勇者のお供をするにあたって・21
書きながら竜王様の声がダンブルドアにしか聞こえなくなってきた。
『何の話じゃったかな?』
竜王が僅かに首を傾げながら聞いてくる。
お爺ちゃん、とうとうボケた様です。
『……お主、今、失礼な事考えておらぬか?』
「……別に?」
私のつっけんどんな態度に、ウロがクスクス笑い『魔王は滅びるのかという話ですよ』と竜王に告げる。
『ああ、そうじゃったのぅ……結論としては、現状では倒す事は出来ても滅ぼす事は叶わぬじゃろうな』
「……何故、そう思われるのです?」
『ふむぅ。妖精の王よ、魔王とは如何にして誕生したのかは知っておるか?』
「母の灰より生まれ出た存在……でしょうか?」
『ふむぅ、そうじゃ。母の灰、嘆きの灰とも呼ばれておる。灰とは禍。魔の力そのもの。
つまりじゃ、魔王とは禍の塊であると儂は考える。魔の力の塊じゃ。力とは不変。形は変わるが力自体が失われる事はない。少し形が変わるだけじゃ。形を変え、常に世界を循環し満たしておる。
そしてのぅ、力とは寄り集まれば意思を持つ。
意思と言うても知恵とは少し違うやも知れぬがのぅ。漠然とした意思じゃ。
これは禍に限らず有り得る話じゃと儂は思う。最も身近な物で例えるなら、魂がそれに近いやもしれん。
魂とは何か儂とて分からぬ。じゃが、魂とは何らかの力の塊じゃ、そして、それに肉体という器を与える事で意思ある生として世界に存在しておる。言わば器とは、魂が意思を持つ為の切っ掛けの様な物じゃ。
それを踏まえた上で禍の話に戻るのじゃが……
先程、禍は力の塊だと言ったが厳密に言えば、禍は力だけではないと考える。
何故か―――それは禍が灰じゃからじゃ。灰とは通常、燃えカスの事を指すじゃろぅ? しかし、燃えカスとて形ある物には違いない。つまりこの燃えカスこそが魔王の肉、器じゃ。
普通は、肉体と魂は別の物と考えるのが自然じゃ。器たる肉体が滅びれば魂は器を失う。これが死じゃ。
逆に、魂を失えば肉体もただの肉の塊に成り果てる。これも死の形じゃろぅ。
しかしのぅ、その身体を禍で作りあげる魔王はどうじゃ? 別々の物であるはずの器と魂をあやつは同じ物として持っておる。
つまりじゃ、如何に魔王を打ち倒そうとも、禍の持つ性質が消えた訳ではない。魔王を打ち倒すとは、ただ禍を目に見えぬ程、分散しただけに過ぎぬ。本来ならば形を変え世界を循環する筈の力じゃが、灰という固定された形を持っておるゆえ、循環せぬ、形も変えぬ。
そして、禍はいずれ時と共に寄り集り、力と肉と化す。ゆえに、禍に力と器の両方の性質がある限り魔王は滅びぬ。
あやつを滅ぼす手立てがあるとすれば、世界から禍という存在自体を消してしまわねばならぬのじゃ。
しかし、それが出来るか? 否、そんな事は出来ぬ。力は不変という世界の理を螺曲げでもせぬ限りな』
竜王はそう一気に説明し、最後に『あくまでも儂の考えじゃ、真実とは限らぬ』と付け加えて話を終えた。
「……もしそうならば、この先、魔王は滅びる事は無い、と? 打ち倒せば束の間の平和は訪れましょう。しかし、それだけ……。
打ち倒し、束の間の平和を享受し、また打ち倒す! 永遠にそれの繰り返しだと仰るのですか!?」
自然と声が荒くなる。
隣のクゥが私の大声に僅かに震えた。
『まぁ、そう興奮するでない。世界には希望も残されている筈じゃ』
「希望、ですか?」
『聖霊力じゃ、禍が母の残した物ならば、聖霊力もまた母の残した物。これに意味が無いとは思えん。―――いや、必ず意味が、役目がある筈じゃ』
竜王が私を宥める様に、諭す様に言葉を紡ぐ。
『儂は聖霊力は扱えぬし、詳しくは知らぬ。――――ここからは儂の勘じゃがのぅ。先の妖精の王、あやつは何かに気付いておる。禍か聖霊力か、はたまたそれ以外の何なのかは分からぬが、この現状を打破する何かじゃ』
