『16歳前日 ②』
短髪黒髪の少年が、真新しい銛を手に森の中を走っている。
道路は舗装されておらず、自然と出来たでこぼこの獣道であったが、少年は慣れた足取りで走り続けていた。
やがて小高い丘まで来たところで、少年は走るスピードを緩め、綺麗に掃除された墓の前で足を止めた。
少年は墓石に向かい、「おはよう。母さん」と挨拶をした後、備え付けの道具を使い、慣れた手つきで墓の周りを綺麗に掃除し始めた。
「にゃーご」
甘えた鳴き声と共に、墓の前にある大きな木の上から黒い猫が現れ、掃除する少年の足元にすり寄ってきた。
「クロ。ちょっと待っててな。もう少しで掃除が終わるから」
少年は軽く黒猫の頭を撫でてやると、再び掃除の作業に戻り墓を丁寧に拭き始める。
――――やがて15分ほどで作業は終り、ピカピカになった墓石の前で手を合わせ瞳を閉じた。
・・・・母さん。今日も一日見守っていてください。
その後一通り朝のお参りが済むと、足元で退屈そうに座る黒猫をひょいと抱き上げた。
「クロ。お待たせ。」
そう言って顔を近づけてきた少年を、クロは慌てて振り払う。
少年はお構いなしに、クロのほっぺにちゅっと軽いキスをした。
途端に黒猫はぐったりして動かなくなった。
黒猫の全身から汗が吹き出し、少年の手に伝わる鼓動が尋常ではない速度で脈打っている。
少年は無邪気に笑い「お前いつもチューすると、ぐったりするよな。」と黒猫の頭を優しく撫でる。
黒猫はそのまま身動きせずに、少年にされるがままに撫でられている。
「なあ、いつまでもここに居ないで、いいかげん俺たちの家に来ないか?アカシ達は俺が説得するからさ。」
いつも陽気な小人達が、なぜかこの黒猫と仲良くしたがらない。
それどころが、少年がこの黒猫と仲良くする事すら良く思っていない節がある。
こんなに可愛いのに。どうしてこの可愛さを理解してもらえないのだろう・・・。
クロも小人達から好かれていない事は感じているのだろう、少年と小人が済む小屋には一切近寄らず、少年が子供の頃からずーっとこの墓の辺りに住んでいる。
「ほれ、いつものドーナツだよ。」
少年が袋から青い帽子の料理の鉄小人――――アオキが作ったドーナツを取り出し、クロに差し出した。
「うにゃ!」
クロは嬉しそうにドーナツに飛びつくと、我を忘れたかの様に一心不乱にがぶついている。
「猫ってみんなこんなにドーナツ好きなのかねえ。」
この島から出たことがない少年は、クロ以外の猫をまだ見たことが無かった。
少年の学習の為に、以前に小人達が与えてくれた世界の動物図鑑に猫が載ってはいるが、そこに「ドーナツが好き」との記載は無い。
クロに出会った最初の頃は、何人も近づけない刺々しい雰囲気を持ち、近づこうとする少年の事を強く拒絶していた。
時に引っ掻き、時に噛み付かれたが、少年は諦めずに接し続けた。
小人達からもクロと仲良くする事を猛反対されていたが、毎日内緒でクロの住む場この所に来ては、仲良くなる方法を模索し続けていた。
近づけば逃げる。
呼んでも出てこない。
ご飯を与えても食べない。
それどころが与えたご飯に砂をかけて拒絶された事もある。
しかし少年は諦めなかった。
小人達がクロを嫌う理由が良く分からず、反対される事に納得がいかなかったという事もあるのだが、何より自分と同じでクロに身寄りがない事が少年に「仲良くする」という信念を貫かさせたのだ。
少年は来る日も来る日もクロの場所へ訪れた。
根気強く少年がクロに構うようになって数年たった。その頃には少しずつクロにも変化が見え、墓石の辺りに少年が来ると顔を出したり、置いておいたご飯を少年が返ってから食べるようにはなっていた。
そしてある日、ついにその時がやってきた。
少年が食べようとしていたドーナツを、嫌がらせのつもりでクロが横からかぶりついて横取りしたところ、その美味しさに我を忘れて食べつくしてしまったのだ。
「これは!」と少年が差し出した二つ目のドーナツにクロは再び飛びついてきた。そして一口食べた後「はっ」とした表情で年の顔を見つめた後、仕方なさそうに二口目を食べ始めた。
少年は自分のあげたドーナツを食べているクロを驚かせないように、心の中で「やったああああああ!!!!!!」絶叫した。
初めて自分が与えた物をクロが食べてくれたこの瞬間の感動は筆舌に尽くし難い。
―――その日を境に二人の距離は急速に縮まり現在に至っている。
「今後、他にドーナツくれる人が現れても、俺以外になついたら駄目だからね」
「にゃん」
クロを見つめる少年の青い瞳を、クロの赤い瞳がまっすぐ見つめ返す。
そして少年の肩の上に飛び乗り、すりすりと頬をこすり付け始めた。
いやあほんとまじ可愛いんですけど。少年はにやけながらその頭を再び優しく撫でた。そこで「ん?」と思う。今俺の言葉に返事しなかったけか・・・?
「お前、今返事したよな。絶対俺の言葉理解してるよな。そして、お前やっぱり喋れるだろ?」
その言葉にピタリとクロの動きが止まり、途端にクロの赤い目が泳ぎ始めた。
しかしながら、丁度肩の上で少年の死角になっている為、その様子に少年は気づいていない。
「子供の時の記憶だから曖昧だけど、最初にドーナツ食べた時、絶対喋ったんだよな」
少年の記憶の中では、一口ドーナツを食べたクロが、「え、なにこれ、美味いにゃん!」と喋って興奮していた。しかしその後、クロが言葉を話したのを少年は一度も聞いていない為、単なる聞き違いだったかもと最近は思うようになっていた。
「うーん、本当に記憶違いなのかなあ・・・・ん?」
不意に背中に感じた殺気に、クロを撫でていた少年の手がピタリと止まる。
「そこにいるのは誰だ!」
少年は森の茂みに鋭く目をやった。
肩の上のクロも同じく鋭い眼光を同じ方向に向けている。
先ほどまでクロを撫でていた手を、自らの腰に差してある銛へとさりげなく移し、臨戦態勢に入った。
二人の視線の先の茂みが、がさがさと動き始める。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。少なくともあなた方には危害は加えませんよ。」
そう言いながら、ゆっくりと、声の主が茂みの中から現れたのであった。
黒い帽子の小人 → クロダ
赤い帽子の小人 → アカシ
白い帽子の小人 → シロ
ピンクの帽子の小人 → マツオカ
青い帽子の小人 → アオキ
黄色い帽子の小人 → カレー
緑の帽子の小人 → グリン
登場人物大杉