↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界婚活ツアー  作者: 三郷せの
第二章
PR
56/65

守れたもの

「とりあえず、そこをどいてちょうだい、エリアス、ティモ=ユハニ。近づかないから平気よ。顔が見たいだけ」


カテリナの声に二人が私の前から体を少しだけずらす。

男どもの壁の隙間から、四歩ほど離れたほどの位置にいるカテリナの姿が見える。

出会った時から変わらない、長身で自信に満ちたクールな印象。

ブラウンの髪と薄茶の目の美女は、私をまっすぐに見て微笑んでした。

そして左手を胸の前に掲げて頭を下げた。

この前、ミカの子供達に挨拶された時と同じ、お辞儀の方法。


「申し訳なかったわ、セツコ。怪我をさせるつもりはなかったの。痛い思いをさせて、ごめんなさい。お詫びします」


私の部屋はそう広くない。

狭い部屋の中、でかい男どもがひしめき合って暑苦しい。

それなのに、なぜかひやりと背筋に寒気が走った。

今まで聞いたことのないくらい真摯な声なのに。


「な、何?どういうこと?」


なぜ頭を下げて謝罪されてるのか分からない。

あ、そういえば、私がそもそも迷子になったのは、この女のせいだった。

それに謝ってるのか。

それなら謝罪して当然だ。

見知らぬ地に一人で置いていくなんて、最低だ。


「これです」


怒りを思い出してムカムカして、なんの文句を言おうかと思っていると、隣に立っていたネストリが何かを差し出した。

それに視線を向けると、ネストリは鳥と蔦と剣の柄が彫ってあって宝石も埋め込んである、随分と高そうな綺麗なナイフを持っていた。

そういえば、あのクソ男共もこのナイフを持って、何か色々言ってたっけ。


「これ、カテリナがくれたナイフ?」


このナイフが、どうしたんだろう。

護身用の剣とか言われて、渡されたっけ。


「これは、ヴァリス***の紋章です」


ネストリが静かに説明してくれる。

えっと、紋章はこの前習ったばっかりの単語だ。

確か、ティモが持ってる剣の柄にも、刻まれた近衛兵の証があった。

でもこれは、ティモのものとは違う紋章。


「ヴァリスって、ミカの名字だから、えっと、ミカの紋章?」

「はい。あなたは王の紋章の入ったナイフを持って、市井をうろうろしてたという訳です。護衛をつけずに」

「………」


えーと。

ミカの紋章の入ったナイフを持って、市場をうろうろしてた。

あいつらは、確かマーリスとかいう、反政府組織。

そんな中、護衛もつけずに、王様のものを持った女がうろうろしてたら目立つだろう。

そもそも私はこの国では目立つらしい。

それに、一部では噂にもなっているらしい。

そんな奴が、一人で人気のないところをこれ見よがしに歩いていたら、どうなるか。


『………王様の剣?』

『はい』

『あいつらは、ミカの敵のテロな訳よね』

『はい』


ナイフをくれたのはカテリナ。

二日間に渡って市場を連れまわしたのもカテリナ。

そして、置き去りにしたのもカテリナ。

理解して、一瞬で頭に血が上った。


『なによそれええええ!!!』


叫んで諸悪の根源を睨みつけると、カテリナは頭を上げて小首を傾げた。

悪戯をとがめられた子供のように、茶目っ気たっぷりに笑う。


「ごめんなさい。こんな単純***にあっさりひっかかる馬鹿がいるとは思わなくて。私もびっくりしたわ」


ほんとびっくり、とまるで明日の晩御飯の話をするように朗らかに話す。

頭が真っ白になって真っ赤になって、とにかくめまぐるしい感情の波についていけない。

言葉が出てこない。


「セツコとのデートのついでに、怪しいやつを少しぐらいあぶりだせたら幸運、ぐらいに考えてただけなのよ?ちゃんと周りには何人か見張りをつけてたし」


それからにっこりと綺麗に、それは綺麗に笑った。


