7睡目 ゴールネット坂街
今日も診察室の夢だなぁ
ぼんやりした意識が上がってきて見慣れてきた場所が見えてくる。
相変わらず白くて広くて、真ん中に小さい部屋があるみたいに棚が寄せてある。
今日は少しプールのにおいがする。
あっこないだ…おとといだっけ?の女の子だ。ピンクの髪とふわふわスカートの後ろ姿。
ラパードとその女の子がお喋りしていた。
女の子がぼくに気がついた。
女の子「えっと…こんばんわ」
サガ「うん、こんばんは!おとといより大丈夫そうだね〜」
女の子「はい。涙はあれから止まってます」
みると涙の模様が代わりにあるだけで、涙の跡はない。困り眉は…デフォルトなのかな…?よく分からないけどよかったよかった。
ラパード「あれからお前のいない間にも一度来ていて、色々聞いた」
サガ「えっそうなの?」
女の子「そうなんです。現実での名前は私も思い出せなくて…とりあえず『メルト』に決めました…えっとその…よ…よろしく…です…」
目を閉じているし困り眉だから表情はわかりにくいけど、多分緊張しつつ照れているのはわかる。
サガ「うん、ぼくはサガだよ。よろしくね!」
ふとここで食べたことのあったメルトリップっていうチョコのことを思い出した。
アレからつけたのかな…?
サガ「というか、現実…!?じゃあキミも眠ってて、ここにいるの!?ぼくの夢限定じゃないんだ???」
ラパード「サガと同じ「ゲンジツ」から睡眠することによって、来たらしいぞ」
メルト「はい…」
サガ「へぇええそうなんだー!えっじゃあぼくだけが見てる夢じゃない…のかな…うーん???」
ぼくが驚いて考えている間にも、ラパードは何か準備をしていて、カバンを持って立ち上がった。
サガ「あれ?どこか行くの?」
ラパード「そうだ。出来れば一緒に来て欲しい」
メルトちゃんもついていって扉に向かうので、ぼくもついていく。
ラパード「メルト、頼む」
メルト「はい…」
というか呼びすてなんだね。
メルトちゃんは扉に向かって頑張って押しあけようとしてるけど…とても重そうで、ほんの少しづつ動いている…
サガ「ぼくも手伝うね」
一緒に押すことにした。
メルト「はぃい…!」
ぼくが押し始めると突然軽くなって
ッバーンッ!!!
っと開いて思わず二人して外側へ転んでしまった。
サガ「あたた…メルトちゃん大丈夫?」
メルト「はぃい…大丈夫です。サガさんは?」
サガ「大丈夫だよーあとぼく呼び捨てでいいよ」
メルト「えっ…じゃあ…サガくんで…?」
扉の向こうは街だった。
前にメルトちゃんが来た時一瞬見えた所だ。
右側が上り坂で、少し上に時計台がある。左側に下り坂がまっすぐ一本道で、ずっと続いている。どの建物も赤茶色やクリーム色のレンガで、なんだかオシャレだ。
後ろを振り返ると勢いで開いた白い扉がそのまま閉まりそうになっていた。
ラパードが慌てて押さえて、本を置いて閉まらないようにしている。
ラパード「ふぅ…とりあえず坂の街、到着だな」
サガ「えっと、メルトは夢で診察室に来る前はここにいたの?」
メルト「そう…です。涙が止まらない時に街の人がビンを貸してくれて…返しに行きたくって」
と言いかけて、慌てて診察室に戻って、ビンを抱えて持ってきた。
メルト「えっと…多分あのお店です」
指差した先は、近くの赤いシートの屋根が付いたお店。靴の看板がぶらさがっている。
入っていくとカランカランと軽やかなベルの音がなった。
