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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅳ章【勇者ロゼ・後編】
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勇者のお供をするにあたって・31

『ロゼ―! マーちゃ―ん!』

 喜色満面の顔をしたクゥが上空から降りてくる。

『うごぉ!』

 弾丸の様な速度で。


『ご、ごめん』

『お、おう。気にするな。それより良く頑張ったな』

 ロゼが強打した胸元を押えつつ、空いた手でクゥの頭を撫でる。

 撫でられたクゥはとても嬉しそうにそれを受け入れる。

 背中から生えた翼がクゥの気持ちを代弁するかの様にぱたぱたと動いた。


 そんな二人の様子は微笑ましくもあるが、同時に不安も覚え、私は小さく溜め息をついた。


 私は本当に何をやっているのだろう。

 肝心な所で役に立たない。何も出来ない。二人を死なせない為に旅に同行したのでは無かったのか……。

 今回は竜王に与えられた御守りがクゥを、しいては私達を守ってくれた事が大きい。

 しかし、それもクゥの頑張りがあったからこそであるし、最後は勇者たるロゼの活躍である。

 私は何もしていない。ただ二人に守られていただけ。

 つくづく自分の無力さが嫌になる。

 私はただダラダラと800年を過ごしただけの様だ。心の何処かで妖精王という肩書きに胡座をかいていたのだろう。自分は王だから、どんな困難とて何とか出来ると、そんな風に感じていたのかも知れない。

 邪魔にはならないから旅に同行させてなどと、良く言えたものである。邪魔にしかなっていないではないか。


 もっと……もっと強くなりたい……。

 二人をどんな窮地からも助けられる位に強く……。誰にも負けない位に強く……。


『マーちゃん?』

 目を瞑り、考え込んでしまっていた私に心配そうなクゥが声を掛けてきた。いつの間にか翼は消えている。

「何でもないわ」

 微笑えみながらクゥに返す。強くなりたいと思った矢先、心配されていたのでは世話ない話である。



『じゃあ、一件落着した所で人探しといきますか』

 オアシスを眺めながらロゼが告げる。

 双頭の大蛇を倒した事で、オアシスの水は先程までの様相からすっかり様変わりし、今はクゥの吹き飛ばした雲に遮られる事もなく、太陽からの光りを受けた水面がキラキラと輝いていた。


『はーい』

「ちょっと待って。二人とも疲れているでしょ? メフィスト・フェレスを探すのは少し―――『おや? 私をお探しだったのですか?』

「―――ッ!」

『うぉッ!?』

 何処からともなく現れたメフィスト・フェレスが私達を覗き込む様にして隣に立っていた。


「い、いつからいたのです!?」

『いつからとは、この国に、と言う事でしょうか? この国に着いたのは一昨日ですね。少し調べたい事がありましたもので』

 聞いてもいないてんで的外れな事をフェレスが嗤って話す。


『あんたがメフィスト・フェレスか?』

 訝しげな顔をしたロゼが尋ねる。

『ああ、これは失礼しました。勇者ロゼフリートさんに奥方のクゥさんですね。はじめまして、私が皆様お探しのメフィスト・フェレスで御座います。しがない凡人のワタクシですが、どうぞお見知り置きを』

 片手を上げ、芝居染みた態度で頭を下げたフェレスが挨拶する。

『ああ、よろしくフェレスさん』

『メフィストで結構ですよ。勇者様にさん付けで呼ばれるなど、畏れ多い事です』

『えへへ、奥方だって』

『ええ、お二人の活躍はラヴィールにて見ておりましたから。いや、実に素晴らしい大会でございました。特にロゼフリートさんの、かかってこいや、という住民達へ切ったあの啖呵。同じ男として大変シビレました』

