勇者のお供をするにあたって・33
大爆発と共に砂埃が舞い、辺りを覆い隠していた。
その為、爆発の中心にいたフレアの様子を伺えない。
『クソッ!』
私達を包む泡の結界に向け、絶対王者を握ったロゼが何度目かになる斬撃を放つ。
しかし結界の中は狭く、全員が密着している事もあってか、ろくに力も込められず、依然としてフレアの行使した結界の破壊には至っていなかった。
だがこれは、逆に言えばフレアはまだ無事である、と云う事でもあるのだろうか?
無事だからこそ未だにフレアの結界が残っているわけで……。
私がそう考えていると、唐突に泡の結界が割れた。
途端、私達の周囲を砂埃が覆い、目の中に砂埃が無遠慮に侵入してくる。
ロゼが割った訳ではない。勝手に割れたのだ。
その事に不安を覚え、フレアの名を呼ぶ。
口の中に入った砂埃がジャリジャリと口の中で音を立てるが、構わず、尚もフレアの名を呼び続けながら、最悪の視界の中でフレアの居た付近を目指し歩を進める。
少し進んだ所で、慌てていて気付かなかった魔法の存在を思い出した。
一気に詠唱する為に深く呼吸した事で、砂埃を吸い込み酷く咳き込んだ。
カーラン・スーの汚染されたオアシスの水と雨を受け、殆ど空になってしまった魔力を振り絞り、何とか顕著させた風により砂埃を吹き飛ばす。
そうして、爆発直前よりも後方、とんがり帽子を無くした満身創痍のフレアが立っていた。
フレアに駆け寄りながら、直ぐに回復魔法の詠唱を始める。
頭から血を流す彼女に回復魔法を施すが、お世辞にも私は回復魔法が得意ではない。オマケに魔力は枯渇中。精々、軽い止血程度の効果しかないだろう。
直ぐ側まで駆け寄った私をフレアが左手で軽く押し、『下がっとけ』と口を開く。
まさか、と思い爆発の中心部に目をやると、ロゼとクゥがこちらに背を向け前方を警戒する様に構えて立っている。
その先。
小さな黒い体が見えた。
砂の大地に血を滴らせながら、フレアがリトルマザーへと向かい始める。
そんなフレアをロゼとクゥが慌てて引き留める。
『ウチの喧嘩や、自分らは下がっとき。クソ猿が、右腕の落とし前をつけたるわ』
冷や汗を垂らしながらケケケと笑うフレアの右腕は、肘から先を失っていた。
『もう十分です。後は俺達が』
『自分らもあの蛇相手にして、もうろくに動けんやろ。ええからウチに』
『それはお互い様です。フレアさんももう魔力切れでしょうに。ま、それはアイツも同じみたいですが』
そう言ってロゼがリトルマザーへと目を向ける。
リトルマザーもまた満身創痍といった様子で、右腕は肩から先が吹き飛んでいた。
『ケケケ、アホ抜かせ。そんなもん気合でどうにかしたるわ』
そうやってやせ我慢のフレアが左手に魔力を込めるが、端から見ても一目で分かる程にその魔力は弱々しい。
『キィアアアァァ――!』
直後、肩で息をしていたリトルマザーが甲高い声を上げた。
『何だ!?』
突然響いた高く長い絶叫に、全員が耳を押えながらリトルマザーを注視する。
『あかん、早よ逃げぇ。このままここにおったら全滅や』
「だったらフレアも一緒に!」
『アホゥ! ウチまで逃げたらアイツらカーラン・スーに向かいよるで!』
『……アイツら?』
『何でもええから早よ逃……げ……!』
言いながらフレアがヨロヨロと倒れ込む。
それを慌ててロゼが支える。
『叫んだら目眩がしてきたわ。血が足らん……』
『魔獣! いっぱい! 囲まれてる!』
フレアがそう愚痴った直後に、クゥが叫んだ。
『ほれみぃ、言わんこっちゃない』
今にも意識を失いそうなフレアが、消え入りそうな小さな声で呟いた。
そうして、私達の前に姿を現せたのは数百にものぼる魔獣の群れであった。
