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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅲ章【勇者ロゼ・前編】
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勇者のお供をするにあたって・23

『平気か?』

 建物内部へと戻った私に、ロゼがそう声を掛けてくる。


「ええ、大丈夫よ。ごめんなさい」

『構わないさ』

『マーちゃん! あ、ごめん、ちょっと待ってね!』

「……何をしているのかしら?」

 私に気付いたクゥを見て、僅かに顔を引き攣らせながら問い質す。


『おお、戻ったか妖精王。あ~、もう少し右じゃ』

『ここ?』

『ふむぅ。そこじゃ』

 はぁ~、と竜王がとろける様な吐息を漏らす。


 今、見ている光景が幻覚で無ければ、何故か竜王の背に乗ったクゥがその背を両手でトントンと叩いているのが見える。

 いや……トントンなんて優しいモノじゃない、結構な威力があるであろう拳打である。

 今日の私は、もう多少の事では驚かない自信がある。

 しかし、今、目の前で繰り広げられる出来事に頭が痛くなってきた気がする。


『お爺ちゃん孝行らしいですよ』

 苦い顔をする私に、笑顔のウロがそう説明してくる。


「……すいません」

『いえいえ。突然、クゥさんが肩叩きしてあげると竜王様に告げた時は、流石に私も少々驚きましたが、竜王様ご本人が嬉しそうですので』

 「あの、つかぬ事をお聞きしますが、ウロさんは人間なのですか?」

『いいえ、私は竜人です。と言っても、私に流れる竜の血はもう随分薄くなってしまっていますが。ここで竜の御子として竜の園の管理を任されております』

 まぁ、やる事はあまり無いのですけどね。と、依然として笑顔を絶やさずにウロが返してくる。


 自らを竜の御子だと名乗ったウロは、薄く青みがかった銀髪の男性である。

 竜人……。確かにその瞳はどこかドラゴンを彷彿とさせる様に金色をしている。歳は20代後半と言った所だろうか。


『竜の御子になって200年程になります』

 前言撤回。200越えであった。


『200年程、竜王様にお仕えして居りますが、初対面であそこまで竜王様に気軽に察した方はクゥさんが始めてです』

「……すいません」

『ああ、いえ、責めている訳では無いのです。あんなに楽しそうにする竜王様も久しぶりです。クゥさんには御礼を言いたい位です』

「そうなのですか? 外の様子を見た限り他のドラゴン、竜王様の眷属も居られますでしょうに」

『ええ、まぁそれは勿論そうですし、小さな子ら等は良く竜王様にじゃれても来ます。しかし、今はもう言葉を理解し、話せるドラゴンは居ませんから、竜王様からすれば少し物足りないのでしょう』

「と言うと、昔はドラゴンは言葉を話せたのですか?」

『ええ、そう聞いています。私は竜王様以外に見た事がありませんから、それもずっと昔の事です。

 それに、この園に住む私としても、精々、話し相手か、たまに体をお拭きする程度の事しかして居りません。流石にいくらマッサージとは言え、主のお身体を叩くのは気が引けますゆえ』

 そう言ってクスクスとウロが笑い、『それに、私があれをする所のイメージも湧かないでしょ?』と、竜王の背を百烈拳で連打するクゥを見ながら付け加える。

 老いても竜王。その鱗は頑強なのだろう。


「まあ、確かに……」

『でしょ?』とウロが楽しそうに返す。

『ああ、イメージと言えば……どうでした? 実際に竜王様とお会いして』

「……」

 渋い顔をした私の無言の返答にウロがクスクスと笑う。


『私もお仕えしたばかりの頃に同じ気持ちを味わいましたよ』

「―――イメージって大事ですよね」

『ええ、全くその通りです』

 私同様、ウロさんの中の竜王はもっと厳格で、恐れ多いイメージだったのだろう。

 だが、蓋を開けたらアレである。

 まぁただ、私もそれを言えた義理じゃないかも知れないのだろうけど。



『して、妖精王よ』

 私とウロがそんな会話をしていると、クゥに肩だか背中だか良く分からないが、とにかく身体を乱打されたままの竜王が声を掛けてくる。その声は僅かに震えているが、別に怯えている訳でも、寒い訳でも無いだろう。身体を乱打されているがゆえの震えである。

 今やクゥの拳はドドドドという擬音が聞こえて来そうな程の勢いだ。


 あれは本当に肩叩きなのだろうか?

 ちょっとした魔獣程度ならミンチにしてしまえるのではないか?

 竜王の身体は大丈夫なのか? クゥの拳は無事なのか?


