勇者のお供をするにあたって・24
「それは私が凄く可愛いとか、そう言う事で御座いましょうか?」
『……そっち?』
竜王が何処か不可解な物を見たと云う風に尋ねてくる。
「そっち……とは? 天使というのは女性や子供に対する誉め言葉と云う認識で御座いましたが違うのでしょうか? つまりは竜王様は私が女性であると仰りたいのでは?」
『ふむぅ、そう来たか。――――いや、じゃが、女性と言うのも正解じゃ』
「……そう……ですか。……私に性別があったのですね。―――しかし」
『とにかく、説明の前に服を着よ。勇者が目のやり場に困っておるぞ』
完全に後ろを向いてしまったロゼに僅かだけ視線を向ける。耳が心なしか赤い。
訳が分からないままだが、竜王にそう言われ服を着直す。
「それでどう言う事で御座いましょうか?」
『ふむぅ。理由までは分からぬが、あやつ……先代の妖精王はお主の魂に容姿の認識を書き換える術を施した様じゃ。魔法とは違うゆえ効果の期限も無いのじゃろう。
それにより、お主には翼が羽根に、身体は無性と云う風に見えておるし、感じるのじゃろう。他にも認識が書き換えられた物があるやも知れぬが、それは術を施されたお主にしか分からん』
「その先代の術によって私が気付けないだけで、……私には翼と胸がある……様に他の方からは見えるのですね?」
『ふむぅ、そうじゃ。そして、先程述べたがお主の種族は天使じゃ。ハーピーとは違う。あの翼から漏れでる力は間違いなく聖霊力。天使ならば聖霊力を持つのも納得出来る話じゃ』
「……そうですか。……ありがとうございます」
竜王に礼を頭を下げる。
『……聞かぬのか? 色々と疑問も残っておるじゃろう?』
ホッとした様な表情を見せる私に竜王が問うてくる。
「気にならないと言えば嘘になりますが、……私は純粋に自分が何者であるか知りたかっただけで御座います。答え次第では旅を諦めざる終えないかと。―――ですが、天使というならば害のある物でもありませぬでしょう。私はこのまま勇者と供に旅を続けて行こうかと思います。
どういう意図を持って、先代が私にその様な術を施したのかは分かりませんが、私は先代を信じておりますゆえ、もし、また先代に会えたならば理由はその時にでも尋ねる事と致します」
そう述べ、私は軽く微笑んだ。
『……ふむぅ、そうか。……お主に慕われてあやつも幸せものじゃのぅ』
私の言葉に竜王が少し嬉しそうに目を細める。
「ロゼ、クゥ」
私は二人の名を呼ぶと、居住まいを正し、言葉を続ける。
「ごめんなさい。私は妖精では無かったみたい。それでも、迷惑でなければあなた達の旅に付いていっても良いかしら?」
『勿論だよ! 嫌だって言っても引き摺って行くんだから! ね? ロゼ!』
笑顔のクゥが私に力いっぱい抱き付きながらそう言ってくれる。
『え? そりゃ当然だろ? マーちゃんが居なかったら誰が俺とクゥの面倒見るの?』
『そうだよ、マーちゃん。世界を見て回るって約束でしょ? ロゼは方向音痴なんだからマーちゃんが居てくれないと!』
『ほっとけ』
二人のいつもと変わらないやり取りに、ついクスクスと笑ってしまう。
「そうね……仕方無いからマーちゃんが付いていってあげようかな? 二人の子供も見なきゃだし」
『そこ!?』
婆臭い私の台詞にロゼが声を上げる。
それから三人で笑い合う。
『ふむぅ、お主らなら大丈夫じゃろうて』
しばらく笑い合う私達を眺めていた竜王がそんな言葉を届けた。
私は軽く咳払いをしてから、竜王に言葉を返す。
「ですが、魔王を滅ぼす目処が立った訳でも御座いません。これから何処に向かえば良いものか……せめて、先代か、メフィスト・フェレスの居場所でも分かれば良いのですが」
『それについては私に提案が。竜王様』
『なんじゃウロ?』
