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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅳ章【勇者ロゼ・後編】
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勇者のお供をするにあたって・29

『暗い……な』

 ロゼが空に目をやりながら呟いた。


 カーラン・スーに辿り着いた私達を待っていたのは、砂漠の上空を漂う大きな黒雲であった。

 厚い雲は日の光を遮り、朝方にも関わらずカーラン・スーは薄暗かった。

 大粒の雨が大地を叩き、吹き抜ける風も相まって、ここは本当に砂漠の中の国かと思う程に肌寒い。

 上空から見た限り、ここは大きな国である筈なのだが、辺りに人影などもなく、それは真新しい廃墟を前にしている様な気分であった。


「メフィスト・フェレスも気になるけれど、先に人を探しましょう。いくら何でもこの国の様子は普通じゃないわ』


 そうして私達はカーラン・スーの奥へと歩を進める。

 もしかしたら国を放棄して全員で避難したのでは? そんな事も思ったが、それはどうやら間違いであったらしい。

 奥に進むにつれ、ちらほらと人の姿が見につき始めた。

 また、建物の窓からこちらの様子を伺っている様な人々の視線も感じ始める。

 道端には時折、グッタリとした様子で建物の壁を背にする人もいる。しかし、それらの人はピクリとも動く気配はなかったし、中には道の真ん中で倒れている人の姿も確認出来た。

 そんな人々に慌てて駆け寄ろうとするロゼを手で制止する。


「もしかしたら、流行病かも知れない。気持ちは分かるけど、不用意に近付いてはダメよ」

 厳しい口調でそう告げると、ロゼが悔しそうに顔を歪めた。


「城に行ってみましょう。こうなっている理由も分かるかも知れない」

 そう話し、雨で薄くなった視界の遠く先、一際大きな建物へと向かう。


 その道中、私達の正面から走ってくる人影が見えて来た。格好からしてカーラン・スーの兵士だろうと思い、呼び止めた。


『旅の者か? なら悪い事は言わない、直ぐに引き返せ。今、この国は原因不明の病で殆どの者が床に伏している。生活の要であるオアシスも濁り、一部の者は祟りだ何だと騒ぐ始末だ。……まぁ何にせよ、もう国は長く無いかも知れん』

 それだけ告げて、兵士は走り去ってしまった。


『やっぱり病気なのかな?』

 クゥが不安そうに尋ねる。


「そうね。……だけどフレアは、良くない力を感じると言ったわ。多分何か原因となるモノがあるのよ」


『原因か……それを何とかすれば元に戻ると思うか?』


「分からないけれど、何とかしなきゃ本当にこの国は終わってしまうわ」


『ねぇ、さっきの人、祟りとか言ってたよね?』


「そうね、オアシスが濁っているとも。砂漠地帯のこの国でオアシスが駄目になるのは、病気を差し引いても死活問題よね。……もしかしたら飲み水に原因があるのかしら?」


『行ってみるか?』


「……そうしましょう。上空から見た限りでは国の中央にオアシスが見えたわね。とにかくそこに行ってみましょう」

 そう話し合い、私達はオアシスへと向かう事にした。

 雨は尚も勢いを変えず降り続ける。

 濡れた身体がブルリと震えた。





 辿り着いたオアシスの水は濃い緑色をしており、明らかに人の飲める様な状態では無い事が見て取れた。


『これ……どうにかして戻せないか?』

 オアシスを見つめながらロゼが尋ねてくる。


 私はオアシスの端部まで近付き、しゃがみ込むとオアシスの水を一度片手ですくい上げる。


「……僅かにだけど禍を感じるわね。……これが原因と見て間違いなさそう」


『浄化出来るか?』


「無理でもやらなきゃ。……ロゼ、協力してくれるかしら? オアシス全てを浄化するには、おそらく私の聖霊力だけでは足りない」


『よし! 何すりゃ良い?』


「そんなに難しい事じゃ『マーちゃん! 離れて!』

 私の言葉を遮りクゥが叫んだ。


 と、同時にオアシスから大量の水が吹き出し私達三人へと降り注ぐ。

 突然の事に避ける間もなく、水を浴びてしまう。元々、大雨で全身ずぶ濡れであったので水を浴びた事自体は気にならなかったのだが、浴びた途端に身体の力が抜けてその場にヘタリ込んでしまった。


『な、なんだ?』

 見れば、ロゼも私と同じ様にダルそうに片膝を付いていた。


『大丈夫!?』

 クゥがこちらに走り寄ってくる。


「ええ、でも何かしら……身体に力が入らない」


『俺もだ……さっきの水のせいか?』


『とにかく離れよう。水の中から見られてる気がする』

 クゥがヨロヨロと立ち上がる私達を引っ張り、オアシスから引き離していく。


『クゥは水かからなかったのか?』


「ううん、私も全身かかったけど、何とも無いみたい」

 どういう事だろう?