 そんな私の心配を他所に竜王が言葉を続ける。

『何か思い出せた事はあるのか?』


「はい……少しだけ、ですが」

 そう前置きし、私は思い出した事を竜王へと説明する。

 妖精とは異なる自身の身体の事。

 先代の事。

 メフィスト・フェレスの事。

 私の隣ではロゼが、それらを淡々と語る私を複雑そうな顔で見ながら話を聞いていた。

 クゥなどはいつの間にやら手を止め、私の話に聞き入っている




『メフィスト・フェレスのぅ……聞いた事の無い名じゃな』

 話しを聞き終えた竜王がメフィスト・フェレスについてそう話す。


「メフィスト・フェレスについては私も殆ど存じ上げません。ただ先代の友人で、魔導士である、とだけ。

 彼についても気になるのですが、私は、私が何者であるのか、という答えを知りとう御座います。

 私は本当に特別な妖精なのでしょうか? 違うのならば、何故、先代は私に妖精だと信じ込ませ様としたのでしょうか?」


『ふむぅ。質問じゃが、お主は何故自分が妖精であると思っておった。いや、儂もお主を始め見た時に、妖精王としての力を得てその姿になったものだと思っておった。力を得た肉体が変化するのは然程珍しい事ではないからのぅ』

 そう語る竜王に私も小さく頷く。


 大きな力を内包するに辺り、身体がそれを受け入れる為に、より強い肉体に変化するのは考えられる話なのだ。

 禍を得た魔獣などがその最たる例だろう。

 ゆえに、今まで誰も私の身体について触れる事は無かった。


 もっとも、私の出会った人の数など過去の勇者達や、ロゼやクゥなど、数える程しかいないのだけれど。


「私も子供の頃は、他の妖精達と見比べて自分の身体に違和感を持った事はありました。しかし、先代の、特別だから、妖精王だからと言った説明に何故か納得してしまっていました。

 それが何故かは分かりませんが、納得してしまったのです。それに身体の大きさは違えど妖精達と同じ羽根を持っていましたし」

『ふむぅ。それはおそらくあやつの術であろうな』

「術?」

『昔は妖精を、魂の誘い手とも呼んでおったが、聞いた事は?』

「いえ……」

『じゃろうな。今は殆ど失われた力じゃと聞く。妖精のその力は魂に直接作用する特別な力じゃ。あまり詳しくは知らぬが、その力の中には人の意思を改変する術もあった筈じゃ。簡単に言うてしまえば、都合の良い様に思い込ませる術じゃな。おそらく、あやつはそれでお主の中の違和感を取り払ってしまったのじゃろう。疑問を持たぬ様に』


「先代はその様な事が出来たとは……初耳です」

 しかし、ならばこそ余計にそうまでして先代は何故、私を妖精だと思わせたかったのか?

 私が一体何だと言うのだろう……。


「お主、妖精と同じ羽根を持っておると言ったな。良ければ見せて貰えぬか?」


「ええ……構いませんが……」

 そう返し、私は肩掛けを外し、白を基調とした自らの服に手を掛ける。


『ちょー! ちょっと待った! ここで!? ここで脱いじゃうの!?』

 ロゼが手で制止ながら慌てて声を掛けてくる。

 何か不味いのだろうか?


 そう思ったが、直ぐにはたと気付く。

「前にも言ったけれど、私に性別は無いのだし、気にするモノでも無いでしょ?」


『ん?』

 私の言葉に竜王が訝しげな声を上げるが、気にせずに服を脱ぐ。

 相変わらずペッタンコである。

 当たり前だが。


『うがぁ!』

 ロゼが声を上げ、顔を赤くして後ろを向いてしまった。

 このペッタンコの何に顔を赤くするポイントがあったのだろうか?まさかそういうのが趣味なのか?

 もしそうならクゥとの婚約を考え直して貰う必要があるかもしれない。

 

 クゥも僅かにポカンとした後、自分の胸に両手を当てて何かを確認している様子である。

 ペッタンコなので発展途上のクゥにも負けている。別に悔しくも何とも無いが。


 そっぽを向いてしまったロゼに構う事なく、私は踵を返して竜王に背を向ける。

 そうして、背中が見え易い様に、腰まで伸びた薄いエメラルド色の髪を手で纏め、少しだけパタパタと羽根を動かして見せる。

 普段はずっと服の下に隠していて自分でもあまり見る機会は無いが、これと言って特に変わった様子は無い様だ。


『これは、――――竜王様!』

『ふむぅ。驚いたのぅ』

 これに驚きの声を上げたのはウロと竜王である。


「何か変でしょうか?」

 その反応に僅かに不安を覚え、問う。

 私が見た限りでは、妖精達と何ら変わらないと思うのだけれど……。

 首をいっぱいまで回し、自分の背中にある羽根を見ながらそんな感想を持った。


『お主、口ぶりから察するに、これを他の妖精の羽根と同じに見えとるのか?』

「……どういう意味でしょうか?」

『マーちゃんの(はね)真っ白で綺麗ぇ……』

 疑問の声を上げる私に、クゥがうっとりした顔でそんな感想を述べてくる。

 真っ白? 薄い透明の羽根の何処に真っ白な要素があるのだろうか?


『ふむぅ。お主以外にはのぅ、それは羽根と言うよりは翼にしか見えん。白く大きな翼じゃ』

 どうやって服に入っとったんじゃ? と付け加えた竜王が告げる。


「仰有ってる意味が良く分からないのですが……」

『そのまんまじゃ、お主には妖精の羽根に見えるそれは、儂らには白い翼に見えとる。そして、翼から放たれる雰囲気。まず間違いあるまい』

 どう見ても白い翼には見えないのだけど?

 触って見ても、感触は昆虫のアレである。ツルツルと言うか無機質と言うか。

 薄いけれど硬い。膜は透明で、羽根を掴む私の手が透けて見えている。

 うん、間違いなく妖精の羽根である。


 怪訝そうに羽根を確かめる私に竜王が告げる。




『お主は天使じゃな』


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