『人探しならばフレアを頼ってはどうでしょう?』
『あやつか……ふむぅ、確かに人探しならばあやつが適任じゃが……あの変り者が手を貸してくれかのぅ』
渋い様な顔をした竜王がそう愚痴る。
「どの様な方なので御座いましょうか? そのフレアさんとは」
『魔女です。魔女フレア。彼女は様々な魔法を熟知している魔導士で、取り分け、人探しや予言などを得意としています』
私の質問にウロが答える。
「人探しが得意とあれば、是非紹介して頂きたく存じます」
『じゃが、変り者でのぅ。素直に協力してくるかのぅ?』
『では、私が一筆書き認めましょう。しばしお待ちを』
そう言ってウロは一礼し、そそくさと何処かに行ってしまった。
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
ウロの背中に向けて礼を述べた。
☆
『お待たせしました』
竜王を加え、今後について話し合っていると然程に時間を掛けずにウロが戻ってくる。
手にはクルクルと丸めた一枚の紙を手にしていており、それを私に差し出しながら、ウロが口を開く。
『お受け取り下さい。竜王様の書簡とあらばフレアとてそうそう無下にはしないとは思いますが、幾分気難しい方なので』
「ありがとうございます」
ウロから手紙を受け取り、もう一度礼を述べる。
人当たりの良さそうなウロをもってして、気難しいと言わせるのだ、中々に難のある性格なのかも知れない。
『忠告じゃが、あやつの年齢には触れてはならんぞ。秘術によって若さを保ち、人間じゃがゆうに200は越えておる。歳に触れれば灰になるのは確実じゃ』
「……肝に命じます」
800越えの私にどう扱えと……。とにかく逆鱗たる年齢については決して触れないで置こう。
『それで、直ぐに行くのか?』
竜王が少し寂しそうに問うてくる。
「はい。ゆっくりして行きたい所ではあるのですが、少々気掛かりな事も御座いますので」
『左様か』
『お爺ちゃん! 絶対また来るからね!』
そう言って満面な笑みを浮かべたクゥが竜王の顔にすがり付く。
『ふむぅ、楽しみにしておるぞクゥ』
「今度来る時はひ孫も一緒かも知れませんよ?」
『おい!』
『わっはっは、それは楽しみじゃ! おっと、そうじゃ忘れるとこじゃった。ウロ、ヒナのペンダントがあったじゃろう。悪いが持って来てくれぬか?』
『……すぐにお持ちします』
ウロは僅かに驚いた様な素振りを見せたが、すぐに先程までのニコニコ顔に戻り、一礼して去ってしまう。
「雛?」
『孫娘の名前じゃよ』
ヒナか。ドラゴン的に孫に雛と名付けるのはどうなのだろうか?
下手するとあっちもこっちこも雛、ヒナ、雛になるのではないだろうか? 区別は付くのだろうか?
私がそんな事を考えていると、大事そうにペンダントを両手に持ったウロが戻ってきた。
ウロは何かを確認するかの様に、竜王に顔を向ける。
そんなウロに竜王が小さく頷き返す。
そうして、ウロがクゥへとペンダントを差し出した。
『儂の鱗と爪で作られた御守りじゃ。きっとクゥを守ってくれる』
『でも……良いの?』
『勿論じゃ』
『ありがとう……大事にするね』
そう言って笑顔のクゥがペンダントを受け取り、その場で首へと下げる。
『えへへ』
派手な宝石の類が付いている訳ではないが、磨かれた真っ白な鱗で作れたであろうそれが、揺れ動く度にキラキラと光を反射する。そんなペンダントを下げたクゥが少し気恥ずかしそうに笑う。
口頭で勝手に決まった祖父と孫の関係ではあるのだが、クゥはそんな事はどうでも良いらしく、余程嬉しかったのかそれからしばらくの間、旅の合間合間でとても嬉しそうに何度もペンダントを手に取っては眺め、はにかむクゥを見る事になる。
こうして、私達は竜王達に別れを告げて竜の園を後にしたのだった。