「ごめんなさいね、セツコ。でも、あなたのおかげで****を二つ潰せたし、助かったわ。ありがとう」


そこまできて、ようやく言葉が口からついて出た。


『ふざけんなああああ!!!!』


カテリナにつかみかかろうとして、ベッドから飛び出す。

しかし、足にも手にも体中に力が入らず、そのまま上半身から転げ落ちる。


「きゃあっ」


床に体を打ち付けるかと思ってとっさに目をつぶる。

けれど、衝撃はやってこなかった。

ふわりと何かに受け止められる。


「大丈夫ですか?」

「………ティ、モ」


床につくギリギリで、たくましい手に支えられていた。

ありがとう、という前に、お腹に痛みが走り、肺が圧迫されて呼吸が詰まった。


「ケホッ、ケホケホ、ぐ」


鈍くてぼんやりとした痛みだが、お腹と胸が痛い。

そっと床に座らせられると、アルノもベッドから降りてきてくれる。


「セツコ、落ち着いて。君は色々なところを痛めてるんだ。気持ちは分かるが、今は興奮しないで」

「う、く」


咳き込む私の背中をそっと撫でて、優しい声で宥めてくれる。

苦しくて涙が出てくるが、その手がとても温かくて、じんわりと痛みが引いてくる気がする。


「カテリナ、あなたの謝罪には誠意を感じない」


アルノがきっとカテリナを睨みつけ、非難する。

そうだ、もっと言ってやってくれ。

こいつ、全然反省も何もしてない。


「心から悪いと思ってるのよ?」


カテリナは困ったように眉を顰めながら、近づいてくる。

そして私の前にしゃがみ込み、手を差し出す。


「大丈夫?ごめんなさい、セツコ」


その手を思いきり振り払い、そしてついでにその綺麗な白い肌を思いきり平手打ちした。

力の入りきらなかった平手は、パシリと中途半端な音がした。


『ふざけんな!!!このクソ女!馬鹿女!人殺し!最低最低最低最低!』


こいつのせいで、あんなに痛かった。

こいつのせいで、あんなに怖かった。

私が何をしたっていうのよ。

私がこいつに何をしたっていうのよ。

なんでこんな目に遭わせられなきゃいけないのよ。


「セツコ!」


エリアスの悲鳴のような声がして、体が後ろに引っ張られる。

後ろをちらりと見ると、ティモが私の体を後ろから担ぐようにして、カテリナが引き離す。

体中がまた痛むが、それ以上に怒りが強くて、あまり感じない。

エリアスは私とカテリナの間に入って、立ちふさがる。


「だから二人とも、失礼じゃない?私がまるでセツコにひどいことするみたいに」


カテリナは私が叩いた頬を撫でながら立ち上がる。

叩いたことをまったく気にしていないように、私を見て楽しげに笑う。


「そんなことしないわ。ね、セツコ?私、セツコが好きよ。勇気があって、強い女性だわ」


どの口がそれを言うんだ。

なんなんだこの女は、宇宙人か。

私の知らない言語で話してるのかってぐらい、話が通じない。

今まで色々と最低な人間には会ってきたが、その中でも断トツだ。


「ひどいことはもうしてるでしょう」


ネストリが呆れたように口を挟む。

皮肉げに笑って、いやらしい口調で言う。


「しかし、たった****を二つ潰すぐらいで民間人にこんな怪我をさせるなんて、あなたらしくない」

「言わないでマスター。反省してるわ。もう一つの方を潰すのに手間がかかってしまって」

「あなたも地方遠征で勘が鈍ったんじゃないですか?無能が張り切ると被害が大きくなるだけですよ」

「きついわね。でもまあ、言われても今回は仕方ないわ」


カテリナは口をとがらせて、軽く肩をすくめた。

そんな、ちょっとテスト失敗しちゃった、みたいな態度が余計に腹が立って仕方ない。


『なんで笑って話してんのよ!殴らせなさいよ!もっと殴らせなさいよ!私怖かったんだから!痛かったんだから!死ぬかと思ったんだから!私と同じ目に遭わせなさいよ!痛い目に遭わせなさいよ!最低、死ね、殴らせろ!』


