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異世界婚活ツアー  作者: 三郷せの
第一章
8/65

あの日のこと

カレリア王国。


王国と呼ばれるようになったは、ここ十数年ほど。

それまではトロンヘイム国カレリア領として、大国の一領地でしかなかった。

水量が豊富で一年を通して温暖な気候をもち、農耕を主産業としていた。

隣国と接してはいるものの、友好関係にある小国。

その他の国とは山を挟んでおり海もないため、侵略も大きな発展もなく人々はつつましく平和に暮らしていた。


中央から目の届かない閉鎖的な地方には、常に領主の搾取が付きまとった。

それでも長い間それは、首都の目を盗んでの控えめなものだった。

搾取される領民にとってはたまったものではないが、まだそれは致命的なものではなかった。


それが致命的なものに変わったのは、ここ何十年か続いている戦乱。

トロンヘイムだけでなく世界が混乱に陥っている近年、カレリアの領主の横暴は加速的に増大した。

もはや辺境の地など目も届かない中央。

領主はまるで王のように、欲望のまま振舞った。


科せられる重税。

気分による法改正の混乱。

信あるものが処刑され、二心あるものが重用される。

密告による疑心暗鬼。

疲弊する民。


そしてその欲は、小国ではあるものの資源を持つ友好国にある隣国に向けられる。

領主は、領民を徴兵し武器を集めるようになる。

働き手をとられ重税をとられる、民の血も涙も悲痛な声は届かない。

なにより、隣国に剣を向けることは、本国と隣国、双方に対する離反行為。

そうなれば、こんな小さな一領地一たまりもない。

すぐに二背面に陥り、叩きつぶされるだけだっただろう。

誇大妄想に陥った領主は気付かない。

周りに忠言するものはもはやいない。


領民たちは、絶望に侵された。

たとえ領主の暴走だとしても、領主の罪はそのまま領地全体の罪になるだろう。


しかしある一人の男により、その絶望的な状況は打破される。

苦しむ領民を解放し、そして一地方であったカレリアに王国の名が冠されるきっかけとなった男の台頭。


ミカ=オラヴィ=ヴァリス。


カレリアという辺境の地の農民だった男。

十代の前半に中央に赴き、一兵卒から、戦乱に乗じてその剣の実力でのし上がった風雲児。

二十代前半にして、その名はすでに中央のみならず近隣諸国に響き渡っていた。


しかし、突然騎士団を除隊すると、故郷へ帰りカレリア騎士団に入団。

その名声と剣の実力、圧倒的なカリスマにより騎士団と不満領民をまとめあげる。

本国とのつながりを利用し、領主の背信を告発し、本国、隣国ともに味方につけ、政変を成功。

そしてそのまま隣国との関係を密にし助力を借り、冊封という形ではあるが領地の独立させる。

他国との争いに戦力をとられ、カレリアを気にしていられないトロンヘイムは条件付きでそれを承認。


前権力者である領主、貴族層の財産を没収し、それを投じて商業を盛り上げ、農業を復興させる。

また、資源の発掘に力を注ぎ、隣国を利用して農作物と資源による貿易をはじめる。

そしてなにより、ミカ=オラヴィ=ヴァリスの卓越した軍事能力により山を挟んだ敵国、また宗主国であるトロンヘイムの領地をじわじわと侵食。


カレリア王国は、今や溢れる新興国の中でも急先鋒としてその名を知らしめている国である。




***





以上、悪魔ネストリによるよいこのための三分で分かるカレリア国の歴史でした。


だめだ、眠くなった。

社会科って昔から苦手なのよね。

毎回教科書開くと紀元前1万年前、縄文時代がはじまった。

で終るのよ。

そこまでは何回も読むから覚えてるんだけど。

それ以降はもう寝ちゃうからだめ。

弥生時代とかなんだっけ。

古墳と飛鳥ってどっちが先。


『で?』

『で、とは』

『ミカ、その栄光の歴史は分かったわ。それでその話と、私が経理をやるって話とどこが関係あるの?何かの冗談?それならそれで一回ぐらいなら許してあげる。寒いギャグだけど、親父のギャグが滑るのはよくあることよ。私は寛大だから許してあげる。さあ、本当の事情を説明して』

