勇者のお供をするにあたって・26
フレアの自己紹介が終わると、私達も順に軽く自己紹介をする。
最後にクゥが『さっきは本当にごめんなさい』と謝罪した。
『良いわよもう。それよりザ・ワンの手紙を読む限りじゃ、人探しに協力して欲しいって事みたいだけど?』
カップを片手にフレアがそう問い質す。
「はい。是非協力して貰えませんか?」
『う~ん、実はそれなんだけど……』
フレアの余り乗り気ではない様子に「失礼でなければ謝礼も」と口に出す。が、それを言い終わる前にフレアが言葉で遮る。
『別に良いわよ謝礼なんて、お金には困ってないし。そうじゃくてね……』
言ってフレアがスッと指を横に軽く振る。
そうして、ふわふわとテーブルにやって来たのは三つのガラスか何かの破片であった。
『人探しだったり、予言だったりは意外と複雑でね、補助の為に専用の魔具を用いて行うんだけど、……さっきお嬢ちゃんが割ってしまって……』
『――――ごめんなさい』
泣きそうな顔をしたクゥが何度目になるか分からない謝罪の言葉を口にする。
『もう良いって言ったでしょ? それに材料さえあれば直ぐに新しい魔具を用意出来るのよ。……ただ肝心のその材料が手元に無いのよね』
右頬に手を当て、困ったわ、と言った様子のフレアが小さく溜め息をつく。心無しか芝居臭いと感じたが口には出さない。
『それは……街に行けば手に入るものですか?』
ロゼが不安そうに尋ねる。
『大きな街ならばあるかも知れないけど……かなり高いわよ? でね、わざわざ大金使うのも何だから、直接採掘しに行くと言うのはどうかしら? 普段は私もそうしてるわ』
『行きます!』
『ふふ、流石は勇者様。そう言ってくれると思ったわ』
フレアが軽く微笑む。妖艶と云う言葉が良く似合う微笑みで。ロゼの顔も少し赤くなっている気がする。
『そ、それでどこに行けばその材料を採掘出来るんですか?』
『この森の奥にある洞窟よ。そこで取って来て欲しいんだけど……』
そうロゼに話すフレアが、横目で私を見た。
『勇者様とお嬢ちゃんだけで行って来てくれるかしら?』
『俺とクゥだけでですか?』
『ええ、ちょっと特殊な洞窟でね。妖精が入るのは具合が悪いのよ』
フレアの言葉に少し困った様な顔をしたロゼが私に視線を送る。
理由は分からないが、フレアが具合が悪いと言うのならそうなのだろう。
「じゃあ、二人には悪いけど私はお留守番しているわ」
『分かった。材料は俺とクゥに任せてくれ』
『決まりかしら? それじゃあ、これは洞窟までの地図ね。と言っても洞窟まで続く道と立て看板があるから迷う事は無いと思うわ。あと、時々、洞窟内部に魔獣も出るけれど勇者様なら特に問題ないわよね?』
『大丈夫です』
『そう。ならお願いね。採掘して戻ってくるだけだから半日程の作業って事になると思うわ。ああ、これひとつ持って行って頂戴。間違えるといけないから』
そう言ってフレアがロゼに割れた魔具の欠片をひとつ手渡した。
『ありがとうございます。では、いってきます!』
『いってきます!』
「いってらっしゃい。二人とも気を付けてね」
こうして私は洞窟へと向かう二人を見送った。
二人が出て行った後、特にやる事も無い私はボンヤリと部屋を眺めていた。
魔女の家と言っても特別変わった様な物もなく、極々普通の家具が並んでいるだけである。流石に他の部屋には行けないので、あくまでこのリビングだけの話だが。
そう何気なく部屋を眺めていた私は、食器棚に小さな食器が並んでいる事に気付いた。
子供用? にしては小さ過ぎる。おままごとの人形サイズと云った位の食器である。
そう言えば、と、ここに来るまでの森の中で、緑の風景の中に赤く実る果実が目についた事を思い出す。
遠目だが、あれは間違いなく妖精の果実。アプーの木々は妖精が居なければ芽吹かない特殊な木。
アプーの木があり、且つ、あの小さな食器。
「ここに妖精が住んでいるのですか?」
私は先の二つからそう結論付け、私の正面に座って紅茶を飲むフレアに尋ねた。
『……ええ、そうよ。正確には住んでいた、かしら。今は居ないわ』
フレアの言葉に胸の奥がざわつくのを感じた。
ざわつく胸を抑え、尋ねる。
「それは……その妖精は……」
