勇者のお供をするにあたって・37
カーラン・スーの街は至る所に篝火が掲げられ、夜にも関わらず昼間の様に明るかった。
また、最初に訪れた時に見せた廃墟の様相など微塵も感じられぬ程に活気に満ち溢れている。
道行く人々の顔はどれも笑顔で、広い街道にはところ狭しと店が立ち並び、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが漂っていた。
フレアの自宅を出てからというもの、何も口にして居ない私達はそれらの匂いに釣られて、さしずめ飢えたゾンビの様にあっちにフラフラこっちにフラフラと店から漂う匂いの軌跡を辿っていた。
自分達の分は自分達で払うと言う私達と、全て僕が持ちますと話すセトスとで若干の押し問答があったものの、結論からすれば結果としてその押し問答は時間の無駄であり、私達はお金を全く使わずに美味しい物ツアーを満喫する事になる。
と言うのも、私達が店の前を通る度に立ち並ぶ店の人々に呼び止められて、お礼と共に様々な物を頂いた。
代金を払おうとするも、とんでもない、と強引に話しを打ち切られてしまう始末。
オマケに、一度呼び止められると数メートル歩くだけも一苦労であった。お礼と共に食べ物を渡されている間に、その後ろではまるで順番待ちの様に食べ物を手に持った人々の行列が出来るのである。
言わずもがな、それらの人々の持ち寄った物は私達へと手渡される。まるで貢ぎ物でもあるかの如く。
故に、さっさと場を切り抜ける為、代金云々に言及して時間を食う事を途中で放棄し、厚意を素直に受け取る事にした。
時間を掛ければ掛ける程、行列が長くなるから。
そんなこんなで、街に出てほんの僅かな時間で私達は大量の在庫を抱える事になる。
厚意を無下にも出来ず、差し出される貢ぎ物を全て受け取っていた結果、とっくに私達の胃袋のキャパシティをオーバーしてしまったのだ。
かと言って捨てる訳にもいかず、腹を満たした後は最終的にジャズを呼び、大きな布で一つに纏めて全てジャズの背にくくりつけた。
そうして、小間使いの様な扱いを受けたジャズが少し不満そうに一鳴きして、王宮のバルコニーへと飛び去って行く。……ごめん。
それ以降は自重して、お礼の言葉を受け取る事だけに留める
様にした。
と、まぁ、私達の人気はカーラン・スーに於いてウナギ登りである様だ。
勇者と名乗っては居ないにも関わらず、ロゼの人気は相変わらずなのだが、そんなロゼよりもカーラン・スーではクゥの人気が絶大であった。
街の人々の話しを聞いたところによれば、オアシス周辺に住む人々の口から口へとクゥの戦いっぷりが伝え広まった様である。
あの大蛇、―――名をオンフィスバエナと言うらしいのだが、―――あれは元々、オアシスの守り神、水神としてカーラン・スーでは言い伝えられていたのだそうだが、言い伝えとは異なり、現れたオンフィスバエナは魔に堕ち、人々を苦しめる元凶となってしまっていた。
そんな堕ちた水神と互角に渡り合うクゥの強さと、元々の可愛らしさが相まって、クゥは一躍カーラン・スーの人気者となっていたのだ。
そんな話を熱く語る人々の中には、クゥをカーランの守り神、女神と呼ぶ者まで居た程だ。
それを横で聞いていたセトスが、『あれは本当に神々しかったですからねぇ』と、あの時の情景を思い出すかの様に呟いていた。
セトスの言うあれとは、おそらくクゥが竜王ザ・ワンの翼を生やし、その大咆哮をもってして黒雲を吹き飛ばした時の出来事であろう。
クゥを中心に雲が円形の穴を空け、広がり、同時にカーランにとっては数日ぶりとなる陽光が溢れ、その光が祝福するかの如くキラキラとクゥを照らしていたそんな光景。
カーランの人々はそこに女神を見たのであろう。
魔族から女神へ。大出世である。
まとめると、ロゼはオンフィスバエナにトドメを刺した英雄で、クゥは災厄を吹き飛ばした女神、そして私は猛獣使いである。
猛獣使いって……。
多分、あの戦いの直後にジャズを呼び寄せたのがそう思わせる要因になったのだと思うけど、猛獣使いって……。
あの戦いで私は何の役にも立っていないので妥当な評価ではあるか。