「これは!? まさかさっきの絶叫はこれを?」
『こっちは全員ろくに戦えないってのに。やってくれるぜあの猿!』
忌ま忌ましそうにリトルマザーを睨みながら、ロゼが悪態をついた。
そんなロゼの視線に、リトルマザーが小さく微笑み、告げる。
『私の勝ち……ふふふ、じゃあね』
そう言い残して、リトルマザーは鳥型の魔獣の背に乗り去っていってしまった。
『あの野郎……!』
「落ち着いてロゼ。とにかく、何とかこの場を切り抜けないと……」
『ああ、そうだな。……だが、逃げる訳にはいかない。フレアの言う通りなら、逃げればコイツらはカーラン・スーに押し寄せる事になる。――――ジャズ、お前はこの人を頼む』
ジャズの背に、いつの間にか気を失ってしまっていたフレアを乗せ、頼むぞ、とロゼが声をかける。
『さぁ、正念場だ。一丁気合入れて乗り切ろうじゃないか!』
絶対王者を構えながら、不敵にロゼが笑う。
私は魔力切れ、ロゼも聖霊力をほぼ大蛇のトドメに回したので残ってはいないし、少し時間が立ったとは言え、クゥも大蛇との長時間の戦闘でスタミナに余裕はない。
状況は最悪であった。
『ロゼ……』
不安そうなクゥがロゼの腕をとる。
『オデコで良いから……』
そう言ったクゥが目を瞑り、ロゼの顔へと自らの顔を近付ける。
『お、終わったらな』
何を求められているのか悟ったロゼがそう言ってお茶を濁す。
『ケチ!』
クゥが頬を膨らませて拗ねた。
「終わったらしてくれるらしいわよ? これは意地でも切り抜けなきゃねクゥ」
『……へへ、そうだね』
『マジかよ……』
嘘だろ、とロゼが天を仰いだ。
そんな緊張感の欠片も無い私達に、空気の読めない魔獣達が次々と襲いかかってきた。
魔力が枯渇している私は魔法での迎撃を諦め、護身用に所持していたナイフを抜く。
しかし、近接戦闘など私に出来る筈もなく、ただただ魔獣の攻撃を避けるだけ。全くの役立たずである。
ロゼは何とか魔獣相手に立ち回っているが、普段の彼と比べればその動きは極端に鈍い。
クゥは戦闘が始まった最初こそ、顕著させた手甲を装備し、魔獣を蹴散らしていたが、五分も経たずに息が上がり始め、いつの間にか手甲も消えてしまっている。
どうやらあれは少なからず魔力を消費する様で、その消費量こそ微々たるモノである様なのだが、今のクゥには出現させているだけで疲れるシロモノであるらしい。
そんな中で、獅子奮迅の活躍を見せたのが、フレアを担いだジャズであった。
ジャズはその巨体を活かした尾により、飛び掛かってくる犬型の魔獣を叩き伏せ、口から吐き出した炎でトカゲ型の魔獣を焼いていった。
流石はドラゴン、流石はミラの隠し玉、と言った所である。
とは言え、数百の魔獣を相手取るにはそんなジャズをもってしても荷が重い話である。
ジャズを一番の脅威と見なした魔獣達が、ジャズを囲む様な陣形を取り始める。
それに合わせて私達も自然とジャズの周囲を固める。
空を飛ぼうにも、頭上には数十の鳥型魔獣が陣取っていて迂闊に飛び立てない。
そうして、数の利を活かした魔獣達にジリジリと追い詰められていく。
かなり厳しい。
一か八か、ジャズの背に乗り一旦、離脱して態勢を立て直すか……。
しかし、それをするにも頭上を飛び回る魔獣が邪魔だ。
どうするべきかと必死に思案していた時、頭上の魔獣が数体吹き飛んだ。
間髪入れずに地上の魔獣も何体か吹き飛ぶす。
『何だ!?』
ロゼが驚きの声を上げるのと同時。
『突撃――!』
後方から怒声が響き、次いで大きな雄叫びが聞こえてきた。
声の方へ振り返る。
「あれは……カーラン・スーの兵士?」
驚く私達の目に映ったのは、武器を掲げ、雄叫びを上げながらこちらへ迫ってくるカーラン・スーの兵士達の姿であった。