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異世界婚活ツアー  作者: 三郷せの
第一章
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酒は最高のコミュニケーション

「だいたいさあ、どういうこと?私が何したってのよ、普通に健気に生きてただけじゃない!なのになにこの仕打ち。誰がファンタジー展開頼んだって言うのよ。確かに思ったことあるわよ?何度も思ったわよ、逃げたいって。他の世界にいっちゃいたーい、とかさ。でもさ、実際起こる?ありえないでしょ?思ってはいても、そこを騙し騙し必死に生きていくのが人間でしょ?現実見据えて堅実に生きていくものでしょ?何本気で別世界来てるのよ!?実際かなえられたらひくっての!ドン引きよ!」


酒の苦さで舌を湿らし、ますます私の口は滑らかになる。

久々の強い酒は心地よく脳の働きを曇らせ、疲れた頭を癒してくれる。

胃が熱くなり、視界と思考が鈍っていく。

ふわふわと気持ちよく、つらつらとどうでもいい話が出てくる。


目の前の男は私の言葉なんてわからないだろうに、にこにこと笑いながらをそれを見ていた。

こんな最悪な状況だけれど、男前を壁に愚痴を言うなんて結構気分がいい。

家の薄汚れた壁に向かっていう愚痴よりも、ずっと健康的。

まあ、この世界がもうすでに健康的じゃないんだけど。


いや、考えない。

そこのところは考えない。


私は頭をふって鬱陶しい問題を先送りにする。

そして簡素で頑丈な飾り気のないテーブルの向こうにいる男をまじまじと見た。


本当にいい男。

私としては、もっと線が細い方が好きだけど。

外人のケツ顎とか、どこがセクシーなのか分からないと思ってたけど。


でもこうして近くで見るとやっぱり、いいわ。

セクシーってわかるわ。

男の色気ムンムン。

なんかこうしてるだけで妊娠しそうな男臭さ。


にやり、って表現が似合いそうな悪役臭い笑い方。

そのくせ無邪気に笑うと途端にかわいくなる。

不精っぽい髭がまた男くさくていい。

筋肉が綺麗についてちょっとマッチョ気味だけど、ビルダーやターミネーターみたいな暑苦しさはない。

あくまでも自然についた、実用性のある筋肉。

うーん、観賞用にはもってこいねえ。


なんて思いながら、木でできた武骨なグラスをもう一度煽る。

すると、中身が既になく、私の唇はかわいたまま。


「ほら、注ぐ!」


ずいっとグラスを彼に差し出すと、彼は気を悪くした様子もなくこちらも木でできたボトルからお酒を注いでくれた。

いい、いいわ。

いい男にお酌をさせる。

最高。


最近は上司に酒ついでも喜ばれないし、静かに手酌。

もしくは後輩に注がれる立場よ。

あー、しょっぱい。

お酌してよ、なんて言われてた頃が懐かしい。

あの頃は死ねセクハラじじい、とか思ってたけど言われてるうちが華。


お酒の色は少し濁った透明。

味はなんとなく日本酒のような、甘味のある辛口。

果実酒じゃなくて、穀物からできているみたい。

うん、やっぱ甘口のワインよりも、こういった方が好き。

かーっと一気に体が熱くなるのも大好き。


彼が注いでくれたそれを、私はもう一度煽る。

一気に飲み干すと、頭がグラグラして、胃が悲鳴を訴える。

それがまた、気持ちいい。


彼は今度はすぐに新たに酒を注いでくれた。


『**** *******』


そして笑いながら何かを言っている。

何言ってんだか分からないけど、でもその笑顔はあの悪魔のような嫌みな隙のないものじゃない。

性格悪そうなくせに、どこか憎めない、いたずらっ子のような。

つい、こちらもつられて頬の筋肉が緩む。


『*******************』


彼もまた何かを言いながらにこにこと笑う。

私もにこにこと笑う。


ああ、いい気持ち。

お酒って偉大。

あんなに鬱々としていた気持が、晴れやかになっていく。


「************』

「え?」


彼が私を指さして、何かを話している。

首を傾げると、今度は自分を指さす。


『************』

「ニメシ?煮飯??」


ニメシ、ニメシってなんだっけ。

ニメシ。

なんて単語だったっけ。

思い出せないわ。

聞き覚えがあるんだけ。

えーと。


彼は根気よく、もう一度自分を指さす。

そしてまた何かを言う。


『****、*************』


そして、今度は私を指さす。

そして同じ単語を繰り返す。


『********』


えーと、絶対聞き覚えがあるんだけど。

唸りながら、はっきりしない思考を廻らせようとすると、また彼が自分を指さす。

そしてにっこり笑って、今度は聞き覚えのある単語の後に続けていた単語を繰り返す。


『*****』

「えーと、みか?」


男が大きく頷いて笑みを深める。

私は何がなんだか分からず、もう一度繰り返す。


「みか?みかちゃん。大学の頃の友達にいたわ。みかちゃん」

『キゥッラ、ミカ』


えーと、きうっらは、はい、だから。

はい、みか。

HI!MIKA!

