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異世界婚活ツアー  作者: 三郷せの
第一章
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王様といっしょ

『君を独占できる権利を持った、そんな羨ましい人間はすでにいるのだろうか?これまで君は、どんな男と出会い、誰を見つめてきたのだろう。その出会ったことのない架空の誰かを俺は憎くすら感じる。さっきは拒まれてしまったが、もう一度君に触れる権利をくれないだろうか。もう一度君を抱きしめ、俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。美しい君を飾る花と宝石を世界中から集め、君を飾り立てよう。しかしその花や宝石すら、君の前ではかすんでしまうだろう。もっと早く君に出会えなかったことを悔しく思う。けれど成熟した魅力を身につけた君と出会えたことを幸運とも思う。君のその華奢な体を抱きしめたい。君の魅力に比べたら、とるにたらない俺だが、君も俺との出会いを運命と思ってくれないだろうか。異世界から君こそが選ばれ、俺のもとへ来たこと、これはもう、奇跡とよべる神の導きだ』


以上。

ミカ、愛の歌。

訳:悪魔。


『て、さっきと全然違うじゃないのよ!』

『まあ、めん……あなたに分かりやすいようにちょっと端的に訳していたので』

『今面倒って言おうとした!言おうとしたわね!?』

『いえいえいえ、だからちゃんと詩的に訳したじゃないですか』

『遅いわよ!!!』


いくら私が文句を言おうとも、悪魔はどこ吹く風。

そうよね、そうよ。

悪魔に人間の言葉が通じるはずなかったんだわ。


『ひどいなあ。まるで私が冷たい人間のようじゃないですか』

『笑いをとりたいのか、誤魔化そうとしているのかどっちか知らないけど、一応つっこんどいてあげる。あんたの温かさなんて、コンビニで買って20分たった肉まんぐらいよ!』

『えーと、また分からない単語が出てきましたね、それはどういう…』

『ていうかあんたと話している場合じゃないの!』


恐る恐る後ろを振り返ると、そこには苦しそうに机に突っ伏しているミカの姿があった。

痛そう…。

顔が青ざめている。

すごく痛そう…。

どうしよう。

逃げたい。

いや、まあ逃げたら事態が悪化するだけってことは分かってるんだけど。

どうしよう、不敬罪とかで処刑とかになった。

お葬式は誰が出してくれるのよ。

参列者どうやって呼べばいいの?

喪主は誰よ。

あ、死ぬ前に押入れのあれとあれは処分しなきゃ。

中学生の頃の日記とか、高校の頃の彼氏との手紙とかホント残しておけない。


『ぜひ、それは内容が知りたいですねえ』

『うっさい黙ってろ!』


現実逃避をやめて、思考を元に戻す。

ていうかそのまま考えてたら悪魔にすべてばれる。

いい加減、現実を見つめなきゃ。

問題は、逃げても追いかけてくる。

放置しておいたら、より大きな問題になってふりかかる。

この世界っていう大きな問題から逃げているのはこの際置いておく。

だってこんなん私が努力したってどうにもならない。


私は椅子に座り込んで突っ伏しているミカに近づくとその足元にひざまづいた。

そして、そっとその大きくたくましく硬い手をとった。


『えーと、ミカ……』


どうしよう、敬称なんて分からない。

まあいい。

言葉が分からないことなんて、ミカも百も承知だろう。


『ミカ、あんてーくし』


ミカは少し顔をあげて、未だ青い顔のまま私を見下ろす。

お、怒ってない、かな?

