『16歳前日 ⑥』
「まず初めに言っておくと、私は何も知らないままこの島に連れて来られたから、知っている事は魔王様にこの島に連れて来られてからの事にゃん」
クロはそう前置きをすると、初めてこの島に連れて来られた日の事を語り始めた。
少年は黙って次の言葉に耳を傾けている。
「私が魔王様に連れられてこの島に来た時、君はまだ生まれたばっかりだったにゃん」
いきなり少年は衝撃を受けた。冒頭から小人達から聞いていた情報と違う。いきなり不安な気持ちに一瞬苛まれたが、その気持ちをぐっと堪え話を続けるよう促した。
「俺が、生まれたばかりの時?君と魔王がこの島に来たの?」
魔王の件で少年が小人達から聞かされていたのはこうだ。
『 魔王に追われていた母親がこの島に漂着し、身寄りが無かったため、小人達の所に身を寄せて半年間生活していたという事。そして、自分を産んだ直後に亡くなった』という内容だけであった。
自分が生まれた時に魔王とクロが来ていたとは聞かされていない。
「丁度そこのお墓の前で初めて君を見たにゃん」そう言いながら、クロは少年の後ろにある墓石に視線を向けた。
少年もクロにつられて振り返り、太陽の光を浴びて輝きを放つ母の墓石に目を細めた。
母の墓が作られてちょうど明日で16年経つのだが、まるで最近作られたかのように真新しい。
約16年経つ墓石が今も真新しい姿でそこに佇んでいるのは、小人達や少年の手によって毎日管理されている為だ。
母が亡くなったのは自分が生まれた直後だと、泣きながら話してくれた小人達の事を思い出し、少し鼻の奥がツンとなる感覚に襲われ、瞳を閉じた。
明日で16歳になるのに、こんなところで泣いたら母さん怒るだろうな。
顔も知らぬ母の事を思案し、会ったこともない母に怒られると感じた自分に、少年は苦笑いを浮かべた。
そんな少年の頬をクロは一度ペロリと舐める。
「大丈夫だクロ。ありがとう」
少年の手がクロの頭を軽く撫でると、クロは赤い瞳を細めて満足そうにし、再び言葉を続けた。
「魔王様は、君の母親と、君に会いに来たみたいだったにゃん」
意外な言葉に少年は目を見開いた。思わずクロを撫でる手に力が入る。
「痛いにゃん!」クロの短い悲鳴に、我に返った少年は慌てて手の力を抜いて「ごめん」と謝った。
「・・・・俺に会いに来ただって?」
少年の問いかけに、その時の様子をクロは瞳を閉じて邂逅する。
あの時、辺境の魔王の肩の上にいたクロは、赤子であった少年を見た時に、魔王の口の端がわずかに緩んだのを鮮明に覚えている。
あんな表情をした魔王を、娘であるクロも殆ど見たことが無かった。だからこそ印象的な出来事であったわけであり、クロの中でも確信めいたものがあった。
「・・・・俺に会いに来た」その問いにクロからの返事はないが、魔王の娘がそう感じたと言っている以上、それは間違いないだろう。
しかし何故?
少年は答えの無い問題を解かされているような、もどかしい気持ちになった。
だがすぐに、続きの話に答えがあるかもしれないと考え直し、クロに続きを話すように促す。
クロは一度頷くと、再び言葉を続けた。
「それから折角来たついでだからって、私を触媒にして、君たちに呪いの魔法を発動したにゃ」
「ここで、呪いの魔法か・・・・・」
返答の代わりに大きく頷いたクロを見て、少年は少し考え込むように腕組みをして空を見上げた。
なぜ小人達は呪いの事を、自分に隠していたのだろうか・・・・。
話を聞けば聞くほど疑問が数珠つなぎで増えていく。
自然と口から大きなため息が零れ落ちた。
ここでじっと考えてても仕方ないよな。と少年は気持ちを切り替えて、自分の膝の上に座っているクロへ再び視線を落とした。
「さっきトリジンは明日が期日だとか言ってたけど、俺にはどんな呪いにかかっているの?」
クロは反射的に視線を外し顔を背けた。ん?なにかまずい事を聞いたか俺。少年はなんとなく気まずい気持ちでクロの言葉を待つことにした。
クロが視線を外したまま口を開いた。
「君の呪いに関して、私は君の監視役と呪いを維持する為の動力源として組み込まれているにゃ。魔王様からの制約として、この呪いに詳細について発言は私から君に出来ないようになってるにゃ」
なるほど。だから気まずい表情をしたのかと、少年はこっそり安堵した。
「クロはこの呪いに関して中立って事なんだね?だから言えないことがあるって言ってたのか」
クロは申し訳なさそうにゆっくり頷いた。
「・・・・そうか」そう言いながら少年は立ち上がった。
少年が急に立ち上がった為、クロは慌てて少年を見上げ心配そうな顔をしている。
「これで大体クロが知っていることは話してくれたんだよね?」
「そうにゃ」
そう返事をしたクロを少年はひょいと拾い上げ、ぽんぽんと軽く頭を叩きながら自らの肩の上に乗せた。
「話してくれてありがとう。じゃ、あとは小人達から聞くしかないってことだな」と今来た道を振り返り、小人達の居る小屋の方へ踵を返した。
今回の件で特に小人達に恨みはない。
事情はまだよく分かってはいないが、魔王の事や呪いの事を隠していたのは、自分の事を思ってそうしてくれていたのだろうと理解できるからだ。
ただ、事実を隠されていたという事に対する腹立たしさは無いと言えば嘘になる。
あとで絶対嫌がらせしてやる、と口に出さずに心で誓ったのだが、それに気付いたのかクロは肩の上で軽く身震いしている。
「クロは大丈夫だよ」とクロを撫でながら、果たしてクロはどこまで真実を話しているのだろうか、と少年は思考を巡らせた。
長年ずっと思っていた、「心優しい小人達がどうしてクロを毛嫌いするのだろう」という疑問。
クロが魔王に連れられて来た事を知っていたからこそと考えれば、小人達がクロと少年が仲良くする事を快く思っていなかった事にも合点がいった。
話のつじつま的にも矛盾は無い。恐らくクロは本当の事を素直に伝えてくれているのだろうと結論付けた。
クロを少し疑った自分に軽い罪悪感が芽生えたが、「小人達のせいだ」と自らを正当化して、クロに対する罪悪感をすぐに打ち消した。
小屋が近づくにつれて少年の足取りが自然と早くなり始める。
クロは先ほどから何度も隙を見て少年の肩から降りようとしているが、その都度クロの動きを察知した少年に阻まれている。
「あいつらのとこに行くのは嫌にゃ!」と抵抗するクロを無視して、少年はクロを離そうとしない。
「だーめ。クロが居ないと本当の事話さないかもしれないからね。一緒に来てもらうよ」
「いやにゃあああああ」
山道に響き渡るクロの悲鳴に対し、少年は「だめだめ。せっかくだから小人達と仲良くしよう!」と取り付く島もない様子。
身体を離す素振りも見せない少年に「もう!」とクロは拗ねてみせたが、やがて従う事にしたようで、しぶしぶ腕の中で大人しくなった。
それから数分後、少年が小屋まであと少しというところまで近づいてきたところで、
「ぎゃあああああああああ!!!!!!!!」
小屋の方からものすごい悲鳴が聞こえてきたのであった。
まだまだ序盤が続きます。