勇者のお供をするにあたって・30
『な、何だろうあれ?』
「さ、さぁ……」
凄い凄い! と興奮しピョンピョン跳ねるクゥ。
そんなクゥを少し離れたところから眺めていた私は、クゥの胸元がうっすらと輝いている事に気がついた。
「あれは……ペンダントが光ってるのかしら?」
『……ああ、確かに何か光ってるな。もしかしてアレのせいか?』
「おそらく……」
『確か御守りって言ってたな、そういう効果があったのかな?』
「でしょうね。聖剣・絶対王者と同じく、竜王の身体から得た素材で作られているんですもの。そう考えれば、別に不思議な話でもないわ」
そう、つまりただの御守りかと思っていたあれは、実は聖剣クラスの秘宝とも呼べる代物だった訳だ。
何というか、偉く気軽に渡された様な気がしないでもないが、今の状況では助かったとも言える。
『よーし! 良く分からないけど今なら負ける気がしないよ! ロゼ! マーちゃん! あのでっかい蛇は私に任せて!』
ドーンと胸を張ったクゥが『じゃーんぷ』と叫びながら、再び大蛇へと跳躍する。
しかし、大蛇も負けじと口を開き弾丸と化したクゥへと牙を剥き出しにして襲いかかる。
クゥは空中で器用に手甲を構え、牙をスルリと受け流す。
そして、擦れ違いざまに『キッーク!』と叫びながら、大蛇を蹴りつけた。
だが、大蛇は僅かに怯んだだけで直ぐにクゥへと向き直り、攻撃直後で油断したクゥ目掛けて巨大な尾を背後から叩きつけた。
尾に吹き飛ばされたクゥが地面へと音を立てて激突する。
『クゥ!』
慌てたロゼが駆け寄ろうするが、今だ力が入らない様で、ヨロヨロとその場で片膝を付く。
『いった~』
右脚を押さえたクゥが窪んだ地面にしゃがみ込んでいた。
私が見る限り、尾から受けたダメージや、激突のダメージは無いみたいだが……ただ……。
。
あの子……さっきキックって言って蹴りつけたわね……。
わざわざ硬い鱗を、手甲の付いた手ではなく素足で。
「クゥ、ちゃんと手甲を使いなさい」
『……うん、そうする』
涙目のクゥが素直に頷いた。
そこからのクゥはまさに拳聖とでも称すべき動きを見せた。
怒濤の乱打に加え、迫り来る大蛇の攻撃を時に弾き、時に受け流し、時に強引に殴り返していた。
強い。
御守りの効果が上乗せされているとは言え、手甲とただの身体能力だけで大魔獣クラスを圧倒している。
天性の勘と、生き抜いて来た環境が彼女を闘神へと押し上げた様だ。
しかし、流石に大魔獣クラスの化け物。そんなクゥとタフさでもって渡り合っている。
戦い始めてもう三十分は立つだろうか。
この戦いは今や、クゥのスタミナが尽きるのが先か、大蛇の体力が尽きるのが先か、根気比べの様相を呈して来た。
だが、素直に根気比べを受け入れる程、私達は馬鹿じゃない。
クゥが大蛇を相手取っている間、落ちた体力の中で私はゆっくりといつもの数倍の時間を掛けて魔力の流れを解析した。
そうして分かった事は、オアシスの水の他に私とロゼの魔力を阻害している物があると云う事。
その正体は雨。
本来ならば強い力を持つ私達はこの雨の中でも特に問題は無かった筈である。と言うのもこの極少量の禍を含んだ雨の性質は、力の流れを阻害する、という物。
その為、普通の人ならばその性質により、魔力と気力の循環を乱されドンドンと衰弱する。耐性の高い者でも体力が回復しない、と云った症状が現れる。
しかし、私やロゼは聖霊力でこの程度の禍ならば勝手に防げる筈だったのだが、変質したオアシスの水を浴びてしまい、結果、聖霊力を大きく減らす事になってしまった。
減らした聖霊力では雨に含まれる禍を防げず、雨の性質で聖霊力の回復も阻害される。そんな八方塞がりの状態であった。
そんな現状を打破するには、やはりこの雨が邪魔である。
雨が降り続ける限り、減ってしまった聖霊力の回復は見込めない。
