金髪美形と1on1レッスン
『はい、間違えですー』
朗らかに笑って、金髪碧眼の天使のような男は指を一本立てた。
その途端ピリリとしびれるような痛みが全身に駆け巡る。
静電気の刺激をやや弱くしたような感じだ。
「痛い!」
私は思わず持っていたきったない羽根ペンを取り落とす。
もう何度目かも分からないこの「罰」に私は、天使の顔をした悪魔を睨みつけた。
「何すんのよ、この悪魔!」
『はっはっは、何言ってんだか分りませんね。痛くもかゆくもありません』
「死ね、クソ野郎!セクハラパワハラ野郎!いつか見てろよ!ドブに突き落として踏みつけてやるからな!」
『早く言葉覚えて罵ってくださいよ。そうしたら堪えますから』
私が何考えてるか分かるってんだから、絶対何を言っているか分かるはずだ。
綺麗にスルーしやがって。
しかし通じないってんならもうこの際気が済むまで詰ってやる。
それぐらいしかストレス解消ができない。
「○○○○!!○○○○○○○○○○!!!○○○○○○○○○○○○○○○!!」
とても思ってはいても口に出せないような罵詈雑言のオンパレード。
放送禁止用語全開だ。
しかしもうこれくらい許されるだろう。
これは夢。
夢なんだから。
「うーん」
ムカつくぐらいに整った顔を苦笑の形に歪める。
少しくらい堪えやがれってんだ、この悪魔が。
しかし、そこで悪魔は指を一本立てた。
まずい、と思った時はもう遅かった。
「痛!!!」
そしてまた微弱な電流が走る。
くっそおおおおおお、本当にこいつ、いつか殺す。
「いい加減にしろ、このサド変態野郎!」
『女性があまり下品なことを言ってはいけませんよ』
「言論の自由ぐらい認めなさいよ!!!私に自由はないってわけ!?」
『ですから言葉を覚えてくださったらいくらでも自由をあげますってば。そのペンダントも外して差し上げます』
「とっとと外せ!痛がってるとこ見ないと勃たねえのか、この不能野郎!」
ああ、もう本当にどこまでも下品になっていく。
私こんな人間じゃなかった。
こんな人間じゃなかったはずだ。
いくら三十路すぎで恥じらいも何もなくなってきたとは言え、年齢相応の節度もあったのに。
全部全部この夢のせいだ。
ていうかこの悪魔のせいだ。
私のトイレ事情とか下ネタとか知られたくないこっ恥ずかしい過去とか誘導尋問によってもう全部知られてるんだからこれくらいいいだろう。
「これ外したら、真っ先にお前を殴る!首洗って待ってろよ!」
にっこり笑うとまた悪魔は指を一本立てる。
今度は声も出なかった。
『凝りませんねえ。さ、次の勉強に移りましょうか』
ギリギリと歯ぎしりをして、奴を睨みつける。
殺す。
奴を殺る。
絶対殺ってやる。
『物騒ですねえ。怖いなあ』
全く怖がってない綺麗な笑顔で、奴はそんなことを言う。
私はなおも脳裏で奴に対する殺意を叩きつけ続ける。
『うーん』
心の中で何かいうぐらい許しなさいよ、このドS野郎。
『はいはい、わかりましたよ。なんか覚えてしまいました。S、サド、嗜虐趣味のことですね。いやだなあ、私はそんな趣味ありませんよ』
どこかだ、この変態野郎。
『変態じゃないですってば。なんかあなたの世界の言葉も楽しそうですね。代わりに覚えてみましょうか』
「は?」
『あなたが私に教えてくださいよ』
「何言ってんの、こいつ」
思わず言葉に出して言ってしまう。
まるで名案だ、というように奴はにこにこと笑っている。
『競争しましょう。そうした方がやる気でませんかね?あなたが勝ったらご褒美上げますから』
こいつからのご褒美なんて死んでも欲しくない。
何をされるか分かったもんじゃない。
『そんなこと言わずに、教えてくださいよ』
「………あんた、周りに天才とか言われてちやほやされてるでしょ」
『ええ、まあ』
「でも、友達いないでしょ。ていうか周りに人いないでしょ」
『いやですね、私の周りには私の言うこと聞いてくれる人、沢山いますよ』
それは下僕とかパシリとか言うのよ、このボケ。
とは言わないわ。
心の中で思っておく。
『パシリ、ですか。下僕のことですか?』
「そんなものよ」
『なるほど、また一つ覚えました。さ、あなたも早く覚えてくださいね』
