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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅲ章【勇者ロゼ・前編】
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勇者のお供をするにあたって・22

 建物を出た私は、そのまま何処を目指すのでもなく草花の敷かれた大地をゆっくりと歩いた。

 高地の冷たいそよ風が、涙に濡れた頬に当たり一層冷たく感じる。

 それを手で拭いながら、尚も歩き続ける。

 のんびりと過ごすドラゴン達を眺めながら辿り着いたのは、頂きの端部。

 そこから眼下に視線を向けると、雲が漂っているのが目につく。

 いや、それは何も眼下に限った事ではない。

 この頂き、ドラゴンの楽園はまるで世界から隠れる様に雲に覆われていた。

 けれど、不思議な事に、陽光が雲で遮られる事もなく、暖かい陽射しが辺りに燦燦と降り注いでいる。


 ぼんやりと楽園を包む雲を見ながら考える。


 何故、先代は嘘をついたのだろう?

 いや、別に先代は嘘を口にした訳ではない。先代は聖霊力が使えるとはおそらく一度も口にはしていないだろう。勝手に私が勘違いしただけに過ぎない。

 だが、隠していたのは事実だ。

 では何故隠していたのだろう?

 そこにどんな意味があるのだろうか?


 そこで憎たらしい顔をした先代の顔が脳裏に過る。

 悪戯が好きでいつも私を困られていた先代。

 冗談が好きでいつも私を笑わせていた先代。

 でも、根はとても優しくていつも私を気遣ってくれていた先代。

 七夜の花から生まれる妖精に親は居ない。樹が親と言えなくもないのだろうけど、樹は何もしてはくれない。ただ生み出し、そこに在り続けるだけ。

 だから、私は、私に限らず妖精は親の温もりなどは知らない。それが寂しいと思った事など無いが、それでも、きっと、私に父と呼べる人が居るのならそれは先代だろうと思う。

 それはいつの頃からか感じる様になった。

 一度も父と呼んだ事など無いけれど。


 私の思い出の中の先代はいつだって笑っていた。

 あの笑顔は嘘ではない筈だ。そう信じたい。

 だからこそ、隠さなければならなかった理由がきっとある筈である。

 600年も隠し続けたのだ。直ぐに答えは出ないかも知れない。

 しかし、裏を返せば600年もあったのだ。何かヒントがある筈だ。

 先代が口を滑らせた事は無かったか?

 誤魔化す素振りは?

 怪しい行動は?


 けれど、そのどれを取っても悪戯関連しか出て来ない。

 夜中にコソコソと罠を仕掛ける先代。それを誤魔化す先代。誤魔化しきれずボロを出す先代。


「ふふっ」

 そんな事を思い出して、思わず声を出して笑ってしまう。

 私の知る先代はそんなのばかりである。


 ――――。

 

 一度大きく深呼吸し、気持ちを切り替える。


 先程、泣いてしまった理由を考える。

 何故か分からないが涙が溢れてきた。

 あれは嘘を付かれていたのが悲しかった訳ではない。

 むしろ、あの時の感情は嬉しさ。そんな風であった。

 私は何かを忘れてしまっている気がする。

 しかし、それが何かがハッキリと分からない。



 そう、何かずっと昔、私が子供の頃の話だったと思う。

 子供の私が居て―――先代が居て――――それから……子供の私は泣いていた様な気がする。先代が手を差し伸べてくれた気がするが、……思い出せない。

 子供の頃の記憶など800年近く前の記憶である。そうそう思い出せる訳もない。


 ん? あれ?




 ――――子供の頃?

 可笑しい……何故、記憶の中の私は子供なのだろう?

 妖精は七夜の花から生まれ出た時から変化などしない。成長という概念は無い。妖精にとって成長とは知識を蓄える事であり、身体の成長など無い筈だ。

 なのに、何故、私には子供時代の記憶があるの?




「―――ッ」

 そうだ。ずっと昔、尋ねた事があった筈だ。何故か忘れてしまっていた。その疑問が気に為らなくなっていた。先代が気にする必要なんか無いと言ったから。些細な事として切り捨ててしまった。

 そうやって切り捨て、いつの間にか記憶の中から消してしまっていた。


 

 確かに私は先代にこう尋ねた筈だ。

 ――――どうして私はみんなと違うの? と。


 そう、私だけが他の妖精達と違って人と同じサイズの肉体を持っている。

 私がその事を先代に尋ねた時、子供の頃は、特別だからだ、と。

 妖精王を引き継いだ際は、妖精王だから、と。そう先代に言われた。

 私はそれに疑問を抱かなかった。


 何故だろう?