なんか中学校の頃の英語の教科書みたい。

なにかしら、みかって。

なんの単語かな。


男はまた自分を指差す。


『ミナ オレン、ミカ』


えーと、ミナは、私で、オレンはなんだったっけ。

まだピンとしてない私に焦れたように、男は苦笑する。


『ミナ、ミカ』

「えーと、わたし、みか」

『ミカ』

「…………ああ!名前!思い出した、ニメシは、名前だわ!名前!」

『ミカ』

「おーけーおーけー!分かった!ミカ!あなたミカね!」


ようやく理解できた私は、大きな声をあげて彼を指さす。


「ミカ!ミカね!ミカちゃん!」

「キゥッラ、ミカ」


私が理解したことが分かったのか、ミカ、とかいう男はにこにこと笑う。

その笑顔はまたかわいくて、私は酒の酔いと理解できたことの喜びから、気分が更によくなってくる。


「分かった!ミカシヌンミカ!」

「キゥッラ、ミナ オレン、ミカ」


ああ、異文化コミュニケーションの喜び。

道端で外人に道聞かれても愛想笑いで逃げだす私が、自力でたどり着いた正解。

うれしすぎる。

私、語学できるんじゃない。

駅前留学ならぬ、異世界留学!

サンコンだってセインだって来てみなさいってもんよ!


「みか!みかちゃん!」


男は鷹揚に笑ってみせる。

私はますます嬉しくなって、自分を指さす。


「ミナ、オレン、セツコ!」

「ミカ、シヌン、ニメシ、セツコ?」

「キゥッラ、ミナ オレン、セツコ」

「セツコ」


ちょっと笑って、彼が思わず椅子から立ちあがっていた私の手を取る。

そして、ちゅっとその手に口づけた。


『******セツコ』


ゆっくりと髭と荒れた唇で少しざらつく感触が離れると、真面目な顔で、私を見上げる。

う。

外人。

外人だわ。

間違いなくこの人は外人だわ。

大和民族にこんなことできるもんか。

やばい、こっ恥ずかしいと思っていたが、いざやられると恥ずかしいどころの話じゃない。

リアル羞恥プレイ。

腰が抜けそう。


でも、正直、結構気持ちいい。

ちょっと快感。

30にして姫気分。

セレブってこんな気持ちなのね。


小汚くて薄暗い部屋の一室だけど。

夜景も高級なワインもないけど、ものすっげーセレブ気分。

イケメンに傅かれるって、ただそれだけでこの快感。

挨拶だってわかっていても、シャイな日本人にはかなりな攻撃力。


男も手をとったまま立ち上がると、そのままくいっと手を引いた。

つられてテーブル越しに男の方に傾く。


「わ、たた」


ちゅ。

音を立てて、今度は頬に口づけられる。

一瞬鈍くなった脳みそでは何をされたのか分からなくて、固まる。

その後に、事態を理解して、じわじわと顔に血が上ってきた。


ほっぺにキスって。

ありえねーだろ、いや、本当に。

今までの人生でされたことない。

彼氏にだってされたことない。

ガイジン、すごい。

ガイジン、おかしい。


挨拶だってわかっていても、これは辛い。

日本人には、これは辛い。

いたたまれない。

向こうがイケメンだからこそ、いたたまれない。


こんなすっぴんのざらついた肌を。

肌のケア用品らしいものは、化粧水みたいのを一つ渡されてるだけだ。

規則正しい生活と栄養の整った食事をしているせいか、それでも肌の調子はいい。

でも、ストレスからか顎下のにきびが出来てるし、化粧もしてない肌はシミもくすみも目立つ。


は、恥ずかしい。

ものすっごい恥ずかしい。

すいません、本当に日本人ですいません。

すっぴんですいません。

肌の手入れが行き届いてなくてすいません。


『**************』


ミカという男は、赤くなった私の顔を顎をつかんで少しだけ強引に自分の方に寄せる。

間近で見るミカの顔は、やっぱり目がくらむほどの男前。

濃いブラウンの眼が強くて、引き込まれそうになる。

これが、眼力というものなのか、とぼんやりと思う。

不精ひげも、少し荒れた唇も、彼の魅力を打ち消すどころか増すばかり。


アルコールに侵された頭は事態を認識できないまま、ただぼんやりと彼を見続ける。

ミカの大きな手が、私の頭の後ろに回る。

洗ってない髪をなでられるのがまた、辛かった。

最近油の量も少なくなって、まだ綺麗なのが救いだな、なんて思う。

そして、彼がそのまま手を引き寄せる。


ガタンと、テーブルが傾く。

お酒の入ったグラスが揺れて、水が跳ねる音がした。


そして、濃いブラウンの瞳が視界にいっぱいに広がる。

手と頬に感じた、荒れた感触を、今度は唇に感じた。

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