中には棚に並んだ沢山の靴と、茶色い髪を後ろに束ねたエプロンのおばさんがいた。
メルト「あっ…あの…こっこんにちは!ナミダ止まりました!ビン、ありがとうございま…す…」
おばさん「あぁー、いいんだよ。止まったんだね良かったよかった。あれまぁアンズのビン…ヨゴレ全部取るの大変だったでしょ?綺麗に返してくれてありがとね!」
ちょっと豪快そうで、とても良い人みたいだ。
そしてぼくの後ろを見て、おばさんはとっても目を見開いた。
おばさん「あっれまー!タコヤキさ…んじゃなかったラパードさんじゃないかい。こっちに来られるようになったのかい?」
ラパード「はい。多分二人が座標の固定をしてくれているので」
この人も診療所のお世話になってるのかな。あの場所、タコヤキ診療所って名前だったんだ知らなかった。
サガ「座標を…固定…??ぼく?がしてるの??」
ラパード「そうだ。俺が診療所から出るには『座標の固定』のようなものが必要なようだ。お前がいると俺もついでに固定が出来て…で、扉外で急にお前がいなくなると…固定がじわじわ弱まって酔いまくるから慌てて帰るハメになる」
ラパードが出したスマホには6桁3行?の座標のようなものが、3つの点の横に狭そうに並んでいる。
位置的にも青いのがぼくでピンクがメルトちゃんだろうか。真ん中のラパードと思われる点は白で、多分おばさんの白い点もあるけど座標付いてないや。
うーん。わからん!けど、
サガ「そうだったんだ。ぼく役に立ってるんだねー」
ラパード「そうだな…お礼にそこの『お買得コーナー』の靴くらいならおごるぞ。今後も外出に付き合ってくれるならな」
ラパードが指差した先の棚を見ると、ギザギザの黄色い値札の付いた、よくある運動靴が並んでいる。
そして自分の足元を見る。
青いくるぶしブーツがちょっとボロい。親指あたりが薄くなってる。
ラパード「メルトも今後外出に付き合ってくれるなら1足選ぶといい」
メルトちゃんの靴を見ると…見ると…ピンクの可愛かったであろう皮の靴は、ザックリ切れた跡がありあちこち擦り傷がついていて、片方は靴底がほとんどない。わぁ…
メルト「え…そんな…いいです…」
サガ「もー!遠慮しない…ってぼくが言うのもヘンだけど!夢なのに結構走らなきゃいけないときもあるかもだし、買ってもらおうよ!」
ラパード「そうだぞ遠慮はいらんからな。んん?…女子的にやっぱりあっちの高級靴の方がいいか?医者もどき業で金はまぁある!買おう!あっそれとも…俺と外出同行が嫌なら…」
メルト「あわわ運動靴でいいです!歩きやすいの大事です!」
メルトちゃんは慌ててお得靴コーナーに行った。
思わず笑いながらぼくもお得靴コーナーにいく。あっ結構カッコいいのあるなぁ。お金の単位は…1000〆…しめ?
ラパード「確かここに高級靴も買える〆が…」
ドボォン…
と低い金属の音がして振り返ると、ラパードは店の中に現れたおそらく診察室にあった白い棚をあさっている。
え?ソレ…呼び出せるの?
ラパード「…おおっ?なんでウチの棚が…あっそうかそうか」
ラパードはひとりで納得して中からガマグチを取り出した。そして戸棚を閉めると色が薄くなって消えた。
ラパード「無座標所有物の認識召喚か…便利だ…」
うんうん頷いてるけど…よくわからない。便利能力があるのはわかった。靴選ぼっと。
おばさん「お買い上げありがとね!」
なるほど。おばさんへのお礼も兼ねてたのかな。
古い靴を引き取ってもらって、新しい靴で外へ出る。
やっぱり歩きやすい!