『いえ、冗談ではないのですが……』


悪魔はいつものいけすかない笑顔で首を傾げる。

長い金髪がさらりと揺れた。

この笑顔で首を傾げるって、こいつのくせみたいね。

人を馬鹿にしようとしている時の。


『今の話で陛下のご威光にくらっとしたりしてごまかされてくれたりしませんか』

『ミカがどんなにすごい王だろうと、それを目の前で見てない私にとっちゃただのエロ親父よ。そんな話されても、飲み会で毎回ループされる、部長の俺の昔はすごかったシリーズ、ぐらいのレベルの話にしか思えない』


何千万の契約をとった、だとか、あの大企業の社長が俺を認めた、だの、はいはいよかったですね、よ。

実感も何も沸きやしない。

ましてスケールがでかすぎて映画の話にしか思えないわ。

平和大国日本の平和ボケをなめないで頂戴。

水と安全はタダよ。

悪魔は私の思考を読んだのか、少しだけ目を細める。


『本当に、あなたのイメージから感じるあなたの世界は、まるで楽園のようです』

『………そうでもないわよ』


液晶画面の向こうではいつだって人が死んでいるし、飢えに苦しんでる。

きっとこことそう変わらない世界だってあるんだろう。

でも、ただ私には実感がないだけ。

液晶のフィルターがかかってるからね。

それに、毎日の生活に追われて正直関心もない。

平和な世界にだって悩みも苦しみも腐るほどだ。


『で、話がそれたわ。続きは』

『そうですか、クラッときてそのまま経理やってくれたりしてくれたらよかったんですが』

『………そんな手にひっかかる女がどこにいるってのよ。私、もしかして馬鹿にされてるの?』

『いえいえ、結構これでなんでも言うこと聞いてくれる女性は多いんですよ。陛下はこの世界では生きた伝説ですから』


さっき衝撃の告白をされたあと、そのまま経理室とやらで話を聞いている。

ミカはすぐ隣で私たちの会話を見ていた

ちらりと視線をあげると、ニコリと微笑みかけられる。

まあ、カリスマ性とやらは感じられなくもない。

イケメンだし。

包容力もありそう。

でも、それ以上に欠点がありすぎる。


『………このおっさんがねえ』

『本当にあなたは素直ですね。王妃たちもそこまで率直ではありませんでしたよ』

『だからミカの威光を知らない私には関係のない話だもの』


なんか王様ぽいことしてればそれなり敬意も払えるのかもしれないけど、私の知ってるミカは仕事を投げ出してエリアスから逃れて私にちょっかいを出しにくるエロ親父。

…本当に最低だ。


『まあ、確かにそうなんけどね』


くすくすと楽しそうにネストリは笑う。

その笑顔にはいつものような毒はない。

最近たまにこういう笑顔を見るようになった。


『て、また話をそらされそうになった。いい加減話してよ。それで私はなんでここにいるの』


あくまでも話をそらさず、本線に戻す。

いい加減誤魔化されたりしないわよ。

こっちは話が脱線する部長やら課長やらの対応になれてるんだからね。

それくらいの横道それっぷりで誤魔化されたりするもんですか。


『いや、まあ、そんな感じでカレリアは短期間で大きくなったんですけど、その分人手不足なんですよ。体制が整わないまま陛下がどんどん領地広げちゃうから』

『運用は計画的にしなさい。で』

『はあ、それで経理やってる中心的な人間が実質一人だけだったんですけど』

『………一応国なんでしょ。何そのベンチャー企業みたいな自転車操業。って、ベンチャー企業なのか。新興国ってことは』

『まあ、補助の人は何人もいるんですけどね。総括がその人しかいなかったんですけど、ついに倒れてしまって』

『うん』

『だから、セツコに経理をやってもらおうと思って』

『接続詞がおかしいわよ!前の話とその後の話が全然つながってないじゃない!』


何がだから、だ。

意味が分からない。

例え夢だろうと、異世界に呼ばれたのだから何かあるだろう。

亡国の姫だったとか、予言の戦士だとか。

少ないファンタジー知識だって、そういうのがセオリーだってことは知ってる。

それとも、私の夢だから想像力がこれが限界だとでもいうのか。

勉強しなきゃならないわ、セクハラかまされるは、拷問うけるわ。


なんなの、ねえ、なんなの。

私の想像力って私を馬鹿にしてるの?

いくら三十路過ぎたからってひどくない?