もしここに先代が居たら腹を抱えて笑い転げていたところだろう。
まぁ、それはともかく、魔族の評価が良くなったのは喜ばしい事である。
現にクゥは、今もカーランの人々に囲まれ崇め奉られている。
傍目に、何かの怪しい宗教の様だが気にしてはいけない。
形はどうであれ、魔族が人間に認められ、受け入れられているという事が重要なのである。
そう、今まさに、ここカーラン・スーでクゥ教が誕生した瞬間なのです。
その後も私達はカーラン・スーを見て回った。
オアシスでは『皆さんの活躍は必ず後生に語り継ぎます』、いっそ銅像を! と息を巻くセトスの乱心や、クゥ教への入信希望者などの一悶着もあったのだが、何のかんのと楽しく過ごしていた。
そうして催事を楽しんでいた私達に、それは前触れなくやって来た。
魔王の剣にして、従順なるシモベ。
悪魔達がその姿を現したのだ。
それがやって来たのは私達が広場にて、演劇【英雄と大蛇】を観劇していた時の事である。
この演劇、どうやら今回の戦いを元にして即興で作られたものであるらしい。
劇団長と名乗った男性が、『是非見ていって下さい!』と声を掛けて来たので、了承し、促されるままに舞台の前面、特等席へと導かれて現在に至る。
暗雲と共に、オアシスに異変が起こり、国中が謎の病に侵されていく。
緩やかに破滅へと進んで行く祖国に、人々は絶望し、生きる希望を失う。
そんな中、国に現れたのが三人の英雄達である。
英雄達は国の異変に気付き、立ち上がった。
しかし、元凶とおぼしきオアシスの浄化を試みる英雄達の前に現れたのは大魔獣オンフィスバエナであった。
だが、英雄達は臆する事なく巨大な怪物に戦いを挑む。
女神が災厄を聖なる力で振り祓い、英雄が全霊の力をもって怪物を凪ぎ払う。(――――あれ? 私の出番は?)
そうした激闘の末、英雄達は魔獣を退治しオアシスの浄化に成功する。
こうして国に再び平和が訪れたのだ。(……私の)
と、まぁ、劇の中身は概ねこんな感じである。
ハッキリ言って恥ずかしい。来るんじゃなかったと後悔した。
劇自体は自分達の事とは言え、脚色も多分に含まれていたので楽しく見れた。それは別に問題ない。後半、私の出番が無かったのも別に良い。気にしてない。
問題なのはその後。
劇が終わると広場は拍手喝采であったのだが、普通、舞台上の役者に送られる筈の拍手が、何故か観劇していた私達に向けて送られてくるのである。
中には大粒の涙を流して感謝の言葉を叫ぶ者も何人か居た。
なんだこれは?
どうしてこうなった?
羞恥に身を焦がす私達の様子を、他人事の様に見ていたセトスが小さく笑った時。
舞台上に設置された背景が突然、衝撃音と共に燃え上がった。
その突然の出来事に、広場の人々から動揺の声が上がる。
『おいおいおい、こりゃどうなってる!?』
そんな声を吐き出しながら舞台の上に降り立ったのは二人の男性。
『おい! どうなってんだ糞眼鏡!』
『俺に言われても知らんよ』
舞台の上で、そう軽口を叩き合う二人。
姿と同時に認識出来た強い禍。
「まさか……大悪魔!?」
その私の声にいち早く反応したのは舞台上の二人であった。
『おー、俺達を知っているみたいだぞ』
『隣の子、超可愛い』
『うるせーよ! ロリコン眼鏡! 可愛いけども!』
再び軽口を叩き合う二人。
何故、大悪魔がここに。
『お前ら何者だ? 強い禍を持っている様だが人間じゃないのか?』
絶対王者を抜きながらロゼが問い掛ける。
『おい! 糞眼鏡! あの剣!』
『うん、間違いない絶対王者だね』
『マジかー。ビブロスのデブった様子見に来たら勇者と遭遇するとは! ラッキーじゃね?』
『おい! 質問に答えろよ!』
絶対王者を指摘され、少し驚いた様子のロゼがもう一度、質問を投げ付ける。
『ふっ、ならば答えよう! 俺は魔王様に仕えし11番目の剣・カズマ! 人呼んで黎明のカズマ!』
不敵に笑い、大槌を肩に掲げた一人の大悪魔が名乗りを上げる。
『同じく魔王様に仕えし10番目の剣・カズキ。宵闇のカズキ』
次いで、丸眼鏡をクイッと中指で上げた大悪魔がそう名乗る。
余りにも唐突であったのだが、遂に、懸念していた魔王の剣たる大悪魔達が姿を現したのだった。