死者ヴァンパイアとの再会
約10年前、俺は目の前で自殺を目撃した事があった。
それは生々しく、原形をとどめていない人の形に濃い血の匂い。その人の美しい長い髪の毛は、女の人を表した。
その女性は、のちのちご近所さんと知る。とても優しいお姉さんだった。
心の底で少し心残りもあり、出来るだけ思い出したくない思い出だった…
夏の日差しがアスファルトに浸みて、焦げた匂いがする日のこと。
俺、田山 朔は、友達の斉田 櫂と弓道部の朝練に向かっていた。
「そういえば、俺らのクラスに転校生来るらしいぜ。女だと良いよなぁ。」
斉田は金髪をなびかせ、背が小さいために上目遣いでこちらを見ていた。
「お前は彼女ほしいだけだろ。」
あくび混じりに俺は呑気に声を出した。朝は苦手なんだ。
「朔はいつも気怠そうだよな。青春しねーの?俺らもう高校2年だぜ?」
「お前みたいにバカになりたくねーんだよ。ほら、部活遅れちまうから早く行こーぜ!」
その言葉だけ吐いて走り出した。
無事、朝練は遅れず、朝のチャイムが鳴り出した頃に先生がある子を連れて来た。
例の転校生だろう…
その子がクラスに入った瞬間、周りの人からは歓声が上がった。
綺麗だとか、可愛いだとかの声が。
俺はゆっくりその子に視線を移すと、目を奪われた。
白銀の綺麗な長い髪。無駄に白いハリのある肌。そこに輝く赤い瞳。
「こんにちは、津久茂 怜です!今日から皆さんと一緒に勉強をしていきたいと思っています!よろしくお願いします!」
可愛らしい声だった。無邪気さの中に大人らしい声。
正直に言って、俺の初恋といっても過言ではなかった。
そして休み時間になると、周りに人がたかった。
本を読んでいるフリをしながら聞き耳を立てていた。
男子は赤面しながら「好きなタイプは?」とか恋についてを質問していた。それに対しては「恥ずかしいかな」とやり通していた。
女子からは「出身どこ?」などと定番の質問を投げかけられていた。そこで気になったのが、自分の過去を明かさないこと。
出身を聞かれれば「北のほう」前の部活を聞かれれば「秘密」と…
俺は気になっていたが、周りの人は知ろうともしないのだろう。少し謎の多い女。そういう印象だった。
お昼の時間になり、購買にパンを買いに行って、屋上に続く人気のない階段で食べていた。
本当は櫂と食べるのだけれど、新しい彼女作りとして津久茂さんの所へ遊びに行ってるのだろう。
すると、足音が聞こえた。
なるべく関わりたくないと思い、ひたすらパンを口にしていた。
「あ、いた!朔…くんだよね?ちょっと皆から抜け出してきちゃった。」
津久茂さんだった。
津久茂さんはへらっと白い肌の頰を染めて話しかけてきた。
俺はつい目をそらして下を向いた。
「朔くん?ねぇ聞いてる?私君のためにここにきたんだよ?」
いきなり下の名前で呼ぶなんて馴れ馴れしいな。調子が狂うじゃないか。
「その…あなたに……津久茂さんにお会いしたことはないはずですが…」
パンを見つめてぼそっと言った。
「えー!私のこと覚えてないの!?」
不機嫌そうに頰を膨らませて髪をくるくると指に巻いている。
ちらっと様子を伺い顔を見ると、こっちを見てにたっと笑って、肩を抱き寄せてこう言った。
「ほら、君の目に焼き付いていたでしょう?10年前のあの事件」
そう言って指が顔に当てられた時、俺は察知した。
綺麗な長い髪、そして優しいお姉さんの顔が。
確かに一致した。あの頃はまだ幼くて、顔もろくに覚えていない気がしていたけれど、言われてみると、やはりあのお姉さんだった。
でもどうして?もう死んでいただろう…
漫画じみているが、幽霊にでもなったというのだろうか。
「そんな硬い表情にならないで。分かるでしょ?あの時の濃い血の匂い…あの時から私、悲しくて仕方がなかったの…住む場所もなくて、永遠に神の元を歩いていたの。10年も。長い月日だったでしょう?私だって驚いたわ。この地に戻ってきた時に、運良く朔くんを見つけたの。ずいぶん大人になったわね。私は成長が止まってしまった…今は身体の成長を止めて生きているという負担を覆ってる。ほら、感じるでしょ?私の体温。」
そう言われて触られている指は驚くほどに冷たかった。
言われていることに現実味がなく、硬直していた俺に津久茂さんは大丈夫って声をかけていた。
すると、ピクッとして俺の匂いを嗅いできた。
今のショックで汗でもかいてしまったのか?それなら恥ずかしいことだ。
「朔くん…いい匂いする。とても甘い匂い。」
「……お、俺 、香水とかつけてないっすけど…」
すると、津久茂さんはシャツのボタンを丁寧に上から一つ二つと外していった。
「n…何してるんすか!?」
「さっきから我慢できないの。私のためだと思って…ね?」
その時、じゅるっという音と共に、首にちくっとした痛みがきた。
「…んっ…ちょっ…何してるんですかっ」
首を見ると、俺の血を吸っていた。柔らかな胸が背中にあたり、長い髪の毛がさらっとあたっている。
「ぷはぁっ……びっくりしたよね…いきなりごめんね…本当に…なんかさっ、理性って結構崩れやすいんだね!初めてしったよ…」
喜怒哀楽に寂しげに言ったり笑っていったりしていた。首は少しズキズキして跡が残っている。
ハンカチで血を拭き取ってシャツのボタンをとめてそっと跡を隠した。
「なんか…いきなりだったね。舞い上がっちゃった。そう…私、あの死んだ時からかなあ…人の血が好きなんだよね。ヴァンパイアっていうのかな…?」
寂しそうにうつむいていっている。
「ねぇ、津久茂さん。俺、どうすりゃいいんですか?」
「あっ!ごめんね!いきなり重かったよね!首痛かったよね!?これから気をつける!」
「いや、首は平気です。津久茂さんが俺の血を求めるんだったらあげます。」
痛いのは嫌だ。だけど、俺にも理性ってもんがあって、可愛らしい女の子にそんな事言われたら断るも何もないでしょう。男ってそういう問題じゃないのか?
「え!いいの!?ありがとう!」
へらって笑っている。可愛い…
すると、もう時間が過ぎていて呼び鈴が鳴った。
「じゃぁ先行くね!色んなこと背負わせちゃったけど、この事は秘密ね!」
俺は愛想笑いで彼女を見送った。俺もパンが食べ終わってないから一口で食べおわしちゃおう!
ちょっと衝撃が多いけどきっとなんかの夢なんだ。
パンに目を落とした。
パンにはさっきの血が染みている。途端に、あの時の記憶が蘇ってきてむせるようなあの光景に吐き気がした。すぐトイレに駆け込んだ。
もう本チャイムが鳴っている。
そう思ってもまだ吐き続けていた……