『始まりの日』
ユグラシア大陸のずっと東にある孤島「ローエングリフ島」
そこは緑が豊富で、楽園のような小島。
ユグラシア大陸で毎日のように行われている、土地をめぐる人々や魔物の権力闘争もない。強力な結界に囲まれたこの島では、人を襲うモンスターどころか、人そのものも出現しない。
その為、俗世間から切り離されたこの島の事を知る者は少ない。
◇
ローエングリフ島の小高い丘の上にある真新しい墓の前に、それぞれ違う色の帽子をかぶった小人が7人立っている。
肩を震わせる者。
唇を噛みしめる者。
泣きじゃくる者。
表現の方法こそ違えど、それぞれが悲しみの感情をあらわにしてたたずんでいる。
小人達の外見は、老けた顔も携えた長い白髭も服の色までも同じであるが、唯一違うのは彼らが被っている帽子の色だけのようだ。
小人達が悲しみに包まれている中、場違いなほど穏やかに眠る新生児が一人、白い毛布に包まれて墓前に添えられている。生まれてそんなに時間が経っていないのであろう、眠っている顔は水でふやけたようにしわが残っていた。
「姫様・・・・。この子はワシらが立派に育ててみせますので、安心してお眠りください。」
赤い帽子をかぶった小人が、涙ながらに墓に手を合わせ祈っている。
それに続くように、他の6人の小人達も、無言で頷き手を合わせ祈り始めた。
「おい、俺様にも墓参りさせろ。」
突然小人達の背後から、野太い声が響き渡った。
その声は決して大きな声ではない。しかし、聞き逃す事を許されないような重さがある。
「なんじゃ!?」弾かれたように振り返った小人達の目に飛び込んできたのは、自分たちのすぐ後ろにいつの間にか立っている、背中に大剣を携えた大男の姿であった。
「辺境の魔王・・・・」小人達の顔に緊張の文字が浮かぶ。
辺境の魔王と呼ばれた男は、「よう!久しぶりだな」とゆったりとした口調で挨拶をしながら右手を挙げて手を振った。男の上げた右手に目線をやると、右肩の上に赤い瞳の黒猫が乗っており、静かに小人達の様子を見ている。
「憎き魔女テレシアの手先が何の用や?お前の獲物はもう死んだんや。ここに用はないはずやで!!」
赤い帽子の小人が怒声を上げたのを合図に、小人たちが一斉に臨戦態勢に入り身構えた。
男の肩の上にいる黒猫が小人達の殺気に反応して、毛を逆立てて唸り声を上げているが、それに対し男は、「おいおい、俺が殺したわけじゃないだろう。」と、小人たちの殺気を意にも介さず、涼やかに笑っている。
「確かにそうダガネ。だがしかし、貴様が魔女テレシアとの契約により、姫様を殺そうとしていたことは間違いないダガネ。」
黒色の帽子の小人が努めて冷静に声を絞り出しているが、その拳は怒りに震え強く握りこまれており、隠しきれない無念さがにじみ出ていた。
「まあな。」
短い溜息と共に、男は少し荒っぽく髪をかいた。
「魔族にとってはどんな形であれ、契約として結ばされたものは絶対遵守、ってのは、お前らも良く知っている事だろう? 」
言葉の中に苛立ちの感情を含めながら、男は言葉を続ける。
「辺境の魔王である俺も、例外ではない。」
男はそう言った後、小人達の後ろに見える墓石に視線を送った。
その赤い瞳にどのような感情を抱いているのか、小人達には知る由もない。
「憎き魔女テレシアが、貴様と契約する為に国中の民を生贄として使ったと聞いてるで。」
赤い帽子の小人が、無念そうに瞳を閉じた。他の小人達も複雑な表情をそれぞれに浮かべている。だが魔王は特に興味が無いのか、じっと墓石を見つめていた。
小人達から視線を外したまま、魔王が淡々とした口調で口を開いた。
「で、姫様は何で死んだ?」
その淡々とした口調が、小人達の神経を逆なでし、それぞれが異口同音に口を開こうとしたその時、
「この1年、貴様達からの襲撃に怯える日々で、姫様は心労で亡くなられたわよ!」
いの一番に、怒りに目を見開いた白い帽子の小人が吠えた。発言を奪われた格好になってしまった他の小人達も発言内容に相違無しと、何度も頷いている。
「心労・・・・ねえ。そもそもこの島に身を隠していたこの半年は、誰からの襲撃も受けず平和に暮らしていたと思うのだが?」
