勇者のお供をするにあたって・28
『ご苦労様。疲れたでしょ? 夕飯の支度をするからゆっくりして頂戴』
ロゼから魔具の材料となる鉱石を受け取ると、そう言ってフレアは部屋の奥へと引っ込んでいってしまった。
そんな彼女からは、先程まで私と雑談していた態度は見る影もない。
成る程。これが猫を被ると言うやつかと、少し呆れる。
『何やってたの?』
帰って来るなり見せつけられた私とフレアの戯れを、ロゼが聞いてくる。
「別に……ただちょっと魔法の指導を受けてただけよ」
そんな無理矢理な説明で誤魔化しておく。
お母さんと呼ばせようとしていたなどと口走った日には、どんな事態になる事やら。
これ以上、話しを追及される前に私から話題を反らす。
『洞窟はどうだった?』
「ん? ああ、まぁ魔獣が何体かいたけど特に問題も無かったよ」
『あのね~、ロゼがね』
『おいクゥ! 言うなよ!』
「あら? 何かしら是非聞きたいわ」
ニシシと楽しそうに笑うクゥから道中の話をあれこれと聞き出しながら、和やかに時間は過ぎていった。
フレアに夕飯をご馳走になった後、もう遅いからと話すフレアの厚意により一泊する事となった。
そして、翌朝。
寝ていた私は、人の気配を感じ目を覚ました。
『あ、起こしてしもたか。すまん』
そう声を掛けてくるフレアは人の頭くらいの透明な球体を抱えていた。
球体を見つめる私の視線に気付いたフレアが説明してくる。
『さっき出来たとこやねん。思ったよりも早よ完成して良かったわ』
そう笑うフレアの顔は少し疲れている様に見えた。
現在。朝には違いないが、窓の外はまだ薄暗い。早朝と言って差し支えない時間帯であろう。
「もしかして、ずっと起きていたの?」
『ん~、何や寝付けへんくてな』
「ごめんなさい。何のお手伝いもせずに」
『ええよ~気にせんで。ウチが好きでやっとる事や。それに寝付けへんかったんもホンマや。色々嬉しい事があったからな』
微笑みながらフレアがそう話す。
『少し早いけど、今から朝食の支度するよって、あの二人起こして来てくれるか?』
それだけ告げてフレアはリビングへと出ていった。
今、私が居るのはリビングからひとつ隣の寝室で、この部屋の更に奥にはフレアの作業場がある。
そして、件の二人は二階の客室にて就寝中。
昨日、部屋を宛がわれた時に、いつもの如くロゼがクゥとの同室に不満気な顔を見せていたが、ここは宿屋ではない。部屋数にも限りがあると理解していたのだろうロゼは、特に文句も言わなかった。
二階に上がり、二人のいる部屋の扉をノックする。
ややあってから『は~い』と眠そうな声をしたクゥの返事が返って来たので、中へと入る。
『おはようクゥ』
『おはようマーちゃん』
目を擦りながらクゥがベッドで一人、上半身だけを起こして挨拶してくる。
『あれ? ロゼは?』
私の問い掛けに、クゥが『ん』と私の横を指差す。
指の先に顔を向けると、部屋の角で壁に頭を預けて器用に座りながら眠るロゼの姿を見付けた。
「……何故、こんな所に?」
『いつも角で寝てるよ。角が好きなんだって』
クゥが答える。
てっきり何だかんだと理性を保ちながら、同じベッドで寝ているものだと思っていたが、どうやらそうでは無かった様だ。
ヨダレを垂らしながら眠るロゼの顔を見ていると、非常に申し訳ない気持ちになってくる。
『私もそこまで子供じゃないんだけど……』
苦笑いを浮かべたクゥがそう呟いた。
寝ていたロゼを起こし、朝食よ、とだけ告げて二人の部屋を後にする。
リビングへ戻ると、トントンと小さな音が響き、美味しそうな香りが漂っていた。フレアが朝食の支度をしているのだろう。
私も手伝いたいのだが、残念ながら私は料理の心得が余り無い。簡単なスープくらいしか作れず、勝手の分からない場所での料理など邪魔にしかならないので遠慮しておく。
妖精の聖域では必要無い技術だったが、旅に出たからにはやはり覚えた方が良いだろうとは常々感じていた。
なんせ我がパーティーの料理事情は絶望的なのだ。
ロゼは料理の心得など皆無で、クゥはそもそも料理という概念が無い。焼いて食うか、稀に煮て食うに終始していて、味付けはおろか、切るという行程も無い。肉は力任せに裂き、野菜は折るのがクゥ流である。
それでも何とかやっていけているのは、一重にジャズのお蔭で街や村への移動がスムーズに行え、野宿をする機会があまり無いからだろう。
ジャズと、ジャズを預けてくれたミラに感謝である。
朝食を食べ終えると、フレアがリビングに魔具を持って来た。
多少のゴタゴタはあったが、何とか目的の人探しが行えそうである。
「探して欲しいのは先代とメフィスト・フェレスという人物なんですが……」
そう言ってフレアに視線を向ける。
私の視線を受けたフレアが僅かに首を横に振った。
『ごめんなさい。あの人……先の妖精王は私も探せないのよ。良く分からないけど、何重にも策を労して私の魔法を掻い潜っているみたい』
そんなとこだろうとは思っていた。
昨日、フレアと先代の関係を聞いた時にそう感じたのだ。
あれだけ先代に御執心ならば、当然、フレアだって先代を探した筈である。それでもフレアが先代の元へ向かわずにいると云うのはそういう事なのだろう。
「それは仕方ないありません。もう一人、メフィスト・フェレスを探して頂けますか?」
『その人物の顔は分かるかしら? その方がより正確な場所が見えると思うのだけど』
「ええ、分かります」
『そう。じゃあ、魔具に手を当てて人物の顔を思い出して頂戴』
言われた通りに魔具に手を触れ、メフィスト・フェレスの顔を頭の中に浮かべる。
そうして、フレアが魔具に魔力を込めるとうっすらと球体の魔具から光がゆらゆらと漏れ出した。
私にはそれ以外の変化を魔具から見る事は出来なかったのだが、フレアはそうでは無いらしい。
『案外近くに居るみたいよ。これはカーラン・スーね』
しばらく魔具を見つめていたフレアがそう告げてきた。
『カーラースー?』
ロゼが尋ねる。
『カーラン・スー。ここから東に行くと大きな砂漠地帯が広がっているのだけど、そこの中心。オアシスを囲む砂漠の王国。それがカーラン・スーよ。お探しの人物は現在そこに居るわ。ただ……』
「ただ?」
『カーラン・スーの様子がおかしい。王国全体から余り良くない力を感じる。……何か起こっているんじゃないかしら?』
「メフィスト・フェレスの仕業ですか?」
『さぁ、そこまでは……けど、急いだ方が良いかも知れないわね』
フレアにそう告げられ、ロゼの方に顔を向ける。
『直ぐに行こう』
そう言ってロゼが立ち上がる。
『フレアさん、すいません。食事から何からろくにお礼も出来なくて』
『いいわよお礼なんて。気を付けてね』
三人で一度フレアに頭を下げてから家を出る。
『三人とも十分気を付けてね』
ジャズの背に乗った私達を、そうフレアが見送り、私達はカーラン・スーへと向けて出発した。