怒ってないよね。

これは怒ってない。

よし、怒ってないってことにしておく。


『あんてーくし』


どうしよう、これ以上続けられない。

ごめんなさい、以外まだ覚えてない。


『…あんてーくし』


もう一度つたない謝罪を繰り返す。

どうしよう、なんて言ったらいいんだろう。

私は悪くないんです。

全部悪いのはあの悪魔なんです。

だから処刑するならあの悪魔にしてください。

私は何も知らない被害者なんです。

って、どう言ったら伝わるかしら。


『うーん、いっそ爽やかな程ひどいですね』

『すべての元凶はお前だろうか!!!』

『えー』

『えーじゃない!かわいこぶるな!キモチ悪い!』

『まあ、どちらにせよ何度も言うように陛下はこんなことで怒ったりしませんよ。なにより……』


脳内会話の途中で、ミカが動いた。

わたしは、悪魔に向けていた意識を再度ミカに向ける。

ミカは優しく笑うと、跪いた私の頭をポンと叩く。


『エイセミターン』


えーと、確かエイセミターンは気にするな、とかそう言った意味だったわよね。

アンテークシとセット扱いの言葉だったはず。

許してくれてるって、ことかな。


『あんてーくし』

『エイセミターン。**********************』


後半はやっぱり聞き取れない。

でも、にこにこ笑ってるし、大きな手は優しく私の髪を撫でてくれる。

やっぱり、怒ってないのかな。


『ちゃんと言葉、覚えていて下さってるのですね。何よりです。ええ、そうですよ。気にするな、どうってことない。どうせ、私が悪いんだろう、と言っています』

『私って、あんたのこと?』

『私です』


ああ、やっぱり王様は分かって下さっている。

さすが偉い人は違うわ。

真実を見抜く目があるのね。

これがトップよ、人の上に立つ人の貫録。

うちの部長にも見習ってほしいわ。


『だから、怒ってないって言ってるじゃないですか。それにそもそも………』


そこで、ミカの大きな手が私の顎をつかむ。

大きな体を屈めて私の唇にちょん、と小さくキスを落とす。

えーと。

これは、仲直りのキス?

そういう文化なのかしら。


『まあ、キスは確かに挨拶ですが、口にするのは親しい人間だけですね。それと陛下の場合は別の意図があるかと思われますよ』

『…………』


私がミカを見上げたまま固まっていると、もう一度キスをされた。

さっきよりも少しだけ深く押し付けられて。

離れる時にちらりと唇を舐められる。

明らかに、これは挨拶のキスじゃないわよね。

官能的な、明らかに何かの意図を持ったキス。


『****************。***********』


にこにこと笑いながら、私の頭を撫でるミカ。

威厳をもった、力強い目をした王。


『**********、*****************************』


熱っぽく、頬に指を滑らせて何かを語りかける。

悪戯ぽい子供のように無邪気な、けれど雄の目をした男。


『………今、なんて言ったのかしら?』

『端的に訳しますか?詩的に訳しますか?』

『………ほどほどに簡潔にお願い』

『難しいことを言いますね。えーと、貞淑な女なんだな、気に入った。これからも仲良くしたい。できれば俺の女になれ』

『………ていうのを美辞麗句で飾りたてて言っている訳ね』

『ええ、女性だったら心揺れてしまいそうな表現を多用していますね。結構高度な文法を使っています。書物や書類からはお逃げになるくせにこういう時は国随一の詩人になられます』

『そう』


べたべたと頬を触っているミカの手は不快ではない。

イケメンの外人に触られるってのは、お国の違いもあるせいか照れはあるが不快さはない。

取引先のセクハラ親父に触られた時とは大違い。

けれど、いくらイケメンでも許されることと許されないことはあるだろう。


『………あんたんところの王はいつもこんななの?』

『だから、謝る必要もありませんってば。そもそも最初からあなたは不埒な真似をされそうになってたんですから。陛下への制裁はまあ、妥当な範囲ですね。あんまり手をあげられても困りますが、いいお仕置きです。他の国の王は置いておいて、うちの陛下は女性に殴られることには慣れていますから』

『………あんたが訳してくれた言葉は、あながち間違いでもないってことね』

『あそこまで心ない訳ではありませんよ。女性にはいつでも本気のお方ですから』


深い深いため息がでる。

王とかいう身分でテンパっちゃって、私が悪いことした気になってたけど、そういえば最初からディープキスかまされるわ、胸揉まれるはだったんだわ。

私、悪くないじゃない。

まあ、上司でも取引先でも、セクハラかまされてもにっこり笑って受け流さなきゃいけないけどさ。

ましてや王だなんて、下々の人間は人権なんてないレベルかもしれないけど。

いいわ。

とりあえず怒っていいようだから怒っておこう。

後の祭りだし、怒ってないみたいだし、慣れてるみたいだし。


『ちょっと、この下半身にブレーキのない王様に伝えておいてちょうだい』

『はあ』

『私が欲しいんだったらちゃんと手順を踏んでちょうだい。会話をしてお互いを分かりあって、告白して、付き合って理解を深めて結婚、そこまで視野に入れたお付き合いを考えて頂戴。責任とれない男に興味ないわ』

