勇者のお供をするにあたって・27
ロゼとクゥを待つ間、私はフレアと雑談して過ごしていた。
そんな私の話し相手は現在、私が竜王に対するイメージとのギャップについて語った辺りで、愉快そうにケラケラと笑い転げ始めた。
『分かるでマロンの気持ちも。クククッ、そら伝説とまで言われた竜王がアレではな~。ウチも初めておうた時は似た様な印象やったわ!』
「フレアさんは、いつ頃竜王様と?」
『ん~、50年位前やったかなぁ? その頃は魔法の探究の為に、世界のあっちゃこっちゃ回っとってな、ドラゴンから何かええもん貰えへんかと思って、あっこに出向いたんや。
最初は辿り着く事もでけんかったけどな。自分らは勇者様がおるさかいすんなり入れたやろうけど、普段、余所者は入れん様になっとるんよ」
「そうなんですか。確かに私達はすんなり入れました」
『せやろ? あれな、ウロの陰険な魔法やねん』
「ウロさんの?」
『せや、竜の園の周りは雲に覆われとったやろ? あの雲が魔法や。幻覚見せて竜の園に辿り着けん様になっとんねん』
「なるほど、ただの雲では無いだろうとは思っていましたが、精々、園の姿を隠す程度なのかと。……それでフレアさんはどうやって入ったんです?」
『ウチもな、最初は色々試したんやけど、どれも上手くいかんくてな。そしたら、何かだんだん腹立って来て、山ごと吹き飛ばしたろう思うて魔帝・轟炎つこうたんよ』
「え!?」
魔帝・轟炎と言えば火属性究極の魔法である。
灼熱の炎で山すら溶かすというそれは、今や使える者もおらず、神話や伝説の中でしか聞いた事がない。
『いや、まぁ、結局、当てはせえへんかったんや。ウチが魔帝・轟炎を使うんが分かったらしくて、当てる前に雲が自分から晴れよったからな。ウロが慌てて迎えに出てきとったわ』
そう言い、フレアがケケケと笑う。
それは笑い事なのか?
物語の中にしか出て来ない様なとんでもない魔法を、個人の癇癪で使ってしまうとは。逆鱗に触れたら消炭、という竜王の忠告も頷ける話である。
『それからは、ドラゴンの素材が必要な時にちょいちょい出向いとった。最後に行ったんは10年くらい前やな。あの人とおうてからは魔法の探究止めてしもたから』
あの人、とはおそらく先代の事だろう。
先代と出会った事で100年以上も続けていた魔法の探究を止めてしまうとは。
「よっぽど夢中だったんですね、先代に」
『いや~、まー、……人に言われると照れ臭いな~』
頭を掻きながら笑うフレアは、とても綺麗に見えた。
喋ると残念な人であると思う。
『マロンは恋人おらへんのか?』
いきなり何を言うんだこの人は。
まぁ、流れで来そうな気はしていたが。
「居ませんよ」
『そうか~、べっぴんやのになぁ? 最近の男は見る眼が腐っとるんとちゃうか? せやけど、好きな人とか、言い寄って来る男くらいはおるやろ?』
「……居ません」
『今、ちょっと考えたな? 誰やお母さんに言うてみ? 何なら恋占いとかしたろか? そんなん得意やで』
「居ませんって。そもそも、私はついこの間まで自分が女だと云う事すら知りませんでしたし」
『へ? 女と知らんかたて……そんな立派なもんブラ下げてか?』
自分では認識出来ないのだが……そうか、立派なのか……。
そんな事とは露知らず。私はロゼの前で上半身裸になったのかと思うと悲しくなる。
いや、ロゼだけじゃない。確か、昔、ミラの前でも裸になった覚えがある。
知らない時は平気だったのに、知ってしまうと羞恥が襲ってくる。
なるほど、これが若気の至りか。ラヴィールでロゼを笑っている場合では無かった。先代が憎い。
「竜王様の話では、私は先代によって認識を阻害される術を施されているそうです。ですから、私にはいくら立派でも見えませんし、羽根も妖精とは違うそうです」
『な、なんやそれ? 冗談か?』
数度、首を横に振り否定する。
それを受けてフレアは何かを考え込んでしまった。
そんな先代など想像出来ない、と言った所だろう。私も最初は信じられなかったし。
『ホンマにあの人がそんな事したんか? 何の為に?』
「分かりません。分かりませんが、きっと私の為にしてくれたんじゃないかと……。そういう方ですから」
『そうやな……あの人はそういう人や』
柔らかく微笑んだフレアがそう言い、二人で笑い合う。
「フレアさんは先代とどうやって知りあったんですか?」
『へ? それはまぁ、10年前に、―――あかん、やっぱ秘密や。アレはウチとあの人だけの思い出や』
私の唐突な質問に、少し顔を赤くしたフレアはそう言って、照れ臭そうにそっぽを向いてしまった。
白い肌に映える赤色がなんとも可愛らしく、喋らなけば彼女はとても綺麗な女性であると思う。喋らなけば。
『そや!』
照れ隠しなのか、突然、何かを閃いた様にフレアが両手を鳴らした。
『あんな、すぐには無理かも知れへんけど、あんたが望むならあんたに掛かった術とやらはウチが解いたろか?』
ニコニコと笑いながらそう提案してくる。
「そんな事が出来るんですか?」
『それはやって見んと分からんし、ウチはその術がどんなもんかもよう分かってへん。せやから、少し調べる必要はあるけど、何とかしたる。人探しとか恋占いとか予言とか、ウチな、そういう物事の解析とかって得意やねん。どや? 試してみーひんか?』
「……宜しいのですか?」
フレアは、私の問い掛けにコクコクと首を振って返事をする。
術を解いたらどうなってしまうのか少し不安はある。先代はきっと何か理由があって私に術を施したのだろうから。術を解く事は、そんな先代の気持ちを無下にしてしまう事にもなってしまう。
でも、それでも、今の私はあの頃とは違う。
私は勇者の仲間だ。術を解く事はきっと何かの役に立つ時がくる。
私が忘れてしまっている何かが、きっと……。
「よろしくお願いします」
『よっしゃ、任しとき! 絶対何とかしたるさかいな!』
フレアが笑ってそう宣言する。
実際、そう簡単に上手く行くとは思えないが、何故か彼女なら本当にやってのける様な気になってくる。
『あ、あとな、もし上手くいったらウチの事「嫌です」
『なんでや! 今の流れはウン言うとこちゃうんか!?』
「嫌です」
『ほほう、そうかそうか。ほんなら無理矢理にでも言わしたるからな』
愉快そうに言ったフレアが私の頬を掴んでくる。
『ほら、言うてみ? お』
「嫌えふ」
『お!』
「ひやえふ」
『ただいまー……』
「『……』」
『何してんの?』
採掘から戻ったロゼが、おちょぼ口の私を見ながら呟いた。