↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界婚活ツアー  作者: 三郷せの
第一章
PR
25/65

夜の森4

もう、なんでよ。

どうしてこうなるのよ。

これもあの悪魔も仕業?

いい加減にしてよ。

どうして、どうしてよ、私が何をしたっていうのよ。

くそくそくそ!

もうやだ、もうみんな死ね。

神様なんてもんは、いないのね。

知ってたけどね。

もう何度も思い知ってるわよ、人生なんて思い通りにならないもんだってね。


『くそ!!』


口汚く罵って、私は周りを見渡す。

手は血まみれで、何かを掴むのも痛い。

体力はすでに限界で、立つのも辛い。

もう座り込んで眠ってしまいたい。

いっそ、楽になりたい。

これまで諦めっぱなしの人生だ。

あんまり根性なんてない。

諦めちゃいたい。


でも、ここで諦めたら本当の意味で終わりだ。

まだ死にたくないのよ。

死にたくない。

ただそれだけだ。


だめだ、諦めるな。

そうよ、これくらい注文書間違って200個のところを2000個受注しちゃった時に比べればなんともないわよ。

たかが男二人ぐらいなんだっていうのよ。

資材部の鬼と言われたセツコさんを舐めないで。


逃げてやる。

絶対に逃げてやる。

逃げ足の早さだったら誰にも負けないんだから。

どうやったら逃げられる。

後ろからはまだ男の叫び声が聞こえる。

あっちは多分平気。

前には隙のない二人の男がじりじりと距離を詰めてくる。


くそ、一人づつ来いってのよ。

せめて、油断でもしてくれればいいのに。

もう、瓶は粉々で使い物にならない。

二人の男にさっきの不意打ちは危険すぎる。

ああ、こんなに頭使うの久しぶり。

受験の時よりも、入社試験の時よりも使ってる。

こんなに頭使ったのは、うっかり消した顧客データをどう誤魔化そうかと思案したとき以来だわ。


後ろにじりじりと下がると、踵に何かが触れる。

ああ、そういえば裸足だった。

全身痛すぎて、忘れてたわよ。

何があたったのかしら。


前から目を離さないようにして、ちらりと下に視線を移す。

長い、硬くて冷たい感触。

剣だ!

そうか、さっきの男の手から落ちた、剣。


私は跳ねるようにして一歩後ろに飛ぶと、しゃがみこむ。

そして剣をしっかり握って、立ちあがった。


『きゃっ』


が、すぐにその場に座り込む。

何、この重さ。

もう一度腰に力を入れて立ちあがろうとするが、剣はずりずりと動くだけで持ちあがろうとしない。

何キロあるのよ、このガラクタ!

ダンベルじゃないんだから!


『何、なんなの、ちょっと、持ちあがってよ!お願いよ!』


どんなに力を入れても、祈っても、剣は持ちあがる気配を見せない。

くそ、くそくそくそくそ。


こういう時くらい、少しは奇跡が起こってもいいじゃない。

火事場の馬鹿力とか、あってもいいでしょ!

なんでどうして、本当に何一つうまくいかないのよ。


男たちが、私がもがいているのを見ておかしそうに笑う。

けれど油断はなく、やはりじりじりと距離を詰めてくる。

いやだ。

いやだいやだいやだいやだ。

どうしよう。

剣は持てない。

武器は粉々のガラスしかない。

あの剣をどうにかできるはずない。


『もうやだ!』


もう降参。

白旗よ。

許してよ。

土下座して謝るから許してよ。


でも、きっと許してくれないわよね。

金髪燃やして、赤毛をあんなにして。

正当防衛じゃない。

私何にも悪くない。


て。

あ。

そうだ。

赤毛!


閃いたアイデアが、私の体を突き動かす。

私は咄嗟にそこらに転がるガラスの破片を大きいやつを一つ拾い、後を振り向き駆ける。


『**********!******************!』


男たちが声を荒げ、同じくかけ足になる。

大丈夫、捕まらない。

5歩ほど走って、私は蹲って転がっている赤毛の傍らに座り込んだ。

血まみれの男は苦しそうに呻いて顔を押さえている。


その顔を押さえる手から、止められない血が溢れて行く。

噎せ返る血のにおい。

気持ち悪い。

吐きそう。

私が、これをやったんだ。


くそ、怯むな。

血なんて毎月見てるだろう。

気にするな。


一旦目をつぶって、大きく息を吐く。

顔を上げ、赤毛の髪を掴み、喉元に私はガラスを突き付ける。


「動く、だめ。この人、死ぬ」


私の言葉に、男たちは動きを止める。

よし、止まった。

知るかよって、一緒に切りかかられたらどうしようかと思った。

一応この赤毛には、人質の価値があるらしい。


よし。

これを利用して、逃げる。


「この人、死ぬ。いやだったら、あっち、いって。何もしない。あっち、いって」


男たちが思案するように顔を見合わせる。

考える時間なんて、与えちゃだめだ。

部長に文句を言うときは、反論する隙なく畳みかける。


「早く!剣、捨てて!」


もう一度、男たちは迷ったように剣とこちらを見る。

だから私は男の喉にガラスを突き付け、少しだけ皮膚を切った。

男から新たな血が流れる。

人を傷つける感触は、本当に気持ち悪い。


「早く!」


私が本気だと分かったのか、男たちは大人しく剣を捨てて一歩下がった。

よし。

よかった、この人たちが仲間思いで本当によかった。

仲間って大切よ、本当に。

友情は大切に、あんたたち、きっといいことあるわ。


「いって、見えない、場所、いって!」


憎々しげに顔を歪めて、男達は後を振り向いて歩き出す。

私はそれを見つめる。

見えないところに行くまで、動けない。

あいつらは、絶対に追いかけてくるに決まっている。


どうしよう。

逃げてもまた一緒だろうか。

この人質を連れて歩く?