どうにかして、雨を止ませなくては……。
しかし、魔法も使えないので雨曇を吹き飛ばす事も出来ない。
何か策は無いものかと知恵を振り絞る。
ロゼはロゼで何か考えがあるのか、絶対王者を握り締めながら胡座をかいて座り、静かに目を瞑っている。
そんな私達から少し離れた所に、大蛇を殴りつけたクゥが着地する。その顔は見るからに疲労困憊と言った様子である。
無理もない。これ程長く大蛇を一人で相手取っているのだ。倒れないのが不思議な位である。
『……マーちゃん、……どうしたら、良い?』
肩で荒く呼吸をしながらクゥが尋ねてくる。
「……雨を、――――あの雲さえ何とか出来ればっ!」
クゥに任せっきりの自分に苛立ちを覚えながら、私はクゥにそう告げる。
『雲……困ったな、私は空は飛べないし……。ジャズちゃんは?』
「何度も笛で呼んだんだけど……」
首を横に振ってそう答える。
『……』
「クゥ?」
何かを思い詰めた様に目を瞑ったクゥに呼び掛ける。
『……空』
「え?」
『空が、飛びたい』
クゥがポツリと呟いた。
その瞬間、クゥが首から下げた御守りが光りを増し、手甲が消える。そして変わりに現れる―――大きな翼。
「クゥ、翼が……それにそれはまるで……」
『……お爺ちゃんの翼だ』
自分の背中のそれを見ながらクゥが呟く。
クゥの背中から現れたのは、ドラゴンを彷彿とさせる翼であった。白く大きなその翼は竜王ザ・ワンの物と良く似ている。
『そっか……そっか! 私、お爺ちゃんの孫になったんだもんね!』
嬉しそうに笑顔で言ったクゥが、僅かに膝を曲げ、踏み込む。
そして、大きく跳躍すると翼をはためかせてグングンと空へ駆け昇っていく。
それに気付いた大蛇が上空のクゥへ目掛け、背後からいくつものブレスを放った。
クゥは後ろを見る事もなく、右へ左へ空中を転がる様にしてブレスを避け突き進む。
そうして空を駆けたクゥは黒雲の中へ。
ややあって、私が見つめる中、辺り一帯に響き渡る程の大咆哮が黒雲から聞こえてきた。それは紛れもなく、世界で最も気高き者の声。
――――竜王大咆哮。
力強い咆哮と同時に黒雲が空の四方へと霧散していく。
ピタリと雨は止み、日の光りがカーラン・スーに燦々と降り注いだ。
それに怒りの声を上げたのは双頭の大蛇であった。
空を睨み付けた大蛇はその紅い眼を更に紅くさせ、膨大な禍を口元へと集中させていく。
まずい! 明らかにクゥを狙っている!
慌てて魔法の詠唱を開始するが、とても間に合いそうにない。
双頭が極大のブレスを放とうと口を開く、刹那―――二つの頭が消し飛んだ。
突然の事態に驚いた私が横を見る。
『ふぅ』
絶対王者を大蛇へ向けたままのロゼが大きく安堵の息をついていた。
双頭ごと大蛇の上半身を消し飛ばしたのは、聖剣・絶対王者の中に練りに練ったであろうロゼが放った、大出力の聖霊力であるらしかった。
「ずっと?」
聖霊力を練っていたのか、と云った風に尋ねる。
『まぁね、雨で乱されて中々時間掛かったけどね』
やれやれと肩をすくめて軽い調子でロゼが返す。
「……雨が降ったままなら、聖霊力は回復しない。そんな状況であれだけの聖霊力を放てば、……下手をしたら死んでいたわよ?」
『クゥを見殺しにするよりは良いさ』
そう言ってロゼは笑う。
あのまま黒雲が晴れずにクゥのスタミナが底を突いたならば、きっとロゼは迷いなくあれを使うつもりでいたのだろう。
私達の旅は遊びではない。そんな事は誰に言われるまでもなく理解している。
この先、そんな決断を迫られ事は多々起こり得るのかも知れない。
でも……それでも……。
「……私ね、仲間の自己犠牲の精神程、見せられて不愉快なものはないわ」
晴れた青空を見ながら厳しい口調でそう語る私に、ロゼは軽く肩をすくめるだけであった。