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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅳ章【勇者ロゼ・後編】
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勇者のお供をするにあたって・35

 セトスに案内され、辿り着いたのは王宮内のとある一室。セトスが『どうぞ、こちらです』と扉を開け、私を部屋の中へと促した。

 部屋へ足を踏み入れると、中は殺風景ではあるものの清潔そうな広い室内となっており、幾つか並べられたベッドのその一番奥。リトルマザーとの戦いで重症を負った筈のフレアがベッドの上で胡座をかいて座り込んでいた。

 彼女はこちらに背を向け、すぐ側にいる人物と何やら話している様子であった。着ている服からして王宮の女中だろう。



『せやから、もう治ったって言うとんねん!』


『そう言われましても、貴女は重症だったのですよ。いくら治ったと言われても、はい、そうですかと帰す訳には行きません』


『融通の利かん姉ちゃんやなぁ』



「……あなた何をやってるの?」


『うわ! ビックリした!』

 話しから何となくフレアが駄々を捏ねているのだと察し、少しキツい口調で声を掛ける。

 話しに夢中だったのかフレアは私が入って来た事に気付いていなかったらしく、声を掛けると驚きの声と共に勢いよくこちらに振り向いた。


「駄目よフレア。ちゃんと言う事を聞かなきゃ」


『あんたはウチのオカンか。あ、それともお母さんの心配してくれるんか? ウチ感激やわ。―――なぁなぁ、マロンがウチの事』

「嫌です」


『……照れとるん?』

「嫌です」


『なんやねんもう! 素直にお母さんって呼んでや!』

 そんな私達のやり取りを少し呆けた様子で眺めていたセトスが口を挟んでくる。


『マロンさんのお母さんだったのですか? 随分お若くみえたのですが……』

 盛大に勘違いしたセトスの言葉に、うんうんと女中が頷く。


『そうやで』

「違います」

 私とフレアが同時に返事をする。


『なんやねん! 継母は嫌なんか!?』


「何勝手に先代と夫婦になってるんですか? いや、そもそも私は先代の娘ではないです」


『こーゆーんはな、気持ちが大事や』


「私の気持ち丸っと無視して何言ってるんですか?」

 目を瞑り、感慨深そうに胸に手を当てるフレア。

 そんなフレアに、あれ? と違和感を感じた。


「腕……生えたんですか?」


『生えるか!』

 何を馬鹿なと甲高い声でフレアが否定する。


 先の戦いで失った筈のフレアの右腕がすっかり元通りになっていたのである。

 流石200年を生きる魔女。あのリトルマザーと互角に渡り合う程の実力を持つ彼女なら、腕の一本や二本位は自力で生やせるのかと思ったがどうやら違うらしい。


『何や知らんけど、ウチが寝とる間にアイツが来てくっ付けて行きおったらしいで』


「アイツ?」


『ほれ、メフィストなんちゃら』


「メフィスト・フェレスが? 何故彼が?」

 私の質問にフレアが横の女中に説明を求める様に顔を向ける。


『はい、二時間程前に突然いらっしゃいまして、お礼だから、と仰られて。それで、フレア様の腕を治した後、直ぐに出て行かれました』


「彼は他に何か言っていませんでしたか?」


『いえ、特には……』


「……そうですか」

 本当にお礼の為だけにフレアの腕を治しに来たのだろうか?

 そもそも失った腕を元に戻すなど……。


「そんな事、可能なんですか?」


『ウチは無理や。と言うか腕を再生させるなんてのは、魔法生物の固有能力を除いて、普通は出来る様な芸当やない。魔法や魔術に至っては禁術の類いや。―――アイツ、マロンが思っとるより厄介かも知れんで?』


 メフィスト・フェレスが人工生命体(ホムンクルス)の研究をしていると知った時点で、彼が異常なのは薄々気付いていたが、禁術にまで手を出しているとは……。

 一体、彼の目的は何なのだろうか?

 そんな危険人物と先代がどういう意図を持って繋がっているのか……。



「その腕……」


『ん?』


「彼からの贈り物なら危険な物かも知れないし、切ってしまった方が良いんじゃないかしら?」


『おっそろしい事言いよんなぁ! 嫌に決まっとるやろ!』

 勿論冗談なのだが、妖しげに頬笑む私にフレアが右腕を庇う様に体を引き、セトスと女中が悪魔でも見る様な視線を私にぶつけてくる。

 いや、冗談ですからね?