魔王と小人のやり取りの間に黒猫は落ち着きを取り戻し、魔王の肩の上で大きなあくびをしながら事の成り行きを静かに見守っている。
「それにあの姫様がそんなにか細い神経しているとは思えんよ。」と言いながら、男の視線が小人たちを値踏みするように動き始めた。
そして、小人たちの一番後ろに立つ青い帽子の小人のところで、ふいに視線が止まった。
次の瞬間、男の赤い瞳が怪しく光る。
「!!?」
次の瞬間に突風が吹き、青い帽子の小人が抱きかかえる赤子の姿が露わになった。
慌てて青い帽子をかぶった小人が、赤子を男の視線から外すため体を覆いかぶせる。
「そのガキ産んで、死んだのだろ?」
男は赤子の方向を指さして、意地の悪い笑みを浮かべた。
黒猫は赤子には興味を示さず、笑った魔王の顔を少し驚いたように見つめている。
「はて?なんの事ダガネ?この子は、たまたま昨日儂らの島に流れ着いた子ダガネ。お前が思うような子ではないダガネ。」
黒い帽子をかぶった小人が、穏やかな口調で告げた。
「お前全員の様子見てたら誰でも分かるさ。お前らは昔から嘘が下手だよ・・・・な!」
言い終わるやいなや、辺境の魔王を中心に再び突風が吹き荒れた。突風に包まれた小人達は一時的に視界を奪われてしまう。
一瞬の突風であったが、『な!!!!』小人達が一斉に驚きの声を上げた。青い帽子の小人が抱いていた赤子が、一瞬の間に男の手に抱かれていたのである。
慌てて取り返そうとする小人達を、「させぬわ!」と男の強烈な赤い眼光が制した。
「う、動けん・・・。」
男が眼光から発する強烈な波動を前に、小人達は金縛りにあったかの様にピクリとも動けなくなってしまった。なんとか動こうと必死にもがいてみるが、指一つ動かすことが出来ない。
男の腕の中ですやすやと眠り続ける赤子の顔を、黒猫が男の右肩の上から不思議そうな表情で覗き込んだ。
「お前らの態度でこのガキが特別だってすぐにわかったよ。まあ、安心しな。俺様とテレシアとの契約は姫様が死んだことで終わっている。このガキを殺すことは契約外だ。」
「ほ・・・・ほんまやな?」
赤い帽子の小人が声を絞り出した。
それに対し男は、無言で手をひらひらと振って肯定の意思を伝えながら、腕の中の赤子をまじまじと観察し始めた。
「このガキ、肌の白さは母親似だが、この顔の形は父親似だなあ。」
男は無防備に寝顔をさらす赤子の輪郭を指でなぞっている。
明らかな動揺が小人たちに走る。
小人達は気づいていないが、いつの間にか金縛りは解けているようだ。
「貴様!?どこまで知ってい、ふぐっ!!」
ピンクの帽子をかぶった小人の口を、慌てて黒い帽子の小人が塞いだ。
「あれ?身体が動く?」塞いでからようやく自分たちの身体が動くことに気付いた。
「隠さなくても分かるさ。このガキが姫様の子供なら、このガキの親父は、ヤツ一人しかおるまい。」
そう言うと、男は無造作に赤子を小人達に投げ返した。
投げられた赤子を慌てて赤い帽子の小人が受け止める。抱きとめて直ぐに赤子が息をしているか確認し、その吐息を感じて安堵の表情を浮かべた。
男はそんな様子をニヤニヤ笑いながら見ている。
「折角辺境の魔王様がここまで来たのだ、嫌がらせ位はさせてもらうぞ!」
男は叫びながら背中の大剣に手をかけた。
その瞬間、柄を握ったその手から焼けるような音と共に、激しい蒸気と肉が焦げる臭いが立ち上った。 慌てて黒猫が肩から飛び降り、魔王の足元へと逃げ込んだ。
「ぐああああ!!!!」
絶叫と共に大剣を引き抜くと、背中から大量の鮮血が噴射して辺りの地面を赤い血が染め上げる。
男が背中に携えていたと思われていた大剣は、実は男の背中に深々と刺さっており、まさに今、それを力任せに無理矢理引き抜いたのであった。
傷口から噴出した大量の鮮血と共に、焦げ臭いにおいが辺りに充満し広がっていく。
「そ・・・・、その剣はまさか、勇者の破邪の剣!?」小人達がざわつき始める。
「ちょっと前に俺様に挑んできた勇者ふぜいを、返り討ちにしてやった時の忘れ形見だ。」
そう言いながら男は、自らの足元に破邪の剣を突き立て、剣身を地中深くまで刺し込んだ後、握っていた剣の柄から手を放した。