「わっかりづらいのよ!何このお経みたいな字!せめてアルファベッドに似せる努力ぐらいしろっての!日本人の外国語教育なめるんじゃないわよ!さっぱり分からないわよ!」
『これは児童向けの読み書きの本なんですけどねえ』
「あんたの教え方が悪いのよ!もっと分かりやすく教えろ!この下手くそ!」
『それはすいませんねえ、じゃあ、もっと厳しくしてみましょうか』
そうしてまた指を立てようとする。
それを察して、私はしぶしぶ羽根ペンをとった。
「くっそおおおおおお!!!!」
早く覚えて、この呪いのペンダントを外してやる。
見てろよ、この変態ドS野郎。
ピンヒールで踏みにじってやる。
『くそ、にピンヒールですか。中々単語がいっぱいあって大変です』
しかしやっぱり、悪魔は笑ったままだった。
***
あの日、3日ほど前に夢が始まって、未だに夢は覚めていない。
何度も何度も夢だ夢だと言い聞かせているが、一向にこの夢は終わりを見せない。
全く私の想像力も大したもんだ。
この最低なファンタジー超大作、全米が泣いた!はまだまだ結末が見れない。
ハリウッドらしく2時間でまとめてほしいものだ。
勿論ハッピーエンドでね。
こんなクソファンタジー、資金回収も難しそうだけど。
あの時訳も分からないまま座り込んだ私に、あの悪魔が私にこう言った。
『言葉を覚えてください。あなたにはしてもらわなきゃいけないことがあるんです』
全く意味が分からない。
ていうか何そのムチャぶり。
これドッキリ?
面白くなーい。
とかいろいろ考えていたが、どうにもこうにも話が進まない。
見慣れた私のワンルームはいつまでたっても現れないし、ディ○ニーランドでしか見たことのないような石造りの古めかしい部屋はそこに佇んでいる。
「ていうか何、なんなのよ。意味わかんないし!」
『あなたのいる世界から、あなたにやってほしいことがあり、こちらの世界に呼ばせていただきました』
座り込んだ私にかがみこんで視線を合わせる。
そして噛んで含めるように、説明をした。
さっきと違って、今度は口も開いている。
何かしら話しているが、やっぱりその言葉は完全に意味不明。
うっわー、きたきたきたきた!
お約束!
お約束来た!
ナル○ア、これ○ルニアでしょ。
ロードオブザリ○グの後、ナ○ニアも見たんだから。
あ、じゃ、私王女とかでしょ。
姫?
あ、不思議な力持ってたり?
あのライオンかっこいいのよねえ。
イケメンよねえ。
『大丈夫ですか?しっかりしてください』
「私はこれ以上ないくらいしっかりしてるわよ。あれでしょ、選ばれしものとかでしょ。うわあ、ファンタジーファンタジー。いい感じいい感じ。よく出来てる夢ね。私もこの年で妄想力あるわあ」
こんな影響されやすいとは思わなかったわ。
新しい自分を発見。
微妙にリアルなところがちょっぴり私らしいわね。
ちょっぴり乙女な私ってかっわいー。
美形の金髪碧眼は、ちょっと考えるように首を傾げる。
するとさらさらと金色の髪が流れて、思わず見とれてしまった。
暗い蝋燭の光でも輝く、見事な金髪。
『ええ、あなたは選ばれたんですよ。だから、お願いします。私たちを助けてください』
「分かった。分かったわよ。やるわよ、やる。やればたぶんこの夢覚めるんでしょ。そういうことでしょ。お約束よね」
『夢…、まあとりあえずそういうことでかまいません。とりあえずじゃあ、言葉を覚えてくださいね』
「これもなんか力が働いてパーっと覚えたりできるんでしょ。へんな力が発動するのよね。かっこいいかっこいい」
私はその時酔っていたのかもしれない。
疲れた頭には、これ以上の現実は受け止めきれなかった。
だから、半ば、っていうか全力で投げやりに笑いながら請け負った。
金髪はにっこりと優しく笑う。
やっぱりその笑顔は見とれてしまうぐらい綺麗だ。
『ご協力くださるということで、嬉しいです。じゃあ、今日から一緒に頑張りましょうね』
「はーい。美形とマンツーマンレッスン?いいわねー。馬鹿な後輩と一緒にいるよりよっぽど素敵よ。頑張るわ」
『はい!お願しますね!』
そしてその後1時間後に私は心から後悔することになった。