『はあ、いいですけど』


悪魔は少しだけ首を傾げると、絹糸のような金の髪がさらりと揺れた。

くそ、私の髪がちょっとべたついているっていうのに、なんのトリートメント使ってるんだ、この男。

悪魔は椅子に座ったたままのオツムの緩い男に何かしら伝える。

いくつかやりとりして、もう一度私に向き合う。


『じゃあ、結婚しようとおっしゃってます』

『………は?』

『責任はとる。俺はそんな不実な男じゃない、と言っています』


もう一度目の前にいるミカを見上げる。

するとミカは真摯な瞳で、私の手をとり口づけた。

なんかこの過剰なスキンシップも、この数時間で慣れてきた。

手にちゅーぐらいでは驚かない。

その目をまっすぐに見返すが、ミカの瞳は揺らがない。


『………本気で言ってるの?この人?』

『本気だと思いますよ』


本気、なのか。

何言ってるんだ、本当にこの男は。

出会って2回目。

ちゃんと話して数時間。

ていうか話してもない。

言葉が通じていない。

ただ、壁代りにして愚痴を言っただけだ。

それで結婚って。

できちゃった婚の芸能人もびっくりなスピード婚だわ。

最速記録を更新できるんじゃないかしら。

何かの冗談としか思えない。


でも、王様ってお金持ちかしら。

結婚したら、何不自由ない暮らしができるのかしら。

召使に何もかもやらせて、毎日おいしいもの食べて、ショッピングし放題、エステ行き放題。

高すぎて諦めた美容クリームだって買えちゃうかしら。

タイムセールを狙って、30分残業してから帰らなくてもいいのかな。

何より、仕事をもうやめられるかしら。

馬鹿な後輩の面倒見て、嫌な上司に頭下げて、取引先にはセクハラかまされて。

そんな嫌な毎日におさらばかしら。

しかも結婚相手は男前。

顔が良くてお金持ち。

頭はちょっと弱そうだけど、そこはそれでいいかもしれない。

もしかして、これ以上とないほどの玉の輿?

理想的結婚相手?


『いや、まあ、陛下は金持ちですけどね。市井の人たちと比べたら。天井なしって訳じゃありませんが。しかし女性って怖いですねえ。この短い間にそこまで計算されてしまうんですね。まあ、色々と細かいところを指摘したいのですが』

『うるさい。人の思考を勝手に呼んで文句を言うんじゃない。人の気持ちが分からない変温動物は霞でもくってろ』

『余裕がないせいか、いつもより攻撃的ですね』


悪魔がごちゃごちゃと人の頭に話しかけてきてうるさい。

私は今、人生の岐路に立っているんだ。

ここで促してミカの手をとれば、晴れて安泰の人生だろうか。


『では、あなたの判断材料に少しばかり陛下の情報を。陛下の夫人になるとしたら第4夫人になります。と言っても正妃はすでに御隠れになっていらっしゃいますし、他の方は陛下に愛想を尽かして三行半を突き付けていらっしゃいますが。後は娼館に馴染みの方が、えーと、今は、3人かな』

『…………は?』


えーと、それはつまり×3ってこと?

その上愛人が3人?

何その立派な経歴。

それで私はその経歴の一人になるってこと?

結婚前から浮気を約束された結婚?

アホか。

あ、でも、それだと夜のお務めも回数が少ないってことかしら。

それはそれでいいかも。

旦那は元気で留守がいいって言うし。

浮気されても捨てられなくて、生活が安定してるんなら…。


『後は、王子が3人と王女が2人で、5人の御子をお持ちです』

『は?』


ちょっと待って、それは聞いてないわよ。

いきなり5人の子持ちってこと?

浮気はともかく、姪に顔見て泣かれる私に、子供の相手ができると思ってるの?

