『16歳前日 ⑦』
小屋の前までかけつけた少年とクロの目に、異様な景色が飛び込んできた。
「あ~あ、やっぱり可哀想な事になってるよ」
少年の目の前に、赤い鶏冠がすっかり青くなって、正座させられているトリジンが居た。
スーツはすっかり焦げてぼろぼろになり、辺りにトリジンの顔の毛がちらばっている。
もともと小刻みに動いていた顔は、さらに小刻みに動き、さながらバイブレーションのようだ。
そんなトリジンの前に7人の小人達が立っているが、こちらは傷一つどころか着衣の乱れすらない。
どうやら一方的にトリジンが、小人達にやられた様であった。
「トリジンって、そんなに弱い魔物じゃないにゃん・・・・」
それを一方的に倒しここまで怯えさせているという事実に、小人達の実力を垣間見た気がしてクロは軽い驚きを覚えた。
一方の少年は、クロが今更ながらに小人達の実力を知ったという事に、この16年間の小人達とクロとの溝の深さを感じていた。
「もう狩りは終わったんやな?」
赤い帽子の小人――――アカシが、近づいてきた少年に気付き声をかける。
と同時に、少年の肩の上に黒猫が居ることに気付き眉をひそめた。
「なんや、魚の代わりに黒猫を捕えて来たんかいな」
「違うよ」少年は短く返答し、めんどくさそうに頭を掻いた。
黒猫――――クロは、ただ少年の肩に乗っているだけであり、誰が見ても少年が捕まえて来た様には見えない。
これは、少年とクロが仲良くする事を認めていないが故の発言であり、以前であればムキになって反論していたが、クロの素性を知った今は、頑なに小人たちがクロを毛嫌いする気持ちを理解する事が出来た為、黙って受け流す事にした。
それでも小人達とクロに仲良くして欲しいんだよな。と肩の上で強張った様子のクロとアカシを交互に見やる。
本当は、『小人達に本当の事を話させる』というのは建前で、どうにか仲良くさせたくて、クロを無理矢理連れてきたというのが本音だ。
ただ、今はそれを議論している時では無い。
――――まずは目の前のニワトリ顔の魔人の方だ――――と思い直し、小人達に囲まれ正座しているトリジンに視線を落とした。
「アカシ何があったの?」
少年は小人達から正確な情報を引き出す為に、あえて魔王の呪いの事に触れずアカシに質問した。
「こいつがこの島の結解を突破して来て、伝言があるとか言うからやな、みんなで仲良く教えてもらおうとしておったとこやねん」
「みんなで仲良く・・・・ねえ?」
すっかり青くなったトリジンの鶏冠と、ぼろぼろのスーツを遠い目で見つめた。
納得がいかないという様子の少年に、すかさず黒い帽子を被った小人――――ダークが説明をいれる。
「仲良く教えてもらおうとしたら、肝心の伝言を忘れたの一点張りで話さないんダガネ。しかも忘れた腹いせか襲い掛かってたダガネ。仕方ないからカレーとグリンに懲らしめてもらった所ダガネ。」
「・・・・軽くビンタしただけだよ」黄色い帽子の小人―――カレーがぼそぼそと言葉を発した。
それに同調するように、緑の帽子の小人―――グリンも「僕も軽く火の魔法ぶつけただけだよ。クシュン!」と鼻をすすりながら頷いた。
「軽くで、こうなるかにゃん・・・・」
少年の肩の上で唖然としているクロに、少年は解説する事にした。
「クロ、カレーは武術の達人で、グリンは魔術の達人なんだ」
かつて数十年前、隠居する前は森の七賢人と呼ばれた彼ら小人達は、それぞれに一つずつ得意なジャンルを持っており、その実力はそのジャンルにおいてマスタークラスであった。
子供の頃から毎日日替わりで各小人たちに鍛えられた少年は、その凄さを骨身に染みて知っている。
だからこそ、小人たちのもとに向かったトリジンが「可哀想」だと思ったのである。
「ちなみにアカシは鍛冶が凄くて、マツオカは特技がポジティブで・・・・」
そこまで言ったところで、少年の声を小人の声が遮った。
「その黒猫に我らの情報を漏らしたらダメだぜい!」
少年は自分の声を遮った声の主の方向に視線を移すと、ピンクの帽子を被った小人―――マツオカが腰に手を当てて、下から少年を見上げて睨んでいる。
「マツオカ、クロが話せるって知ってたんだね」
少年の一言に、マツオカの隣で顔を上げたダークは表情を変えていなかったが、2秒前まで睨んでいたはずのマツオカの顔には露骨に「しまった」と書いてある。
ダークは一つ大きくため息をついて、マツオカの頭を軽く叩いた。
「あいた!、、、痛いけど、これは明日へ繋がる痛みだぜい!!」
マツオカは叩かれた痛みをポジティブに変え、強く拳を握り突き上げ叫んだ。
マツオカはひたすらポジディブという特技だけを持っており、彼にかかると、どんな事象もポジティブシンキングに生まれ変わるのだ。
「あんまりワシ等を試すんじゃないダガネ。そこの黒猫から何か話を聞いたんダガネ?」