夢の中でくらい、少しくらい華やかでもいいじゃない。

いい加減にしてよ、私の想像力。

私はそんなマゾじゃないんだけど。

確かに若いころはちょっとS入った男が好きだったけどね。

最近は安定しか望んでないわよ。

こんなアドベンチャーな展開は何も望んでないの。

こういうのはせいぜい20代までで結構よ!

ていうか20代だって痛いわよ!


『落ち着いてください、セツコ。また思考が乱れています』

『乱れない方がおかしいっての!!』

『そうは言っても、独立する前の使える人材は殺されてますし、残ってるのは使えない領主の犬ばっかりですし、新規登用するにも間者の恐れがありますし、信用できる人間は農民や兵士上がりで学がないのが多いですし』

『誰もそんな内部事情聞いてないわよ!ていうかよその世界からヘッドハンティングする方が手間もかかるし、人柄も能力も分からないじゃない!言葉の研修からって、コストかかりすぎでしょ!?費用対効果悪すぎだっての!』


ところどころ分からない単語があったらしく、悪魔はちょっと考え込むように口元に手をあてて考え込む。

けれど意味はとれたしらく、二度三度頷く。


『いや、まあそうなんですが』

『そうでしょ!?大人しく使えない人材育てるとか、他からひっぱってくるとかしなさいよ!何異世界から呼ぶとか無駄にスケールでかいことしてるのよ!どこの転職コーディネーターがそんなことしろっていった!転職するにしてもマンションから一時間のところが希望よ!県越えどころか次元越えってどんなレベルよ!』

『うーんと』


ネストリはちらりとミカに視線を送る。

ミカは少しだけ顎をしゃくった。

ちなみにエリアスは相変わらず隅っこでおろおろしている。


『*********、*********************』

『*******************、*************』

『*******************************』


なにやら痴漢と悪魔が相談をしている。

納得のいく説明を聞くために、焦らない。

少しくらいは待ってやる。

ただ、絶対誤魔化されないように気をつけなきゃ。

こいつらは何をやらかすか分からない。


三十秒ほど話して、結論が決まったらしい。

悪魔がくるりとこちらを向く。


『で?』

『あの日』

『うん』

『あの日、セツコがこの世界に訪れた日』

『………うん?』


ネストリは静かな目をしている。

そして脳内会話と共に、珍ししく言葉も口に出す。

そのほとんどは意味が分からない。

けれど悪魔の目は私をまっすぐに見ていて、いつも浮かべている笑顔は消えている。

なんだかつられて居住まいを正して、きちんとネストリの言葉を聞く準備をする。


『あの日は、三百年に一度に訪れる、マッラスクーでした』

『まっらすくー?』

『この世界には三つの月があります。至幻の月、現還の月、存処の月』


なにやら色々単語が出てきたが、いまいちよくわからない。

まあ、スルーしておこう。

とりあえず三つの月があるらしい。


『はい、この三つの月の巡りは交わることなく、常に自由に巡っています』

『はいはい、公転周期が違う訳ね』

『周期?三つの月にはそれぞれ神がおわし、彼らははるか昔には一緒にいたといいます。ある日至幻の月の神が…』

『あ、そこカット。その辺の神話はどうでもいいわ。そこはぶいてちょうだい。要点だけお願い』

『こっからがいいところなのですが…』


ネストリはちょっとだけ残念そうな顔をする。

そういうファンタジーな話は苦手なんだって。


『まあ、ともかく三百年に一度彼らは邂逅します。いつも交わることのない三つの月が、重なる日、それがマッラスクーです』

『月食とかそういった感じのものなのね。ふーん、三つも月があると月も重なるのねえ、面白いわね』

『ええ、一生のうちに見れない人がほとんどです。私たちは運がよかった』

『そう、私も見たかったわ。で、その話がどうしたの?』


悪魔は一つ頷いて、再度真摯に私をまっすぐに見つめる。

知らず唾を飲み込む。

何かファンタジーじみた重大なことを告白される気配がして、口の中が乾く。


『私のようにヴァロやピメウスを扱うものの中には、伝説があります』


ヴァロやピメウスってのは、こいつが私の脳内を盗み見に使っているようなやつの名前らしい。

まあ、魔法ね、魔法。

他にも色々できるらしいけど、特に何ができるのか知らない。

なんか、他がリアリティありすぎて、時々忘れるけど、ファンタジーな世界なのよね、これ。


『マッラスクーの日には、異世界の扉が開かれる』

『………』

『異世界の住人を、召喚することができる』

『………へえ』

『まあ、伝説です。なにせ文献には残っていますが、三百年周期で訪れることなので検証もできませんし、術を受け継ぐことも難しい』


まあ、確かにそうよね。

例え本当の話でも、誰もそれが本当か分からない。

三百年前のお話なんてねえ。

江戸時代だっけ?