 何故、クゥだけ平気なのかと思い、顔を向けるとオアシスを睨んだクゥが目に入ってきた。

 私が釣られてオアシスに振り返った瞬間、オアシスの水面が大きく盛り上がった。

 そうして、驚く私達の眼前に現れたのは紅い眼でこちらを睨み付ける巨大な双頭の蛇であった。


『クソッ! 状況考えて出てこいよ!』

 蛇を目の当たりにしたロゼが苦々しい顔で悪態をつく。


「不味いわね。一旦、安全な所まで」

 そうして動き出そうとした途端に、双頭の蛇が口を開き、ブレスを放ってきた。

 しかし、それは私達を逸れ、背後にある大地を大きく穿っただけであった。


『逃げるな、って事か?』

 抉れた大地を見ながらロゼが言う。


「でも今は無理よ、今の私とロゼは戦えない。何とかして逃げなきゃ」

 そんな事を話していると、ろくに動けない私達目掛けて大蛇がその巨大な尾を振り下ろして来た。


『ヤベッ……』

 避ける事もままならない私達二人の前にクゥが躍り出てくる。


『クゥよせ!』

 ロゼが叫ぶが、クゥはそれを無視し、頭の上で両腕を交差して歯を食いしばり衝撃に備える。

 そして――――。


 地面が砕ける鈍い衝撃音が辺りに響いた。


 音と同時に身体が僅かに浮き上がるのを感じた。

 眼前に迫る巨大な尾を前にして思わず閉じてしまった目を開くと、薄暗い影の中、私達のいる地面が僅かに窪んでいるのが目についた。

 次いで目に飛び込んで来たのは、屈む私とロゼの傍で巨大な尾を交差した両腕で受け止めているクゥの後ろ姿であった。


『……あれ? 意外と平気だ』

 両腕を掲げたままこちらに顔を向けたクゥが、キョトンとした様子でそう呟いた。


『嘘だろ!? お前どうしたんだ!?』


『分かんないけど……うん、これなら大丈夫かも!』

 そう言って大きく頷いたクゥが、左腕はそのままに、右手に拳を作り振りかぶる。

 クゥが拳を振り抜き、尾を殴りつけた瞬間、ドン! という打撃音が聞こえ、巨大な尾が大きく吹き飛んだ。


「『うおぉぉぉ!?』」

 その様子に驚きの声を上げたのは守られていた私とロゼである。

 そんな私達の驚きなど意に返さず、吹き飛んだ尾に向けてクゥが跳躍、更に拳で追撃する。

 ドッ! ドッ! ドッ!と連続した打撃音が響き、音の数だけ巨大な尾に衝撃の波紋が広がった。

 拳の衝撃により更に吹き飛んだ尾は、そのままドボンと水飛沫を撒き散らしてオアシスに沈んでいった。


『うおぉぉぉ!?』

 次に驚きの声を上げたのは殴った当人であるクゥであった。

 自分でも信じられないと言った様子で、尾が沈んだ事により発生した水面の波紋と自らの拳を何度も交互に見ていた。


 そんなクゥに腹を立てたのか、大蛇の双頭が同時に咆哮を上げた。

 威嚇の為に魔力を乗せているのか、ビリビリと空気を震わせたそれは大蛇の禍の巨大さを浮き彫りにする。

 凄まじい禍の奔流。

 おそらくこの双頭の大蛇は、大魔獣級の禍を有している。

 それだけの力を感じる。

 本来なら私達三人で相手取るべき存在であるが、私とロゼはしばらく動けそうにない。

 自分の腑甲斐無さに苛立ちを覚えた。


『大きな声出したって駄目だかんね!』

 たぁ! と掛け声と共にクゥが跳躍する。

 反動で地面が僅かに抉れた。


『お、おい! 待てクゥ!』

 ロゼが叫ぶが既に跳躍したクゥは止まらない。

 そのまま弾丸のごとき速度で双頭の片方の横っ面を殴りつけた。


『えー……何あれ~』


 私も同意見だ。

 一体、クゥに何が起こったのか。クゥの身体能力が爆発的に跳ね上がっている。

 

 大蛇を殴りつけた反動でくるくると回転しながらクゥが地面に着地。

 と、同時に不安そうに口を開いて両腕をこちらに突き出してきた。


『何これ!?』

 そう叫ぶクゥの両腕は白く美しい手甲で覆われていた。


『んんん! 取れない!』

 力付くで手甲を外そうとするクゥに向けて、大蛇が大きく口を開く。その口元には禍が集中している様だ。


「クゥ! 後ろ!」


『ひゃあ!』

 余所見をしていた為に反応が遅れたクゥに、大蛇のブレスが直撃する。

 しかし、反射的に突き出した腕がブレスを切り裂き、それを左右へと逸らした。



『――――ッ! これ、凄い!』

 クゥが驚きと興奮に満ちた顔でそう叫んだ。



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