遠目から見ている分ならともかく、子供なんて世話できないわよ。

近くで泣かれると頭痛くなる。


『王太子が現在29ですので、あなたと2つ違いですね。仲良くなれるかもしれません。王太子は王に似ず大変心優しく思慮の深いお方です』

『やってられっかああああ!!!!』


だめだめだめだめ。

いくら焦ってるっていっても、そこまで自分を安売りしないわよ。

別に周りの目を気にしなきゃ、まだまだ働いて自分で生計立てられるんだから。

そりゃしがない一般職でお局って呼ばれて同期がほぼ結婚していようともね。

だからってここまで悪条件で人生台無しにする気はないわ。

金だけで言えば、まだお見合いパーティ行った方が条件いい気がする。

顔はこの際どうでもいいわよ。

生理的にダメとかじゃなければ。

美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で味が出るってもんよ。


『悪魔、ミカに伝えなさい!私は誠実な男にしか興味ないって!』


悪魔はくすくすと笑って、小刻みに震えていた。

こいつ、こんな笑う奴だったのか。

いつもにやにや笑ってはいるが、声を上げて笑ったりするのは今日初めて見た気がする。

まあ、どっちにしろ、薄気味悪い。


『あなたの思考をそのまま伝えますか?それとも今の結論の部分だけ?』

『簡潔に!結論だけ伝えなさい!変な修飾つけるんじゃないわよ!』

『はい』


悪魔が何かをミカに伝える。

うん、文章は短いから特に余計なことは言っていないだろう。

ミカはそれを聞いて、肩をすくめた。

そして、私の顎をつかんで、相変わらず気圧されるぐらいまっすぐな目で私を見つめる。


『***********************』

『それでも俺はあきらめない。いつか君に俺の気持ちを分かってもらえるように全身全霊で君を口説く、だそうです』

『………ありがた迷惑だわ』


そりゃ、いい男に口説かれて悪い気分はしないわよ。

でもその経歴聞いてちゃ、ただ物珍しさから声かけてるって見え見えで萎える。

ああ、本当にこっちの世界にはまともな男はいないのかしら。


そこでバンっと大きな音を立てて、また扉が開かれる。

姿を現したのはメガネをかけた赤毛。

派手な髪の色と整った顔に似合わず、印象は地味。

この人にも覚えがある。

今にも泣きそうななよっとしたもやしなイメージは、ある意味3人の中で一番印象的だった。

自信とオーラに満ちた2人に比べて、にじみ出るへたれ臭。

あの部屋にいた3人のうちの、最後の1人だ。

今日はまったく、千客万来。


『*******************!****************!!』


泣きそうな顔のまま部屋に入り込むと、ミカのそばまで来ると何事か喚き散らしている。

ミカは悪戯のばれた子供のように舌を出すと、赤毛を宥めるように肩をぽんぽんと叩く。

それがますます赤毛の感情に火をつけたらしく、赤毛はさらにミカに詰め寄る。


『この人誰なの?』

『陛下の首席秘書官のエリアスです。そういえば忘れてました。エリアスに頼まれて陛下を探しにきたんですよ。仕事を投げ出して消えたらしくて』

『………ほんっと、しょうがない王ね。あんたのところの王は』

『いやあ、それほどでも』


笑うところじゃないだろう。

ああ、もう本当につっこむ気もなくなってくる。

仕事を放り出して女を口説くって、絵にかいたようなロクデナシぷり。

この国の将来が他人事ながら心配だわ。


『て、そうだ。そういえば、そろそろ話してくれない?私はなんでこの国に呼ばれたの?何かやることあるんでしょ?さっさとすまして帰りたいんだけど』


悪魔はいまだへたりこんだままの私をちらりと真顔で見る。

そして、いつものように笑顔を作ると、お決まりの言葉を口にした。


『それでは早くもう少し言葉を覚えてください。そうしたらすべてお話しますから』


結局はそこにいきつく訳ね。

ああ、疲れた。

せっかくの酔いも覚めちゃうし。

今日は気持ちよく眠れそうだったのに台無しだ。

部屋に帰って飲み直して寝よう。


まだ言い争っているミカとエリアスとやら、それを笑いながら見ている悪魔を横目に残りの酒をとって部屋を出る。

3人の男のうちの誰かが何かを言った気がするか、どうでもいい。

疲れた。

さっさと寝酒して寝よう。


そして部屋から出て20歩ほど歩く。

それから元の部屋に戻った。


『どうされたんですか?』


まだ言い争いをしていたミカと赤毛。

そして、悪魔が頸を傾げて問うてきた。


『………部屋が分からないのよ』


最初に吹き出したのは悪魔。

それから、悪魔に何があったのかを説明してもらったらしいミカ。

一瞬止まってから。

大声で笑い出した。


悪魔と痴漢王が二人して大音量で笑い出す。


いつか絶対この二人を、殺る。

私は再度心に固く誓った。

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