『旅立ちは突然に ②』
小人達がケツをぷるぷるさせながら頭を抱えて悶絶している。全員が失念していたなにか大変な事を思い出してしまったようだ。
「どうしたにゃ?」
クロは一番話が分かりそうなダークに質問をぶつけてみた。ダークはややげんなりとした顔をクロに向けると、「儂らは今日で死ぬと思ってたダガネ」と話し始めた。ダークの表情にクロはただならぬ事態だと感じとり、真剣な表情で耳を傾ける。
「儂らが死んで身寄りのなくなる彼を人間社会へ無事に送り出すために・・・・」
「ために・・・・?」
「時限式の強制空間転位魔法を前もってかけちゃったダガネー!」
言いながらダークは頭を抱えた。それに合わせるようにと他の小人達も頭を抱えあげた。
「今日の十二時になったら、自動的に術が発動して彼を信頼のおける人物の所に送り出すって寸法だぜい!」
マツオカがダークの言葉に補足をいれて、「初めての人間社会だから、その人物に人間社会のいろはを教えてもらう予定だぜい!」と爽やか風な笑顔と共に親指を立てている。小人達の中でいち早く立ち直ったのだろう、他の小人達が頭を抱える中彼だけは唯一明るい。
「儀式が成功して死んだ君たちの代わりに、その人物が彼の面倒を見るという事にゃん?」
「ま、そういうこっちゃ。あいつやったらうまくやってくれるはずやからね」
言いながらアカシが愁いを帯びた表情を一瞬みせたのを、クロは見逃さなかった。何か口走ろうとしたクロの様子にダークが気づき、「野暮な事を聞くんじゃないダガネ」とクロを軽くたしなめる。クロもそれに従って一度小さく頷いて口をつぐんだ。
「そういう事情だから、彼が目覚めるのを待ってこれからの事を説明して、万全を期して旅に出てもらう事は出来ないダガネ」
なるほど、とクロは手を叩いた。小人達が先ほどケツをぷるぷるさせながら頭を抱えて悶絶していたのは、結局予定通り少年とお別れしないといけない事に気付いたからだ。でも――――
「でも予定が変わって君たちは今生きてるのだから、もう一度術を掛け直したらいいにゃ?」
「クシュン!僕たちが死んでも必ず発動するように念入りに半年かけて色んな仕掛けを術式として編み込んであるから、術者の僕でも・・・・クシュン。今日の夜までの短時間に術式を書き換えるのはムリ」
取りつく暇もないと手を振るグリン。中途半端に術式を書き換かえることのリスクは、魔術師ではないクロにも理解できた。
「回復魔法でさっさと起こして、事情説明するってのはどうにゃ?」
「クシュン!彼は完全に魔力を使い果たしてる上に、身体強化魔法を使った副作用もあるから、クシュン!回復魔法で傷を治しても魔力が回復するまで数日は目覚め無いよ。」
「という事は彼は気絶したまま強制空間転位魔法される事は避けられないって事にゃ。だったら君たちも一緒に移動したら・・・・そうか、無理にゃ」
ダークは物悲しげに微笑みながら一度大きく頷いて「我々はこの島の結界から出れないダガネ」と呟いた。
俗世間から切り離されたこの島を覆う強力な結界は、外部からの侵入者を防ぐという効果があるが、本質は小人達をこの島に縛りつける為の強力な呪いであった。
「この呪いは我々が一生かけても償い切れない罪の対価。この島で姫様を魔王の手から匿い、ご子息を今日まで育てたのは贖罪に過ぎないダガネ」
「贖罪だぜい。食べる材料とは違うぜい。」
「それは食材やで!しょくざい違いや!」
重々しく口を開いたダークの発言にマツオカが軽いボケを被せた。突然のボケにアカシが反射的に突っ込んだ。
いいセリフをみすみす潰されたダークが、マツオカの後頭部を焦げるくらい睨んでいる。
「目覚めてからどうするかは、どうやって彼に知らせるつもりにゃ?」
「それは彼に渡した手紙に全て書いてあるが、確かにいささかそれだけでは不安・・・・ダガネ?」
ダークの目を大きく見開いた。その視界の中にスッポリとクロの姿が入っている。只ならぬ気配を感じ、クロは腰を引かせ「なんにゃ?」と身構えた。
「おまぇ・・いや、黒猫さんは、これからどうするつもりダガネ」
ダークの丁寧な口調が、クロの不安を掻き立てたが、これからの事について前から決めていた決意を正直に口にした。
「彼と共に魔王様の所に行くつもりにゃ」
トリジンから『その後どうするかは、お前に任せる』という魔王の言葉を聞いたその時から、クロの気持ちは決まっていた。儀式が成功して彼がこの島を旅立ち、名を取り戻す旅に出るときは共に行こうと。
クロの発言に小人達はそれぞれに顔を見合わせ「決まりだね」と大きく頷いた。
「じゃ彼の事をよろしくお願いするダガネ!手紙だけでは不十分なところはしっかりカバーしてあげて欲しいダガネ!」
「最高の装備渡すから起きたら使い方教えたってな!」
などと口々にクロにお願いごとを伝える。「うにゃ」「わかったにゃ」と慌ただしく返事し終わってから、クロは小人達全員を見回した。
「私の事信頼していいのかにゃ?私は魔王の娘だにゃ」
小人達は再び顔を見合わせて、一斉にクロの方を向いた。そして全員が同じ言葉を口にする。
『我々はお前を信じては居ないよ』と前置きをして『・・・・でも君は彼の事裏切らないでしょ』といい全員が同じ表情で笑った。
それぞれの顔にもう迷いはない。
さっきまでぷるぷると震えていた彼らのケツの揺れも止まっている。
「出来れば目覚めるのを待ってから、色々直接伝えて送り出してやりたかったけどしゃーないね」膝をポンと叩いて勢いよくアカシが立ち上がった。
「限られた残りの時間の中で最大限の準備をして彼を送り出してやるダガネ!!」
「準備した最高の装備を残りの時間でさらに最高に仕上げてやるでー!」
アカシは自分の工房に向かって走り出し始めた。他の小人達もつられるように思い思いの場所に向かい移動をし始めた。
「よし!俺はひたすらみんなを応援やるぜーーーっつ!」
マツオカが小人達の後ろ姿を指さしながらポーズを決めた。その姿勢のまま誰か振り返るのを待っているが、全員が無視して振り返らない。
カレーは倒れてる少年を片手で担ぎ、ポーズを決めているマツオカの横を素通りしてものすごいスピードで小屋に向かって走り始めた。カレーの走りにより舞い上がった土煙によってマツオカを包み込んでいく。
カレーに担がれている少年は意識を失って全身が弛緩しており、高速移動による強烈な向い風にあおられ、ものすごい格好になっているにも関わらず、手にある破邪の剣は力強く握ったまま離さない。
「さて、儂も彼に渡した手紙の中身を遺言から伝言に書き直さなければダガネ」
土煙の中から同じポーズのまま現れたマツオカのピンクの帽子をを二・三回叩き、ダークはカレーを追って小屋に向かって走り始めるのであった。
黒い帽子の小人 → ダーク
赤い帽子の小人 → アカシ
白い帽子の小人 → ハクエイ
ピンクの帽子の小人 → マツオカ
青い帽子の小人 → アオキ
黄色い帽子の小人 → カレー
緑の帽子の小人 → グリン