足取りも軽くなるや。
ラパード「さて…履き慣らしがてら行くか」
ラパードも新しいウォーキング用革靴を買ってた。自分だけお得じゃないコーナーで買うとか、うーん…まぁお金出してもらってるし何も言うことないや。
ラパード「とりあえず坂の上に向かってみようと思うんだが、メルトはこの街は詳しいのか?」
メルト「あっ…全然わからないですすいません…」
ラパード「そうかー全然謝らんでいいからな」
おしゃべりしながら坂の上に向かう。
登る左側のお店は服屋だったりぬいぐるみ屋だったり、女の子向けのかわいらしいお店が並んでいる。
そして、右側は壁だ。
日陰で暗くみえる壁に、左側のお店を粗めに等倍コピーしたものだけが並んでいる。とりあえず左側のお店を見つつ登っていく。
ラパード「寄りたい店があったら言うんだぞ。まぁ買うかどうかは財布と相談だが」
メルトちゃんに振り返って言ってたけど、返事はない。何故かぼくら2人の後ろを歩いている。
あー…3人になると二人が並んでぼくは後ろで黙ってる事になっちゃうアレだなっ。道幅的に3人並ぶと歩きにくそうだし。
サガ「そうだよーラパードはお店の中も気になってるんだろうし、遠慮しなくていいからね」
メルト「あっ…はい!」
あっ口元がちょっと笑った。よかった。
少し登るともう頂上らしく、お店と壁はおしまいだ。
道幅と同じ広さの小さな広場に着いた。
ベンチと、ぼくの肩くらいの高さの頑丈そうな柵に囲まれた、日の当たる場所だ。
柵の向こうには、黄色く霞んだ空に太陽と、流れる雲の海だけが見えた。
涼しい風が少しの雲と一緒に吹き抜けてきて、気持ちがいい。
ここには坂の町しか無いのかもしれない。
今度は下っていく。
日影で暗い壁の中に、白い診療所の扉が目立つ。
診療所から30軒くらい先へ下ったろうか。
お店ばかりある。
途中見かけた3人はみんなお店の人らしく、お掃除しながらも元気に挨拶してくれた。
下るにつれて少しずつ濃く、より涼しくなるキリの中を下る。
キリの向こうで見えなかった坂の最後が見えてくる。
ゴールネットが坂の果てを塞いでいた。
ゴールネットには葉っぱやホコリが絡んでいて、小さい黄色のボールを引き止めている。
ゴールネットの手前5軒からは右側も店の絵の壁になっていた。
ネットの向こうにも坂は続いているけれどタイルが途切れて土がむき出し、両脇の壁もなく、深い霧と雲の海の境目も曖昧だ。
ひゅうひゅうと音をたてて、ゴールネットの間を霧が通り抜けてくる。
ネットの先にもし転げ落ちたら…本当になにもないのかもしれない。
少しお腹が寒くなる。
ネットがあるから落ちない。落ちないよ。
と、自分に言い聞かせても少しこわい。
ラパード「むう…ここで終わりのようだな……眠そうだな?」
ほおが濡れて少し寒いのに、眠くてねむくて、意識が霧にまぎれていく気がしてきた。
そうださっきから眠くなってきて何も喋っていなかった。
ふとネットの下に転がる黄色いボールが、すごく懐かしい思い出のボールな気がして、フラフラした足取りながらも拾おうとする。
するとぼくは別れた。
ボールを拾おうとしてがくりと眠り込むぼくと、つまづいて大きく転んで背中からネットを突き通って落ちていく霧のぼくの、二人に別れたのだ。
落ちていくぼくは目を見開いていて、眠り込むぼくがメルトに肩を
「大丈夫ですか…?」
とトントン叩かれて近くで喋っていても目を開けないのが見える。
叩かれた感覚はある。
けれどそれ以上に霧が体を体の中をビシャビシャと濡らしながら通り抜けていく。
少し冷たい。から少しづつ、冷たい、寒い、眠い、凍える、落ちる、痺れるの感覚にうつっていく。そしてネットの向こうのぼくが眠り込み、消えて、踵を返す二人が見える。
置いていかないで
と追いかけるも、もがくだけとなる。
霧の海の水位が少しづつだけ、ゆっくりゆっくり満ちるだけで
駆け出す二人にはいくら満ちても
追いつかない
待って !
違った、待たないで!走って!
待って!
眠さから酷く混濁する。ぼくは霧じゃない。霧になっているけど霧じゃない!
もがく!
水分がとぶ!
満ちるのやめっ!
のっととぅーきり!
よかったベッドの上だ…
けれど…眠い…眠すぎる…
霧に戻りたくはないけど朝練へのやる気は坂の下に転がり落ちていった。