だめだ。

そんなの無理。

そんな体力はない。

それに、この人早く手当しないと、死んじゃう。

血が、ずっと流れてる。

早くあいつらに渡さなきゃ。

私、人殺しになんて、なりたくない。


何か武器。

そうだ、この人他に武器を持っていないだろうか。

すでに荒く呼吸をするだけで動かない手の中の男の服を漁る。

血の匂いにだんだん慣れてきている。

気持ち悪い。


ポケットに、小刀ぐらいのナイフが入っていた。

頼りないが、私が持って歩ける程度の刃物だ。

逃げる時間を稼ぐぐらいにはなってくれるだろうか。


あいつらの姿はまだ遠くに見ている。

私がここから逃げ出すのを見計らってこちらに来るだろう。

でもここにいてもどうしようもない。

どこか人のいるところに行って、助けを求めなきゃ。

このままこの人が死んだら、この人の人質としての価値もなくなる。


そうだ、この人が生きている間にここに放置したら、きっと一人はこの人の介抱に回るだろう。

そうしたら私を追う人間は一人になる。

よし。


距離は十分だ。

大丈夫だ。

どこに逃げる?

分からない。

でも、逃げるしかない。


どうにかなる。

どうにかなる。

恐怖に竦みそうになる体を、奮い立たせる。

どうにかならなかったことなんて、今までないわ。


どうにか、なる。

まだ行ける。


薄汚れたスカートを破る。

血まみれの手に巻く。

不器用な感じでボロボロだけど、血は見えなくなった。

見えないってだけで、だいぶ違う。

ナイフを持ってもそんなに痛くない。


傷だらけの裸足の足にも巻いておく。

気休め程度だが、ないよりいい。


そして、静かになった男の顔にも手ごと巻いておく。

ごめんなさい、手をどける勇気はなかった。

どうか、死なないでね。

人殺しになんて、なりたくない。


一通り準備を済ませて、もう一度立ちあがる。

眩暈がした。

だが、止まっている暇はない。

私はひとつ息をつくと、駆けだした。




***





でも、もうそろそろ何もかもが無理がきている。

足の裏はずたずた。

手もボロボロ。

三十路を越えた体は、体力の限界を訴えている。


頼むから、少しだけ休みたい。

周りには何もない。

木、木、木、岩。

人気のある場所が見つからない。

同じところをぐるぐるしているような気がする。


せめて、どこか隠れるようなところはないの。

お願い、ちょっとでいいから、休ませて。

でも、休んだらあいつらが来ちゃう。


『きゃあ!』


でも、やっぱり限界だった。

足が言うこと聞かず、木の根に躓き私はその場に倒れこむ。

もう膝の痛みなんて感じない。


手を踏ん張って、もう一度立ちあがろうとして、座りこむ。

もう、立ちあがれない。

駄目だ、もう無理。

もう、駄目。

お願いちょっと休ませて。


その場に座り込んだまま、私は荒く息をつく。

もう駄目だ。

眠い。

疲れた。

休みたい。


ああ、でもこのままじゃ、誰か来たら、ダメだ。

どうしよう。

でも、休みたい。


ああ、あそこ、岩と岩に囲まれて、木でちょっと隠れている。

一見よく見えないようになっている。

あそこ。

あそこで休もう。


ずりずりと体を四つん這いのまま引きずって、私は岩場に行くとそこに背を預ける。

体重を全て投げ出して、大きく息をつく。

疲れた。

本当に疲れた。

でも、誰か来たら、どうしよう。


ああ、そうだ。

なんか前に、映画かなんかで見た。

あ、あの木に巻きついてるの、ちょうどいいや。

もう動けない体を引きずって、私は目についた木に近づくと、蔓をひっぱってちょうどよさそうなところでナイフで切り取る。


えっと、それで。

どうしよう。

だめだ、疲れて頭が働かない。

えっと。

ああ、そうだ。

スカート。

スカートでいいや。


私はスカートを大きく破く。

スカート大分短くなっちゃった。

まあ、でもいいや。

誰も見ちゃいない。

ちょっと頼りないけど、これでいいか。


一通り作業を済ますと、私はまた岩場に戻って背を預ける。

どっと疲れがこみ上げる。

ああ、もう駄目だ、本当にもう動けない。


もう、眠れればいい。

眠ったまま死んだら、それはそれでいいかもしれない。


そんなことを考えながら、私は意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。