司書の暇な時間
雨の日に図書館を利用したことはありますか?
雪でも、雹でも、雷でも構いません。
悪天候の日は、なんとなく普段とは違う空気を感じます。
静かな図書館の雰囲気を目指しました。
心安まる時間を提供できれば幸いです。
しとしとと雨が降っている。
自動扉の外では、プランターから伸びた緑が、さらさらと風に遊ばれている姿が見える。
暦の上では秋。プランターの緑はそろそろ花が咲いて、種が取れるのを待っている所だ。
ここは図書館。館内には雨の日特有の静かさが広がっている。
図書館は、静かにする場所。
毎週月曜日が休み。
本を無料で借りられて、返却日までに返す。
いつの間にか身体に染みついた、常識だと思っていた。
図書館で働き始めて数年。
常識だと思っていた事は、常識ではなかった。
カウンターで番をしていると、自動扉の開閉音で顔を上げた。傘を差した女性が来館したようだ。
自動扉で挟まれた風除室で傘をたたみ、傘立て横に用意されているビニールに、濡れた傘を終った。
傘を持って来館した女性は、カウンターで貸出カードの更新を希望した。
「現住所の確認できる身分証は、お持ちですか?」
貸出カードをスキャンし、身分証と登録内容を見比べる。
「以前から、電話番号はお変わりありませんか?」
「変わりません。」
「変更はありませんね。では。こちらに記入をお願いします。」
見せてもらった身分証を返し、更新用紙を広げる。
ここでは、変更がない更新の場合、記名だけで可としている。
以前は、更新の度に登録内容を記入して貰っていたが、苦情が多く、今の形になったと先輩から聞いた。
……記名と身分証の提示だけでも、苦情は減っていないけれど。
端末を操作して有効期限を更新し、貸出カードに新しい有効期限を書き込む。
「更新させていただきました。次回は2年後です。本日から使えます。ありがとうございました。」
女性に貸出カードを返すと、ありがとうと一言、館内を見に背を向けた。
身分証を財布から出すときに、鞄の中まで雨水が入り込んでいた様子を思い出して、カウンターに立てかけたまま忘れられていた傘が目に入る。
「お客様、傘を!」
この言葉を使う度に違和感を覚えるけれど、しょうがない。
「あら、ごめんなさい。ありがとう。」
雨は少し弱くなったようだ。
雨の日は、働いている身からすると、図書館には来て欲しくない。本にとって水は天敵だからだ。
督促や予約確保等の、来館を促す連絡をするのも躊躇する。
雨が降れば来館者は減るけれど、それでも利用者0人というのは見たことがない。
これは住宅地の中に有るから仕様が無いのかもしれない。
都内某所の住宅地。図書館は、少し広めの公園の隣にある。
少し歩けばお寺もある。
けれど、最寄りの駅は少し遠い。歩いて15分以上はかかる。
カウンターで番をしていると、後輩の女性スタッフが予約資料を集めるために動き始めた。
常連のおじいちゃんが、折りたたみ傘を風除室に置いて来館した。いつも通りに新聞雑誌コーナーにゆっくりと移動する。
見覚えはないけれど、きっと常連のお兄ちゃんが脇目も振らず2階の閲覧室へ。
特徴的だったり、理由があって記憶に残ったりしない限り、大人しく利用している人は、常連でも顔なんて覚えていない。接客業なのだから、覚えなきゃとは思うけれど。
2人ほど館内にいた利用者に本の貸し出しをする。
宅配の人が来て、官報を受け取った。
閲覧用のファイルに綴じていると、赤い傘に赤い合羽を着たお婆さんが来るのが見えた。
風除室で傘をたたんでいる間にファイルを片付けておく。
「こんにちは。」
笑顔の挨拶には、ステキな笑顔が返ってきた。
「探している本があるの。調べてもらえる?」
「どんな本ですか?」
図書館では、調べ物のお手伝いをすることをレファレンスという。
お婆さんのレファレンスは、数日前の新聞に載っていた、売れっ子作者と著名人の対談が載っている本だという。
タイトルや出版社は覚えていなかった。
2人の名前で調べてみるが、片方ずつでしかヒットしない。
「いつ頃出た本かは判りますか?」
カウンターで使っている端末には、新しすぎる物や古すぎる物、個人出版だったり、図書館収集に沿っていない本などの、図書館にない本のデータは入っていない。
「どうかしら。新聞に載っていたのだから、新しい本ではないかしら。」
「何時の、どこの新聞かは覚えていますか?」
新聞なら図書館にもある。もし該当する号があれば追いかけることが出来る。
「ごめんなさい。□□新聞だけど、日にちは覚えていないわ。」
数日前と言うことなら、何日分かめくれば見つかるだろう。
□□新聞なら3ヶ月分収集している。
しばらく、カウンターに新聞をめくる音が響く。
雨による静寂のおかげで、がさがさとこする音は、小さいはずなのに大きく聞こえる。
「あった! この本よ。」
お婆さんの嬉しそうな声がした。5日前の号だった。
「見せてください。」
よく見てみると、そこには目的の本の情報は載っていなかった。
「これは、雑誌と連動しているコラム記事ですね。本という形では出版されていないようです。」
新聞をめくる音がしなくなり、雨の音が強く感じた。
「そうなの……。その雑誌はないの?」
見覚えはないが、近くの図書館が収集していることもある。調べてみるが、ヒットはしなかった。
「そうですか……。ごめんなさいね。」
「いえ、こちらこそお力になれず、すいません。」
時間がかかるが、都内の他の図書館が収集していれば、相互貸借が出来ると話したが、そこまでしなくて良いと断られた。
赤い傘を差して帰る、赤い合羽のお婆さんは、雨のせいか寂しそうに見えた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
処女作ですが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
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よろしくお願いします。