺のヒロインだ!」
カチンときた駆は売り言葉に買い言葉で言い返す。
「キサマ!」
提督は這うようにして近くに置いてあったボストンバッグからナイフを数本取り出し、めちゃくちゃに投げる。
駆一人なら避けるのは容易いが、前に美姫が居るので半回転して美姫との位置を入れ換えて庇う。
「・・・ッグ」
ナイフの一本が駆の背中に当たる。めちゃくちゃに投げたナイフなので刺さることはなかったが、背中がスパッと切れる。
「少し離れてて。」
「はい・・・」
痛みに耐えつつ、美姫を離して下がらせる。
駆は一番危なそうな提督へ向けて走りだす。殴り飛ばそうと拳を振りかぶったところで、ガンッと側頭部に衝撃が走る。
こめかみの辺りから血が流れてくる。
「提督!援護しますぞ!」
マスターとライバーがその辺りの石を拾って投げる。
駆が二人の方を睨み付けると、腰が引けつつも戦う姿勢を崩さずに石を投げる。
足元の紋様の光が徐々に増し、時間がないように思われる。焦った駆は、紋様と石を投げてくる二人を先に何とかしようと、身体にを完全にそちらに向ける。その瞬間、脇腹にトンッと軽い衝撃。遅れてジワリとその辺りが熱くなってくる。
「駆くん!」
美姫が叫ぶ。
衝撃の方を見ると、提督が駆にナイフを突き立てていた。
「・・・ッ」
意識すると急激に痛みが襲いかかる。視界がチカチカしてうっとうしい。
「ここは拙者に任せて行くでござる!」
「「提督!」」
紋様は眩しいばかりの光を放ち、二人の姿も見えなくなり始める。
「何、すぐに追い付くでござーーーーフゴォッ!」
駆は、格好つける提督のそこに在るであろう金のボールを蹴りあげる。どうせコイツには必要ない(偏見)。紋様に近づき、手で紋様の一部を消して、転移の破壊を試みる。光の柱が立ち上ぼり、全員が固く目を閉じる。
「提督の事は忘れませんぞ!」
「感謝・・・待ってる・・・」
どれくらい経っただろうか?ようやく光が消え、駆は目を開ける。
「・・・あれ?」
紋様は役目を果たして輝きを失い、紋様の上でキマスターとライバーが辺りをキョロキョロしながら旅立たずに残っていた。
「「・・・ひっ!」」
状況を理解して二人は走って逃げていった。
「駆くん、大丈夫ですか?」
「取り敢えず、警察と救急車を呼んでくれ。」
「わ、わかりました。」
急いでケータイを取り出し連絡する美姫。駆は美姫を助ける事が出来た事に安堵し、気を抜いてしまった。
全身から力が抜けてその場で崩れ落ちる。
「駆くん!」
美姫が駆に走り寄る。駆は暗くなる視界の中、電話そっちのけで声をかけてくる美姫に“救急車を早く“と思いながら目を閉じた。
「知らない天井だ」
駆の目の前には、見たことない真っ白な天井と点滴、おそらく病院だろうと辺りをつける。
「駆くん!良かった。」
美姫が駆に抱きつく。
「い゛ぃ゛っ」
駆の傷口に激痛が走り、この感動の状況で最悪の声が漏れる。
「ご、ごめんなさい。」
美姫がパッと離れる。
「こちらこそゴメン。」
「でも良かったです。駆くん、3日間も目を覚まさなかったので心配したんですよ。」
「そうなのか?」
「私、駆くんに何かあったら・・・」
「大丈夫だよ。」
「でも、駆くん最近いつも危ないことしてますし。」
「知ってたのか。」
「はい。何度か見かけましたので。」
「そうか、実はーーーー」
本当に心配そうな美姫に、駆はすべてを打ち明けた。女神の事も、転移の事も全て。信じてもらえなくても引かれても知ってほしかった。
「そうだったんですか。」
「自分で言うのもなんだが、信じるのか?」
「なんだか信じられる気がしたので。駆くんがこんな嘘つくと思えませんし。それに、話してくれて嬉しかったです。」
「俺もなんかスッキリしたよ。」
「それで、女神様のお願いで助けてくれたんですか?」
「人助けが趣味でーーーー」
いつも通りの台詞を言おうとしたが、駆は思いとどまる。そして一歩踏み出す意志を固める。今までの喪失感がまた訪れないように。
「いや、俺が美姫さんを助けたかったから助けたんだ。」
「え?」
傷口が開きそうなほど鼓動がはやくなり、喉が渇き始める。
「美姫さんに傷ついて欲しくなかったんだ。俺はーーーー」
熱くなる頬を気力で無理矢理押さえつけて最後まで言葉を紡ぐ。
「美姫さんの事が、好きだから。」
美姫の目から涙がこぼれる。
「え?そんなにイヤだった?」
美姫は涙をぬぐい、頭を横に振る。
「ううん、嬉しくて。私も、駆くんの事が好き、です。」
美姫の手がのび、駆の首にまわされる。つぎは、傷に響かないように優しく抱きしめる。駆もそっと手をまわし、二人はしばらく抱き合った。示し合わせたかのように二人はそっと離れて見つめ合う。
駆は美姫の頬に伝う涙をぬぐい、そのまま手をまわして美姫を少し引き寄せる。美姫はそっと目を閉じて駆に身を任せる。二人の影がゆっくりと近づき、一つに重なった。
駆は無事退院し、晴れて付き合い始めた二人は休日デートを楽しんでいた。
恋人繋ぎどころか、腕を絡めて駆に少し体重を預ける美姫。会話も尽きず、仲良く話し続ける。
駆は、ふと何かに感づいて後ろを振り返る。
「駆くん、またですか?」
「あぁ、ゴメン。デート中なのに。」
「こんなこと許すのは、私だけなんですからね。」
「わかってるよ。美姫は最高の彼女だ。」
「怪我しないですぐに戻ってきてください。」
「任せとけ。」
「頑張って。」
なんだかんだ言いつつ、美姫は駆を笑顔で送り出す。
そして、駆は今日も人助けのために走り出す。
END