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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅳ章【勇者ロゼ・後編】
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勇者のお供をするにあたって・25

 竜の園を離れ、向かったのは西の大陸の西側に広がる森であった。

 ウロの話しでは、この人里から離れた森の中に魔女フレアが住んでいるとの事。

 ジャズの背に乗り、上空から見渡した限りでは民家の煙なども見えなかった為、森の傍にて大地に降り立ち、森を散策する事になった。



『マーちゃんの住んでた森とは少し違う感じだな』

 辺りを見回しながらロゼがそう話す。


「そうね~、あそこは妖精の聖域(フェアルチェアリ)以外はゴチャゴチャしてるから」

 私の住んでいた森は、南の大陸の気候もあってか、木々に加えて背丈の高い草も多く生えていた。ミラの言葉を借りるなら、暑くて鬱陶しい森、である。


 対してこの森は、木々は多くあれど、草は然程に生えておらず、その代わりに苔が多く見られた。その為か視界に入る色合いも濃い緑の割合が多く、スッキリとした涼しげな印象を受ける。時々、木々の隙間にポツポツと赤い色も混じっている様だ。


 また、私のいた森は大陸の半分近くを占めていたのだが、神聖視されていた事もあり人が殆ど立ち入る事はなかった。

 しかし、この森は所々に切り株が見られる事から、おそらく人の手が加えられているのであろう事が想像出来た。

 それが近くに住む村の人々の手によるものか、魔女の手によるものかは分からないが。


 時々、位置を確認しながら森を進んでいると、緑の風景の中、真っ直ぐと茶色の大地が覗いている地点へと辿り着く。


「獣道ね。これを辿ってみましょう」

 伸びた大地を目で辿りながらしばらく歩くと、一軒の小さな家へと辿り着いた。

 特段変わった様子も無い普通の民家である。


『あれが魔女の家?』


『あんまりそんな感じしないねー。もっとこう、食べちゃうぞー、って感じの家かと思った』

 クゥは一体どこの悪い魔女を想像していたのだろうか?