「まぁ、それは半分冗談として」

 私の言葉に驚愕の表情を浮かべたフレアと女中が、半分本気なのか!? と同時に小さく呟くが無視する。


「彼が色々と厄介な種なのは間違いないですね。リト―――彼女も彼を追ってここにやって来た訳ですし、今後、メフィスト・フェレスを追うとなると彼女ともまた鉢合わせとなる可能性もあります」


『今のままのマロン達では、あの猿には勝てんよ? ―――そうやな、せめてロゼが力を百パー引き出せんとお話にならん』


 フレアの言葉に私は小さく溜め息をつく。

 私を含め、各人の力不足は十分に承知している。かと言って、歩みを止めるつもりは無い。ロゼがそれを良しとしないだろう。

 平和な頃ならばいざ知らず、今は魔の悪意が世界を覆っている。

 ラヴィールも、カーラン・スーも、ロゼが立ち止まっていては救えなかった。

 どちらも運が味方した事も大きな要因ではあるが……。


『それはそれとしてやなぁ』

 女中に顔を向けてフレアが口を開く。


『もうええやろ?』

 もういい、とはおそらく自身の体についての事だろう。

 私が見た限り、右腕を含めフレアの体に怪我らしい怪我は見られなかった。つい数時間前は死にかけていた彼女だったが、魔力の回復に伴い、自分で治癒魔法でも行使し、治してしまったのだろう。

 しかし、それが出来たのも王宮での手当てのお蔭という自覚がある為か、一応のお伺いを立てている、という状況である。


 フレアの言葉を受け、女中が僅かに困惑しながらセトスに視線を送る。


『まぁ、そうですね。本人が大丈夫と言うなら良いでしょう。でも、余り無茶はしないで下さいね』

 セトスが女中に代わりフレアにそう告げる。


『おおきに』

 軽快に笑い顔を作ったフレアがセトスに礼を返す。

  

『それでどうしますか? 催物までにはまだ少し時間がありますが』


「フレアの様子も確認出来ましたし、一度、部屋に戻ろうかと」


『分かりました。では、私が部屋までお送りします。ベッドは空いてますから、フレアさんもどうぞ』


「ありがとうございます」


 こうして、セトスに連れられロゼとクゥの待つ部屋へと向かい始めた。






『え!? あの青年が勇者なのですか!?』

 部屋へと向かう道中、セトスが私達の旅について触れてきた為、正直にロゼの事を話した。この国の王子であるセトスには隠す必要も無いだろうし。


「ええ。ですが、出来れば国王様以外には内緒でお願いします。ロゼは注目を浴びるのは苦手らしいので」

 勇者として持て囃され、その度に苦笑いで応えるロゼを思い出し、小さく笑いながらセトスにそう話す。


『分かりました。その様に』

 柔らかく微笑みながらセトスが返事をする。



 そんなセトスに、同じ王子であった頃のミラとは随分印象が違うと感じる。まぁ、当然といえば当然なのだが。

 両者とも整った顔立をしているが、ミラは元来の吊目と遊び人然とした風体が相まって、王子にも関わらず少し軽い印象を受ける。それが彼らしさでもあるので、悪い訳では無いが王子としての威厳は無い。


 対して、セトスは物腰の柔らかくどこか気品が漂う男性だ。しかし、その実、魔獣と対峙した時に見せた堂々たる態度と強さも持っている。

 優しく強い王子様と云った所だろう。ミラとは真逆と言っても良い。


『と、ところで一緒に居たあの子は魔族なのですよね?』

 少し顔を赤くしたセトスがちょっと慌てた様子で視線を逸らし、クゥについて聞いてくる。勇者の仲間が魔族という事に少し怒っているのだろうか。


「はい、彼女は魔族です。ですが―――」

 少しぶっきらぼうにそう答え、反論しかけた私の言葉をセトスが慌てて遮る。


『あ、いえ、違うんです。決して悪い意味で言った訳ではありません。彼女がこの国の為にあの巨大な魔獣と戦う姿は僕も見ていましたから。彼女が悪人などとは露程も思ってはいません。父もそう言っていました』


「……そう、ですか」


『すいません。気に障ったのなら謝ります。ただ、ちょっと確認したかっただけで。他意はありません』


「魔族の彼女を信用してくれるのですか?」


『勿論です。あの黒雲を消し飛ばした時の彼女は、神々しささえ感じた程です。それに……』

 セトスがそう言ってから少し言い淀む。


「……それに?」


『それに彼女の為に怒る、優しいあなたが大切に想っている人なのです。悪人である筈がありませんよ』


 私の目を真っ直ぐ見つめ、セトスがそう微笑む。






『ウチ、邪魔者やろか?』

 背後でフレアが小さく呟いた。

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