江戸時代の文献なんてお化けとか妖怪とか普通に出てくるしね。


『この城を領主からぶんど…、譲り受けた時、私は知的好奇心にかられて書庫を隅々まで読みました。そこでマッラスクーの召喚についての書物を見つけたんです。そこにはその手順のすべてが載っていました。まず月の…』

『そう、それでこのファンタジー展開の話、いつまで続くのかしら。そろそろ辛くなってきた。あと、領主からぶんどった、でいいわよ。ぶんどったんでしょ』


またまたネストリは残念そうな顔をする。

好きな話になると止まらなくなるタイプだ。

勉強中にも長話に付き合わされたっけ。


『あの日、私とエリアスと陛下は、マッラスクーの月を愛でながら、ささやかな酒宴を開いていました』


そういえば、あの日テーブルの上には酒が乗ってたっけ。

混乱しすぎててよく覚えてないけど。


『静かに酒を過ごしている時、陛下が言いました。そういえばネストリ、お前、あの伝説の術のやり方分かったんだろ?ちょっとやってみろよ。本当に呼べるか賭けよう』

『…………』

『私は言いました。では、どんな人を呼びますか?陛下は答えました。女がいい。ああ、あとアルノの奴がぶっ倒れているから、ついでに金勘定出来る奴がいいな』

『…………』

『そんなに詳細な注文はできない、と言いましたが、私はおもしろ…知的好奇心に突き動かされて術を実行しました。三百年に一度の秘術。ヴァロを扱うものとして、試してみたかった』

『…………』

『ちなみに陛下は呼べない、に賭けて、私は呼べるに賭けたので私が勝ちました』

『…………』

『そしてセツコ、あなたがここに呼ばれたのです』


ネストリが真摯で静かな瞳で私を見つめてくる。

えーと。

またちょっと言葉が認識できないんだけど。

ちょっと整理したいわ。


『えーと、ちょっとまとめさせて』

『はい』


悪魔はにっこりとほほ笑みを取り戻す。

私の大嫌いな、あのムカツク優しげな笑顔を。


『あんたたちは酔っていて』

『そこまで飲んでもいませんが』

『酒飲んでて』

『はい』

『ちょっと楽しくなってきて、そういえば面白い話があったって思いだして』

『はい』

『座興に試してみようかーとかなって』

『はい』

『面白半分に私を呼んだ、と』

『いや、まあ、私たちの条件に一番合うのがあなただったんです。あなたが選ばれたんです』


ていうか、誰でもよかったのよね、それ。

つーか、本当に条件あう人間ならもっと別にいるわよね。

公認会計士の資格もってるとか。

経理でずっと勤めてるとか。

こんな中途半端に経理かじっただけの人間なんて呼ばないわよね。

簿記二級はもってるけどね。


『うーん、やっぱりそこまで条件つけられなくて。女性ってのは大丈夫だったんですが。まあ、呼んでみて、本当に経理をやったことがある人間で幸運でした』

『…………』


どっからつっこめばいいのかしら。

もうつっこみどころが多すぎてつっこみ方も分からないわよ。

ていうかもうなんだか怒りを通り越して感動すら覚えるわよ。

いい加減この夢本当に覚めてくれないかしら。


『だから夢じゃないですって』


夢よ。

これは夢。

夢じゃないとやってられっか、こんな荒唐無稽な話。

ハリウッド映画並みのドッキリだったとしても、客も退屈するってもんよ。

こんな起承転結もない話。

若手お笑いの初ステージとかじゃないんだから。

ぐだぐだにもほどがあるわよ。

とりあえず、夢でも言っておくわよ。

この鬼畜共に。

ああ、本当に。


『酒のノリと勢いで人の人生めちゃくちゃにしてんじゃないわよ!この馬鹿ども!!!』

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