「先代が?」
『あれの事じゃ、お主には何も話しておらぬやも知れぬが……。そもそも、魔王を打ち倒すだけならば聖霊力は必要とせぬ。それは儂や初代の勇者が証明しておる。儂も初代の勇者も聖霊力を持ってはおらぬからのぅ。
聖霊力を加護として勇者に与え始めたのは、お主が最初じゃ』
「―――え? い、いえ、先代が始めた事を引き継いだ訳ですから、始めたのは先代でございます」
『それがそもそも嘘じゃ』
「―――ッ!」
竜王の言葉に絶句する。
嘘? 先代の加護の話が? ―――いや、違う……先代は確かに加護を与える話をした筈だ。
魂分ちの儀を用いて、七夜の樹の根の元で行う。発光云々はデマカセに違いないが、全てが嘘? 有り得ない。
「そ、そんな筈はありません! 先代は確かに―――」
『お主は……長く先代と共に居たのであろう? では見た事があるのか? 先代が勇者に加護を与えるところを。』
「ッ! ―――ありません。……ありません! ですが!」
『無いのじゃよ、あやつが加護を与える事は。絶対に』
竜王がそこまで言って、少し複雑そうな顔をする。
何か言いづらそうな事でもある様なそんな……。
『……あやつはのぅ、聖霊力など持ってはおらぬ』
頭が真っ白になった。
竜王様は一体何の話をしているのだろうか?
先代の話?
聖霊力が無い? 先代が?
そんな事がある筈がない。
そう。先代は良く悪戯を私に仕掛けていた筈。
妖精の抜け道で何回森の外に放り出され、何回花玉をぶつけられた事か。
(妖精達が作った)
七夜の樹に植えた花樹。先代が演出力の一環だと植えた樹。
森では枯れてしまうあれらを日々の手入れと聖霊力で維持していた。
(結局、植えただけで先代は面倒臭がって何もしなかった)
そうだ。
浄化作戦と称して、森に侵入した魔獣を聖霊力を用いて退治した事もあった。
(私の聖霊力で)
そうそう。
落雷で燃えた木々を助けた事もあった。
(私と妖精達が)
あれ?
あれ?
他にもいっぱいあったよね?
だって600年近く傍に居たんだから。
他にもいっぱいあったよね?
でも……あれ? 可笑しいな?
先代が聖霊力を使ってるところ、見た事無いや。
「……私……何で泣いてるんだろう?」
思わず口に出して見たけど、いつの間にか涙が溢れてきた。
何故だろうか?
何も悲しい事なんて無い筈なのに。
何だろう? 何かが引っ掛かる。
何かを忘れている気がする。
何だっけ?
何か大事な事だったと思う。
何だっけ?
思い出そうとするが、その度に思い出が邪魔をする。妖精達が笑ってて、私が笑ってて、先代も笑ってる。悪戯の後のあのいつもの憎たらし顔で。
それらを振り払う様に頭を振ってみる。
しかし、いくら振っても湧き出て来るのは、妖精達と、先代と、一緒に過ごした楽しい日々ばかり。
違う。
それじゃない。私が求めているのはそんな記憶じゃない。
もっと前、ずっと前。
思い出せない。
依然として、ぽろぽろと涙を流す私の手に何かが触れた。
視線を横に向けると、クゥが少しだけ悲しそうに私の手を握っていた。
何も言わずに。ただただ握り締める。
温かいクゥの手のお蔭で私は少しだけ冷静になれた気がした。
でも、何故だかその温もりと別れ難くて、しばらく、そうやって手を繋いでいた。
情けない。
そう思うと何故か急に気恥ずかしくなってきた。
子供みたいに泣いて、みっともない。
私はクゥに「ありがとう」と言って、もう大丈夫だと目で語る様に笑顔を向けて手を離す。
それから、「少し、休ませて貰えますか?」と竜王に告げる。
『ふむぅ。ウロ』
竜王の言葉にウロが頷き、ウロが動きかけた所を片手を挙げて大丈夫だと制止する。
「少しだけ外の空気を吸って参ります」
私は一度、竜王に頭を下げると踵を返し、外へと向かった。