隣で叫ぶマツオカを無視して、ダークは話を進めた。少年が投げた爆弾発言を、冷静に返してきたダークに少年は「さすがはダーク」と内心舌を巻いた。
ダークは交渉術のマスターであり、油断すると会話に於いていつ上げ足を取られるか分からない。それに、隠し事をする意味建ても無いため、少年はダークの問いに正直に答える事にした。
「いや、クロは中立の立場だから何も話せないみたいで、何も聞いてないよ。ある程度はそこのトリジンから聞いたんだよ。」
その言葉を聞いた瞬間「なんやとわれ!」とアカシが手にした小刀をトリジンの顔面に向けて突き出した。
突然の突きにトリジンも「かわしきれないコケ!」と致命傷を覚悟したが、トリジンのくちばし先で、カレーがその小刀を指で摘んで止めた。
「コ、コ、コ、ココココケ・・・・」
トリジンは目の前に迫った死の恐怖に、ついにくちばしまで震わせて怯え始めた。
「余計な事をしてくれおって!」
アカシの顔は怒りで帽子と同じ位に赤くなっている。
今にもトリジンを切り伏せようと息巻いているが、アカシの特技はあくまで鍛冶であり、戦闘に長けている訳ではない。戦闘に長けているカレーに腕力で叶うわけが無く、カレーに摘まれた小刀はピクリとも動かせなかった。
「アカシの欠点は、すぐに頭に血が上る事でございます」
青い帽子の小人料理人―――アオキが、そんなアカシを微笑みながらたしなめた。
その様子に、トリジンはワラをも掴む思いでアオキに「助けて」と視線を送る。
アオキはトリジンの視線に気づくとさらに微笑み、
「顔ではなく頸動脈を狙って血抜きをしないと、おいしい鳥料理は作れませんでございますよ」
と言いながら大きく頷いた。
「ひいいいいいいい!」
だんだん青い鶏冠が紫色に変色し始めた。
どうやら恐怖も度を超えると、紫色の鶏冠になるようである。
「アオキは料理の達人で、あらゆる食材の事に精通しているダガネ。全部栄養にしてあげるダガネよ」
ダークが震えるトリジンの耳元で優しく語りかけ、さらに小声で言葉を続ける。
「・・・・でも、伝言を思い出してくれたら、助けてあげれるかもしれないダガネ」
今回は敢えて厳しい状況にトリジンを誘導し、最後に救いの言葉をかける事でトリジンから情報を引き出そうとしていた。
相変わらずダークの交渉術はえげつない。ダークをもってしたら黙秘を続ける凶悪犯でも、カツ丼無しで犯人を落とせそうだ。
「コケー!!忘れてしまったのです!本当なんです!伝言があったのは覚えているのですが、その内容を忘れてしまったのです!!」
トリジンは必至でダークに訴えている。
少年はそんなトリジンが可哀想になり、黙って静観しているつもりであったが、少しだけ助け舟を出してあげる事にした。
「トリジン、さっき胸ポケットに伝言内容書いたメモしまってたよな?」
「コケ!そうでした!忘れてました!」
トリジンはパアッっと表情を明るくし、正座したまま、いそいそと懐の中に手を入れメモを取り出してみた。
「・・・・・・・・」
その手のひらのメモを見て無表情で固まっている。
「どれどれ」と少年はメモを覗き込み、「あちゃー」と思わず頭を抱えた。
トリジンが取り出した紙は真っ黒に炭化し、字を読めるような状態では無くなっていたのだ。
恐らく先ほどグリンから火の魔法を浴びた時に、肝心のメモがポケットの中で燃えてしまったのだろう。
「・・・・なんかゴメン、クシュン!」
グリンが思わず謝罪した。
「もう無理コケ-!思い出せないコケー!!」
トリジンは両手で頭を抱えて悶絶している。
必要な情報を伝える事が不可能になった時点で彼の存在価値は無い。もはや小人達に殺されるのを待つばかりである。
クロもなんだかトリジンが可哀想になり、仕方なく助け舟を出す事にした。
「確か、小人達に明日が呪いの期日って伝えに来たってさっき言ってたにゃん」
その声にトリジンの顔が再びぱああっつと明るくなった。
「コケ!それだ!!呪いの期日を伝えに来たのだ!」
威勢よく立ち上がろうとしたトリジンの膝を、すばやく黄色い帽子を被った小人――――カレーが後ろから蹴りいれ、再び膝を折らせ地面に座らせる。
「・・・・立っていいなんて、誰も言ってないよ」
消えそうなか細い声のカレーの声であるが、トリジンは絶対服従のようにジッと動かなくなってしまった。 先ほどの戦闘で、すっかり主従関係が出来上がっているようだ。
「じゃあ、話してもらうダガネ。思い出した事すべてダガネ」
小人達はトリジンを囲んで見下ろしたまま、トリジンの発言を固唾を飲んで待っている。
「コケ!・・・・わかりました」
トリジンは正座したまま、ゆっくりと重いくちばしを開くのであった。
黒い帽子の小人 → ダーク
赤い帽子の小人 → アカシ
白い帽子の小人 → ハクエイ
ピンクの帽子の小人 → マツオカ
青い帽子の小人 → アオキ
黄色い帽子の小人 → カレー
緑の帽子の小人 → グリン