 少し考えれば先代のそんな簡単な誤魔化しくらい直ぐに気付けた筈だ。しかし、私は気付かなかった。そうして、今の今までそれを可笑しいとも思わなかった。

 指摘する者も、疑問の声を上げる者も居なかった。


 妖精王だから。

 そんな馬鹿な話があるものか。

 考えれば直ぐ分かる事だ。何故、気付けなかったのかと自分の正気を疑うくらいだ。

 だって先代はずっと妖精のサイズだったのだから。



 しかし、私は妖精王になる前から人と同じサイズである。いや、子供の頃から人の子供と同じ様な体格をしていた。

 そうして時間と共に、まるで人間の様に私は成長してきた。

 しかし、寿命はゆうに800を越えている。人である筈はない。

 何だ? 私は一体どういう生き物なのだ? この身体は何なんだ?


 特別だから?


 違う。

 それも先代のその場しのぎの誤魔化しだろう。でなければ、妖精王だからと途中で意見を変えたりはしないと思う。

 何故、先代は途中で意見変える必要があったのか?

 そのまま特別で通す事も出来た筈だ。何かそうしなければいけない理由があったのだろう。

 途中で変える理由とは如何なる時か?


 何か事情が変わったのか? 或いは、―――私が何かに気付いたから……それを隠す為か?

 この期に及んで単なる気紛れ、という事は無いだろうと思う。


 あの前後で事情が、環境が変わったとしたら……。


 それだと私が妖精王になった事くらいしか思い付かない。森の外の出来事ならばお手上げである。外の事など分からない。


 気付いたとした場合はどうだろう?

 あの前後で私が気付いた事……。


 そんな事があっただろうか?

 思い付かない。そもそも気付いたならば先代に尋ねた筈だ。

 妖精王になる前は、何か疑問があれば直ぐに先代に尋ねていたから……。

 そんな私が先代に疑問を尋ねないなど、――――。





 ――――あった。

 確かにあった。

 ひとつだけ、私が先代に尋ねなかった事。

 恐怖と不安で聞けなかった事。



「メフィスト・フェレス」


 思わずその名を呟く。

 メフィスト・フェレスのあの出来事を私は先代に尋ねなかった。聞けなかった。

 心の中の何かがあの時私を引き止めたから。

 私はそれを、先代への猜疑心から来るモノだと思っていた。だからあの出来事を先代に告げられないのだと。


 違う。

 今ならばハッキリと分かる。あれは猜疑心から来るものじゃない。

 今こうして頭を悩ませる出来事に気付く事が怖かったのだ。

 

 私がそんな風に感じたのならば……。

 もしそうであるなら、―――先代は知っていたという事だろう。

 メフィスト・フェレスが連れ去ってしまった同胞達の事を。

 ――――知っていて見捨てた?


 有り得ない。

 先代はそこまで薄情ではない。普段、顎で扱き使おうとも、私を、妖精達をとても大切にしていた。ゆえに、知っていて行動を起こさないとは考え難い。

 つまり、あれは先代の手引きあっての出来事だろう。

 そうだ。そもそも先代は始めからメフィスト・フェレスを友人だと言っていた。

 あの出来事を目撃した私が勝手にそれを認めなかっただけである。

 始めから繋がっていたのだ。


 私が妖精王の位を授かったのも、それからしばらくしての事だった。

 あのタイミングだったのは、メフィスト・フェレスの一件を有耶無耶にする意味合いもあったのではないだろうか?

 そうして、追及を避けて森を出たのならば……。

 先代は、私が妖精王となれば森を離れないと踏んだのだろう。

 そうすれば、自分が妖精の聖域(フェアルチェアリ)を訪れない限り、私が先代に尋ねる事も、真相に気付く事もない。

 しかし、ロゼとクゥを切っ掛けに私は妖精の聖域(フェアルチェアリ)を出た。

 ここまで辿り着いた。



 しかし先代は何故、そんな仲間を売る様な真似を?

 彼の人工生命体(ホムンクルス)研究と関係があるのか? 或いは他の何か。



 ふぅ。私は小さく溜め息をつく。

 正直、会いたくは無いが会って話しを聞くべきだろう。

 しかし、メフィスト・フェレスが何処に居るかなど見当も付かない。まさかここに来て、彼を避けていた事が仇となるとは。



 ふぅ。私はもう一度溜め息をつくと、踵を返し、仲間達の居る建物へと戻る事にしたのだった。



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