その両手のひらからは、手を離した後も激しく白煙が立ち上っている。
「バケモノめ!その剣は並の魔物なら剣の柄に触れるだけで消滅してしまう程の代物なのよ!」
白い帽子の小人が目の前の光景を信じられないという表情で見ている。
「バケモノとは、私にとって最高の賛辞だな。」
男はにやりと笑うと、足元の黒猫を拾い上げ赤子の方へ投げた。
―――次の瞬間、複雑な術式が描かれた魔法陣が展開され、赤子と小人達と黒猫を呑みこんだ。
「これは!?呪いの魔法陣!?」
「ワシらを呪い殺すつもりか!?」
「せめてこの子だけでも!」
赤い帽子の小人が魔法陣の外に赤子を出そうと試みるが、出すことが出来ない。
まるで見えない壁に阻まれているかの様である。
「俺様が作成した魔法陣だぞ。発動した以上簡単には破る事は出来ないよ。」
言いながら、男は魔法陣に魔力を込めると、一瞬で魔法陣上に膨大な光と風が広がる。
そして次の瞬間、空に広がった光が赤子を中心に収束し始めた。
「貴様!!初めからこの子が狙いやな!」
赤い帽子を被った小人の悲壮な叫びが虚しくこだます。
それから間もなくして光は赤子の中に完全に収束し、光の消失と共にその儀式は終わりを迎えた。
言い知れぬ不安感に苛まれながら小人達は赤子を覗き込むと、何事も無かったかのように健やかに眠る赤子の姿を見て、一同ほっと胸を撫で下ろしたのであった。
「安心するなよ。お前ら呪われてるんだからよ。」
男は意地悪く笑う。
「そのガキが16歳になった時に、この剣を抜かせろ。この剣に認められ、見事抜ければお前らの勝ち。抜くことが出来なければ、ガキの命は無い。」
「!?なん・・・・だと!」
「あ、そうそう、見事その剣が抜ければ、お前ら小人の命は無くなるから。」
男はなおも意地悪く笑う。
「姫様の忘れ形見をちゃんと育てるんだぞ。剣が抜けたらお前ら死んじゃうけどね--!!」
下品な笑い声だけがその場に響いている。
小人達は突きつけられた現実に、ただうつむいてじっとして唇を噛む事しか出来ない。動けない小人と達を見て、男は満足そうな笑みを浮かべた。
「監視役として、出来の悪い俺様の娘を呪いの中に組み込んでおいた。余計な事をしようものなら、そくざにガキの命は消滅すると思え。」
黒猫が男と小人の間に割って入り、男と同じ色をした赤い瞳で小人達を見上げた。
「その黒猫が監視役ということか。」
小人が恨めしそうに黒猫に視線を送るが、黒猫は挑発するかのように毛づくろいを始めている。
「おい、そこの赤子を抱いた赤い帽子のお前、そのガキの名前を言ってみな。」
促され小人は赤子の名前を言おうとする。
・・・・言おうとするのだが、名前が出てこない。
「そんな!この子には姫様がお付けになられた立派なお名前が!この子の名前は・・・・、名前は・・・・、あかん思い出せされへん。」
他の小人達もそれぞれに赤子の名前を思い出そうとするが、どうしても思い出すことが出来ない。
「これも貴様の呪いのせいか。」
すっかりと落胆した小人達の様子を、男は満足そうに見やっている。
「ま、名前を返して欲しくば、その破邪の剣を抜いて俺様を殺しにくる事だ。俺様を殺せば返してやるよ。」
「・・・・・・」
小人達は沈黙している。
その横で黒猫がつまらなさそうにあくびをしている。
突如、男の足元から白煙が上がり、男を包み込み始めた。
「というわけで用も済んだし空間転位魔法でさっさと帰るわ。16年後が楽しみだ。」
「待て!この子が!儂らが何をしたというのじゃ!?」
煙に向かい小人が叫ぶ。男は煙に完全に包まれ、その姿はシルエットでしか視認する事が出来ない。
「だからさっき言ったじゃん。ただの、い・や・が・ら・せ♪」
その言葉を最後に空間転位魔法が発動し、男の姿は完全に消失してしまった。
代わりに先程まで辺境の魔王がいた場所には、地中深くに突き立てられた剣だけが残されている。
「最悪だね。」
突然発した黒猫のその一言が、取り残された小人達の現状を完璧に言い表していた。
仕事の合間にせこせこ書いてます。寝なくてもいい身体になりたい、、、。