『うっ……あれを見てたのか……』

『恥ずかしがる様な事ではありませんでしょうに。人と魔族という垣根を越えた純愛。素晴らしい事だと思いますよ私』

 胸に手を当て嗤ってそう話すフェレスからは、照れという物は感じられず、聞いているロゼやクゥの方が赤くなっている。

 彼、メフィスト・フェレスは一々物事を大袈裟に言う傾向があるのだが、常に笑みを絶やさず、物腰の柔らかい印象が人を安心させる。初めて会った時は私もそうだった。

 しかし、それは彼の演技だと私は感じている。あの出来事があった日から。


 尚も二人の純愛について語り続けるフェレスの言葉を遮り、本題を切り出す。彼と雑談する為にここに来た訳でも無いし、する気もない。

「フェレス導士、あなたにいくつか聞きたい事があるのですが」


『凡人たる私に答えられるモノであれば良いのですが』

 尚も嗤顔(えがお)を崩す事なくフェレスが告げる。


「あなたの友人である先代は今何処に?」

『分かりません。私も長く会っていませんから』

「あなたはいつから先代の友人なんです?」

『さぁ……随分昔の事ですから……。300年以上前とだけお答しておきます』

「私と初めてあったあの日の事を覚えていますか?」

『……ええ、覚えていますよ』

「あなたは妖精達を連れ去りましたね? 何故です?」

『無理矢理連れ去った訳ではありませんよ。頼まれたので』

「誰に?」

『勿論、友人である先代の妖精王に、です』

「何の為に?」

『今日は随分私と言葉を交わしてくれるのですね。てっきり嫌われているものかと』

「何の為に連れ去ったのです?」

『……治療の為、と言ったら信じて貰えないでしょうか?』

 フェレスの言葉を吟味する様に彼の目を見る。

 彼は視線を逸らす事なく、軽く肩をすくめるだけであった。

 そんな彼の態度に、無駄かと悟り、小さく溜め息をついて質問を変える。


「……私の身体について何か知っている事は?」

『マロンさんの身体について、ですか?……質問の意図が良く分からないのですが?』

「……言い方を変えましょう。私が妖精ではない事を知っていましたか?」

 この質問で、今まで顔を崩さず嗤いを浮かべていたフェレスの顔が僅かに曇った。

 しかし、彼はそれについて隠す事はしなかった。


『いつから気付いて居たのです?』

「気付いたのはつい最近の話です」

『……そうですか』

「先代がその事を私に隠していたのは知っていましたね? その理由を教えて下さい。あなたなら当然知っているでしょう?」

 当然知っていると言ったが、何の根拠もない。少しカマをかけてみただけである。


『……言えません。友人との約束ですから。ただ……あなたの為とだけ言って置きます。そこだけはあなたの先代を信じてあげて下さい』

 意外にもフェレスは、知っているが言えないと素直に気持ちを述べてきた。先代を信じろとも。

そこにどんな思惑があるのかは分からないけど……。

 しかし、先代を信じろと言われてしまうと、以降の質問は全て、言えない、信じろと言われて終わりだろう。

 そう思った私はこの件に関しての追及を諦めた。


「では、他の質問をしましょう。ラヴィールで私に預けると言った迷子。彼女の正体を知っていましたか?」

『……いいえ』

 ここで初めてフェレスが明確に嘘をついた。

 フェレスが彼女の正体が黒猿(こくえん)リトルマザーであると知らない筈はない。それはリトルマザーが語った事から判明している。

 知らない振りをして私と彼女を引き合わせ、街を襲い、私を殺そうとした。

 私はフェレスの嘘を言及しようと、口を開きかけた所で、はたと疑問が浮かんだ。


 何故、彼は今嘘をついた?

 本当に知らなかったで通すつもりだったのか?

 それは有り得ないのでは無いだろうか? 嘘で通すには余りに分かり易す過ぎる気がする。フェレスは私にわざと嘘を気付かせたのでは?

 もし、そうだとしたらそれは何故だろうか……。

 考えられる事とすれば、嘘を付かずに、

彼女の正体を知っていたか? という私の問い掛けに『はい』と答えた場合に考えられる、私からの追及を避ける為。


 フェレスが肯定した場合、私は次に彼に何と言及した?


 否定したら私は多分、彼の責任についてを口にしたと思う。先程、口を開きかけて止めたのもその話であった。

 あのラヴィールの惨状を知らなかったで済ますのか、と。

 おそらく、私が嘘を暴く為にそれを言えば、ロゼが黙っていないだろう。彼はあの街の惨状にとても心を痛めていたから……。

 そうなれば、あとはそのままフェレスへの質問どころでは無くなる。

 質問の場が立ち消えて得をするのはフェレスだけだろう。つまりは、それは裏を返せば、聞かれたくない何かがあると言う事。有耶無耶にしたい何かが隠れていると言う事。


 何だろう? フェレスは何を聞かれたくない?

 あの屋敷での事を必死に思い出す。

 街の外れにある大きな屋敷。

 ひとりでに開く門。

 誰も居ない屋敷内。

 そこに居た淡い水色の髪を持つ小さな少女。

 言葉を投げ掛ける私に返ってくる静寂。

 そして、私が歩を進めた事により豹変した少女の態度。

 ――――いや、その前……。

 少女は何と言った……。


 長く思考していた私に訝しげな目を向けているフェレスに対して、真っ直ぐと視線をぶつけて問い掛ける。


「少女は……いえ、彼女は何故、私を見て妖精だと言ったのです?」

 私の質問に少し驚いた後、フェレスが心底可笑しそうに嗤った。


 私は妖精では無い。つい先日知った事ばかりではあるのだが、それは私が自分の身体を正しく認識出来なかったからだ。先代がそう私に術を施したから。

 しかし、その認識の改変は私自身にのみ効果を発揮するものである。ゆえに、初対面のあの場で私の正体を見抜いたであろう彼女が、私を妖精だと言うのはオカシイ。

 見抜いたならば私は天使と指摘された筈だ。

 だが、実際は妖精だと、彼女は私に言った。

 これはどういう事だろうか?


「フェレス導士、わざわざ嘘をついて有耶無耶にしようとしたのです。知っているのでしょう? 理由を答えてくれませんか?」

 私がフェレスにそう問い掛けた直後であった。





『見ぃ~つけた』

 頭上から曇った様な少女の声が響いた。


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