『……あなたの良く知ってる人よ』
「先代がここに!? 先代は今どこに居るのです!?」
フレアの言葉に思わず立ち上がり、声を荒げて問い質す。
しかし、フレアは何も言わずに私の眼を直視し続けるだけであった。
そんなフレアの様子に焦れた私がもう一度問い質そうとした時、フレアが口を開く。
『その質問に答える前に……。――――あんたに聞きたい事があんねん?』
「……え?」
突然変わったフレアの口調に驚く。
『あんた、あの人のなんなん?』
ガラリと変化したフレアの口調と雰囲気に私が絶句していると、目で私を軽く威圧するフレアが更に言葉を続けてくる。
『別に答えとうなかったら答えんでかまへんで。せやけど、ウチもあんたの質問には答えへんさかいな』
「う? あ、いえ、答えます。……ちょっとびっくりしてしまって。……えっと、」
『あんたはあの人のなんなんや?』
困惑する私にもう一度フレアが同じ質問を投げてくる。
「私は先代から妖精の王を引き継いだ『そんなん知っとるわ』
少しイライラした様な口調でフレアが私の言葉を遮る。
『長い事あの人と一緒に居ったんやろ? どういう関係で、どう思ってんのか? って聞いとんねん』
「どう……」
どういう関係と言われても先代は先代であるし、どう思っているかと問われても……
考え込んでしまった私を不審に思ったのか、フレアが眉をひそめる。
少し不味いかと感じ、深く考えずに思った事を口にした。
「……先代は先代です。小さな頃から私の面倒を見てくれて……優しくて、頼りになって……。血は繋がっていないでしょうが、私のお父さんみたいな方です」
私が言い終わりフレアに視線を向けると、キョトンとした顔で私を見るフレアと目があった。
お父さん、なんてやっぱり変な事を言ってしまっただろうか?
しかし、それが私の本心だ。だからこそ隠さずに伝えたのだが……。
『ホンマか!? あんたあの人の娘か!?』
驚いた様に、しかし、何処か嬉しそうにフレアが問うてくる。
「あ、いや、私が勝手にそう思ってるだけなんです。ただ、どう思っているかと聞かれたので」
そうは言ったが少し照れ臭かったので、気を紛らせる様に紅茶を口にする。
『うんうん、ええねんええねん。ウチが早とちりしただけやから。そうか~娘か~。いや~、てっきりな~、あんたがあの人の恋人かと思ってん』
ブフォ
フレアの言葉に紅茶を吹き出した。
「あ、あの、何故!?」
『だって、長い事一緒におったんやろ? 急にこんなナイスバディで可愛い昔の女が目の前に現れたら、ウチやのぅても警戒するやんか? ライバルちゃうかって』
ケラケラ笑いながらフレアが言う。
「あの、失礼ですがフレアさんは先代とどう云った関係で?」
『ん~……愛人?』
私はピシリと石化した。
『いや、まぁな? 別に好きや言われた訳やのぅて、ウチが勝手に言うとるだけなんやけど。せやけど、10年も一緒に住んどったんやで? 口にせんでも伝わる事ってあるやんか? 以心伝心言うか。って何恥ずかしい事言わすねん! 照れるわ!』
そう言いながら両手を頬に当て、くねくねと身体をくねらせるフレア。
何を言ってるんだこの人は?
先代がフレアの愛人? 妖精と人間で?
もしかして別人ではないのか?
「妖精……ですよね? 身体のサイズも違い過ぎますし、……その……妖精には性別も」
『あの人もな、それ気にしとったけど、別にそんなんどうでもええやん。ウチはあの人の中身に惚れたんや。……いや! 不細工言うてんちゃうで!? 顔も男前や! 人と妖精では色々と不便な事もあるけど、ウチはそんなんどうでもええねん。ウチが勝手に好きになっただけやしな』
せやから恥ずかしい事言わせなや、と付け加えたフレアがくねくねと身をよじる。
頭が痛くなってきた。
先程までの淑女然としたフレアを返して欲しい。
イメージって大事だと思うの、私。
私が再び蘇った竜王の悪夢に頭を抱えていると、
『なぁなぁ、あんた娘みたいなもんなんやろ? いっぺんでええからウチの事「嫌です」
『ええやんか、お母さん、って呼「嫌です」
笑顔でしつこく言い寄るフレアに小さく溜め息をつく。
もう嫌だ。
私の嘆きは誰にも聞こえる事は無かった。