もう一度殴りたくて、立ち上がろうとするが、ティモの手がそれを許さない。

丁寧な、けれど強い力で私の肩を放してくれない。


「落ち着いてください、セツコ様」

「離せ!離せってば!」


せめてもう一度殴らせろ。

鼻を殴らせろ。

痛かった。

鼻を打ち付けられるって、あんなに痛いって知らなかった。

鼻血が出た。

喉から血が溢れてまずかった。

痛かった。

痛かった痛かった痛かった。


「セツコ、落ち着いて」


ティモの手が離れ、優しい手が私の肩を抱く。

そしてそのまま引き寄せられ、薄い肩に頭を引き寄せられる。


「アルノ………」


アルノの落ち着く匂いがふわりと私を包み込む。

優しい手が、頭を何度も何度も撫でてくれる。


「いい子だ落ち着いて。興奮しないで。分かったから。分かった。いい子だ」

「う、うー………」


悔しくて、悲しくて、恐怖が蘇って、涙がぼろぼろと溢れてくる。

どうしてみんなあの女を責めないのよ。

私がこんなに辛くて、苦しくて、怖くて、痛かったのに。

どうしてあの女はのうのうと笑ってるのよ。

あの女。

そうだ、あの女の父親が、ここにいるじゃないか。


「ミカ!どうにか、してよ!」

「あー………」


扉のすぐ隣に立っていたミカが、気まずそうに頬を何度かこする。

いつもなんだかんだで私の言うことを聞いてくれる馬鹿王は、動いてくれる様子はない。

なんだ、どうして殴ってくれないんだ。

あの女を私と同じ目に遭わせろ。

それが父親の務めだろ。

馬鹿娘のしつけぐらいちゃんとしろ。


「お父様にはすでにお仕置きされちゃったわ。ふふ、お父様に殴られるなんて久しぶりね」


カテリナは私が殴った頬とは反対の頬を嬉しそうにそっと撫でる。

そういえばそっちの頬は腫れていたっけ。


『そんなんじゃ足りない!足りない足りない足りない!もっと殴らせなさいよ!』


でも、それくらいじゃないか。

私は今、鈍いけれど鼻も頬も口の中も何もかも痛い。

不公平だ。

鏡は見ていないけれど、きっとひどいことになっているだろう。


『落ち着いてください、セツコ。頭が痛い』


ネストリの脳内会話が頭の中に響く。


『これが落ち着いていられるかっていうのと!どうしてよ!どうして!なんであの女は痛い目に遭わないのよ!』

『うーん』


困ったように首を傾げるネストリが、その後ぴんと指を一本立てた。

瞬間体中に走る、強い静電気のような衝撃。


「くぅっ」


もう馴染んだ痛みだが、決して慣れることのない、体の中から走る小さな痛み。

痛みに体の力が抜けて、倒れそうになる。


「ネストリ!なんてこと!」

「すいません、ちょっとうるさくて」


なんでこんな目に遭うんだ。

私が何をしたっていうんだ。

文句を言うことすら許されないのか。

確かに私は性格いいわけじゃないし、悪いことだってそこそこしたけど、でもこんなことされるぐらい悪いことしたっけ。

死にかけて、痛い目にあって、それで文句いったらお仕置きされるって、そんなに私、ひどい人間だったっけ。


「セツコ、可哀そうに。セツコ、いい子だ」


アルノが優しくて頭を撫でてくれるのだけが嬉しい。

涙がぼろぼろと溢れてくる。

痛いし怖いし悔しいし情けない。


「ひっく」


ミカはあの女のこと怒ってくれないし、ネストリは相変わらず最低鬼畜野郎だし、エリアスも役に立たないし、カテリナは悪魔以上の悪魔だし、もういやだ。

私の人生、なんのためにあるのかしら。

ここでこの悪魔どものおもちゃにされるためにあったわけ。


「セツコ、起きたの………?」


アルノにすがってぐずぐずと泣いていると、澄んだか細い声が聞こえてきた。

また、新しい誰かが来た。

もうこれ以上、私をいじめる奴なら来ないでくれ。

もういやだ。

疲れた。


「セツコ!」


パタパタと軽い音がして、嫌々そちらを向く。

そこには体中にも包帯を巻き、顔を痛々しく腫らしたやせっぽちの少女。

細い手足と薄い体と短い髪は、声を聞かなければ女の子だとは分からない。


「よかった」


私の隣に跪いて、くしゃりとそのパンパンに腫れた顔を歪める。

目の周りも青あざをつけて、頬を腫らして、目を背けたくなるほどひどい顔だが、その声とその顔には覚えがある。


「マリカ………?」


その名前を呼ぶと、マリカの腫れた目からボロボロと涙があふれてくる。

そして私の投げ出された足の上に頭を伏せて、しゃくりあげる。


「よかった。セツコ、よかった」

「マリカ………」


自分も危ない状態で、私を助けてくれようとして、ひどく殴られて、それでも私を心配してくれていた女の子。

見捨てて逃げようとすらしたのに、マリカはただひたすら、私の膝で泣いている。

罪悪感とか、満足感とか、なんか色々な感情で、胸がちくちくと痛む。


「あのね、セツコ」


マリカが顔を上げて、痛々しい顔を、それでも笑顔に歪めて言った。


「助けてくれて、ありがとう」


私はそこまで悪い人間ではないと思う。

でも、決していい人間では、ない。


だから、胸がちくちくと、痛む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。