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明るさの影  作者: 浪速の協力者
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第1話

 それは普段と変わりのない春を目前にした日の朝だった。かなり肌寒くはあるが、朝の支度を整え、夫の慶太を起こし、2人で朝食を食べて8時過ぎに出発する。いつもと何も変わりのない1日であるはずだった。昼休みに母からあの電話を受けるまでは。

「由美穂、大変なの!」

電話越しに、母の夕子の声が震えているのが伝わった。母がここまで慌てた電話をしてくるのは聞いたことがなかった。

「お母さん、どうしたの。大丈夫?落ち着いて!」

「孝彦が・・・孝彦が・・・」

私の声が聞こえているのかいないのか、それでも母は続けた。


「孝彦が・・・自殺した。」




 大山孝彦は私の3歳上の兄だった。現在は実家を離れて1人暮らしをしながら何度か転職をして、今の職場に巡り合い会社員として働いていた。実家を出たと言っても、移り住んだ先は隣町だったので、割と頻繁に顔を出していた。最後に会ったのは年末だったが、その時も至って普段と変わらない様子だった。そんな兄さんが、自殺をした。自宅のマンションで首を吊ったとのことだった。部屋には遺書が残されており、「ごめんなさい。」と一言だけが書かれていた。誰に対して、何のことを謝罪しているかは誰にも分からなかった。ただ、警察の調べによると、兄さんは鬱病を抱えていたとのことだった。


 兄さんが亡くなってから2週間が経とうとしていた。両親、特に母はショックのあまり、まだ現実を受け止められないでいる様子だった。兄さんの家をそのままにしておくわけにはいかないので、私は母から合い鍵を預かり、兄さんの家を訪ねて遺品整理をしに向かった。夫の慶太も手伝おうかと提案してくれたが、申し訳ないので断った。

 兄さんが住んでいたアパートまでくると、同じアパートの住人の方と目が合った、が、会釈だけされすぐに立ち去って行った。兄が亡くなってからというもの、何度かここに来たので、他の住人の方から私や両親の顔は覚えられてしまっているのだろう。

 玄関の鍵を開けて部屋へ足を踏み入れた。生前に夫と何度か遊びに来たことがあったが、その時から部屋の中が変わったようには感じられない。ただ、違う点があるとすれば、心療内科の請求書が食卓の上に散乱していることだった。両親も私も、誰も知ることがなく兄さんは鬱病を抱え続けていたのだろうか。私たち家族は昔から何か困ったらすぐに相談し、お互いを助け合ってきた。それなのに、どうして兄さんは最後まで1人で抱え込み続けたのだろうか。

 兄さんとは、基本的には幼いころから大変仲が良かった。時々喧嘩をすることもあったが、優しい心の持ち主だった。人見知りをしがちな私とは正反対で、兄さんはその場にいる人と誰とでもすぐに打ち解けられる大変明るい性格であり、兄さんの性格が私は羨ましく思うこともあった。大学を卒業してからは、2回転職をしていた。転職をするごとにステップアップとなっていたので、両親も親戚も大変喜んでいた。ただ、何もかもが全て上手くいっているわけではなかった。兄さんは離婚を経験していた。どちらかが不貞行為をしたとかではないが、前妻は毎晩のように飲み歩き回り、自分勝手な行動を繰り返していた。勿論、最初からそうだったというわけではないだろうが、そんな相手に兄さんも振り回され続けたことで疲弊してしまい、最終的には性格の不一致ということで離婚に至った。それが今から1年ほど前のことだった。

 そんなことを考えながら、兄さんの家の書類を整理していると、あっという間に夕方になってしまった。そろそろ帰宅しようと身支度を整えていると、玄関口にゴトリと、何かが投函される音が聞こえた。玄関の郵便受けから取り出してみると、健康福祉部からの封筒だった。封を開けてよいものかと少し悩んだが、悩んでいても仕方がないので開けてみると、中から出てきたのは兄さんの名前が記載された「自立支援医療等受給者証」だった。


対象となる傷病名の欄には「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」と記載されていた。


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