 小さく笑いながら、家へと歩を進める。


『すいません、どなたか居られませんか?』

 扉を叩きながらロゼが声を上げる。

 何度か繰り返すが、中からは反応が見られなかった。


『どうする?』


「しばらく待ちましょう。手入れもされているし空き家では無いんじゃないかしら? 多分、少し留守にしているだけだと思うわ」


『うっし! んじゃちょっとその辺で休憩だな』


 ロゼがそう宣言した矢先、

『あれ? 開いてるよ?』

 と、クゥがドアを開いた。


「駄目よクゥ、勝手に入っちゃ」


『そうだぞクゥ。勝手に入ってるのがバレて食べられても知らないぞ?』


『え~! 食べられるのは嫌、……だ……』

 おっかなそうに扉を閉めてこちらを振り向いたクゥが硬直した。


『失礼ねー、食べたりしないわよ』

 突然、声を掛けられ、慌てて後ろを振り向くが誰もいない。


「……あれ?」

 確かに、声がしたと思ったのだが……。


 クゥの方へと向き直ろうとした時、頭上から声を掛けられた。


『人んちの前で何やってるのかしら?』


 視線を上に向けると、トンガリ帽子の若い女性が箒に腰掛け宙を漂っていた。

 黒髪で白い肌、

 唇は紅く、

 黒いトンガリ帽子に黒いローブを纏っており、『私は魔女です』という自己主張が全身から滲み出ている。

 少々面食らった私が、気を取り直して声を掛けようとした時だ。



『ひえ~~! お助け~! 食べないで~!』

 まるでおとぎ話から出て来た様な魔女の風体に固まっていたクゥが、突如命乞いをし、扉を開いて家の中へと入っていってしまったのである。



『あ……』

 そんな間抜けな声を出したのは魔女である。


 呆気に取られてクゥの様子を見ていた魔女の肩が、徐々にフルフルと震えていくのが分かる。明らかに怒っているのは一目瞭然。

 まぁ、当然だろうと思う。勝手に人喰いの化物にされ、勝手に怯え命乞いをされ、自宅に無断侵入である。クゥが家の中に入った直後、中からパリンと破滅の音も聞こえた。


 年齢の話しは厳禁、……などと云う忠告は全く何の役にも立たなかった。

 最初の出会いからして最悪である。



「……す、すいません」


 緑の森に私の声が虚しく響いた。









「『『すいませんでした!』』」

 魔女によって家から引き摺り出された白目を剥いたクゥを叩き起こし、全員で土下座をする。

 ここは何としても許しを貰わねば、良くて人探し拒否。竜王の話しでは最悪、消炭らしい。



『……目障り』

 扉の前でこちらを悪魔の様な冷たい目で睨んでいた魔女はそう吐き捨て、乱暴に扉を閉めてしまった。


『すいません! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!』

 クゥが目の端に涙を湛え何度も許しを乞うが、中からは何の返事も返って来なかった。


『う~、ごめんなさ~い!』

 そんな魔女の様子を受け、遂に天を仰いで泣き出したクゥをロゼが慰めに入る。

 こうなっては仕方無い、また日を改めて出直そうかと私が考えた時、竜王から預かった手紙の存在を思い出す。


「あの! フレアさん! 竜王様よりお手紙をお預かりしております! 何とか一度、目を通して頂けないでしょうか!?」

 扉の前でそう告げる。


 が、やはり何の返事も得られなかった。

 駄目か……、と私が落胆し、踵を返そうとした時、扉がゆっくりと開いた。


『竜王って……あの竜王?』

 半分程開いた扉から顔を覗かせた魔女フレアがそう聞いてきた。


「は、はい! 竜王ザ・ワン様からです!」

 そう言って私は竜王からの手紙をフレアに差し出した。


 フレアはゆっくりとした動作で手紙を受け取ると、開き、中に目を通し始めた。

 手紙を読むそれは僅かな時間ではあったのだが、その時の私はまるで判決を待つ罪人の様な気分であった。祈る様、無意識に両手を組んでしまっている。


 手紙を読み終えたのか、フレアは私達を観察する様にじっと見詰めてきた。

 ――――判決の時。


 少しの静寂の後、小さな声で『入って』と半開きだった扉が大きく開かれた。

 逆転勝訴を勝ち取ったのだ。

 流石、竜王様々である。書いたのはウロだけど。

 泣くのを止め、こちらの様子を静かに見守っていたクゥに振り返り、笑顔で小さくガッツポーズを見せる。

 それを見て、鼻を垂らしたクゥが嬉しそうにこちらに駆け寄って来たので、ローブの裾で拭いてやる。

 そうして、私を筆頭に魔女フレアの自宅へとお邪魔する事になったのだ。





『適当に座って頂戴』

 家に入った私達に、そうフレアが声を掛けてくる。


 フレアに促され、私達はテーブルの横にあったソファーに横並びで座る。三人だとちょっと狭いが、一人だけ離れて座るのは嫌である。

 私達三人は出会ったばかりの魔女フレアに既に苦手意識を植え付けられたのだ。

 ――――色々と負けたのだ、我々は。


 そんな私達の敗北など知らず、横並びにソファーに座った私達に、フレアが少し不思議そうな顔を向ける。

 次いで、まぁ良いかと云った様子で、横に顔を向けながらフレアが軽く空中に指を振ると、ふわふわとティーポットとカップがテーブルへとひとりでにやってくる。


『悪いわね、今、紅茶しか無いの』

 そうフレアが声を掛ける中、ティーポットが傾き、順にカップへと紅茶が注がれる。


『ふわ~』

 そんな感嘆の声を上げたのは、先程まで大泣きし鼻を垂らしていたクゥである。

 その視線は空中で自在に動き回るティーポット一点に集中している。

 まじまじとクゥが見詰める中、ティーポットが踊る様にくるくると回転し始める。

 回転したかと思えば、ポットが傾き、ポットの嘴から中の紅茶が流れ出る。

 しかし、紅茶はテーブルに溢れる事もなく、流線形を描きながら開いた蓋からポットの中へと戻っていった。

 そんなポットの大道芸を、口をポカンと開けて見ていたクゥの姿が可笑しかったのか、フレアがクスクスと笑う。


『そうね、先ずは自己紹介からしましょうか』

 ポットがコトリとテーブルに着地したのを合図にフレアが口を開く。


『もう知ってるでしょうけど、改めて。

 はじめまして、私が魔女フレアよ。紅い魔女と呼ぶ人もいるわ。よろしくね』

 そう言って、魔女フレアは綺麗に微笑んだ。



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