勇者のお供をするにあたって・20
『ふむぅ、魔王か。……あれもまた分からぬ部分が多い存在よのぅ』
僅かに目を瞑り、竜王がそう口にする。
いくら長きを生きる老王とて魔王の全てを知っている訳では無いらしい。
「私達が知りたい事は多々あるのですが、最も気になる事を挙げるならば、魔王は滅びるのか? という点です」
『滅びる、か。言い得て妙じゃな。知っているじゃろうが倒すだけならば出来るじゃろう。以前の勇者もそれを成した。勇者だけでは無い。儂の知る限り、魔王は過去に三度討たれておる』
『三度も!?』
竜王のその言葉にロゼが驚きの声を上げた。
ロゼの驚きはもっともだと思う。
三度の討伐。
それは裏を返せば、三度も甦った事になるのだから……。
『ふむぅ。一度目は若く、力のあった頃の儂じゃ。長きに渡る戦いの末、儂と儂に連なる眷属達が全身全霊を持ってあやつを葬った。もう数千年も昔の事じゃがのぅ』
「竜王様が!?」
『竜のお爺ちゃんすごーい』
竜王の言葉に驚きの声をあげる私とクゥ。
え? クゥ、今なんて?
『そうじゃろぅそうじゃろぅ。儂は凄いんじゃ』
愉快そうに話す竜王。
『二度目は人間じゃ。大変優れた人物でのぅ。山脈を抜け儂の元へやって来て、魔王を倒す事に協力して欲しいと申し出た。
じゃが、それを儂は断った。先の戦いで勝利したとは言え多くの眷属を失ったからじゃ。
あれだけの戦いを繰り広げたにも関わらず数百年のち、平然と魔王は復活を果たしたのじゃからな。正直、あまり関わりとう無かった。
儂だけなら戦う事も出来たじゃろうが。それは眷属が許さぬ。必ずや戦えば儂に付いて来たじゃろう。
それを理解しておったので、これ以上同胞の血を流す訳にはいかんと思うてのぅ、ゆえに断った。
じゃが、かの強大な力を持つ魔王を相手にするという青年を不憫に思うてのぅ。ならばと、変わりに儂の牙を与えた。そやつも欲しいと言うし、丁度、虫歯じゃったしのぅ』
おや? 竜王様?
変な事を言い出したけど、ちょっと眠いのかしら?
『そやつが儂の牙から作り出したのは、一振りの剣じゃった。お主が持っておるそれじゃな』
ロゼを顎で示しながら竜王はそう言う。
『成る程。名前が同じなのは竜王様の牙から作られたからなんですね』
ロゼが絶対王者を見ながら納得したかの様に頷いた。
竜王の牙から作り出されたのは知っていた。多分、私以外の人々も知っていると思う。
知らなかったのは、所持しているロゼ本人だけだろう。
まぁ、異世界から来たロゼがこちらのおとぎ話を知らないのも無理は無いので、仕方無いだろうけど。
ただ、おとぎ話では勇者が竜王と戦い、その時に牙を手に入れた事になっているので、真実とは少し違う様子であった。
その辺りは所詮、おとぎ話、と云う事だろう。
『ふむぅ、剣が作られた当初は名前など無かったのじゃが、孫娘がお爺ちゃんの名前を付けようと言いだしてのぅ。その方がお爺ちゃんが戦ってるみたいで格好良いって。儂も、じゃあそれで良いかなって』
……竜王様、やっぱり眠いのかしら?
『それで見事、二度目の魔王を打ち倒したのが、青年と孫娘、あとちょっとだけ儂じゃな』
『おー』
『お爺ちゃんすごい!』
『じゃろう? 儂凄いんじゃ』
耳を塞ぐ様に頭を抱えた私をローブの男性がクスクス笑う。
もう聞きたくない。何事もイメージって大事だと思うの私。
『三度目が200年前、二人目の勇者という事になるのかのぅ。面識は無いが、儂のひひひひひひ孫位を引き連れた勇者じゃ』
「ひひひひひひ孫?」
要するに子孫という事だろう。
私はその勇者を知っている。私が200年前に加護を与えた勇者であるから。
しかし、彼の仲間にドラゴンなど居なかった筈である。
彼の仲間は人間が一人だけ。大魔導士ルビーという女性一人だったと記憶している。
とにかく魔法に秀でている事と、常に眠そうにしている顔位しか印象に残っていないが。
『妖精の王よ。お主は会った事があるのであろう? 200年前ならば、かの勇者に加護を与えたのはお主の筈じゃ』
私が昔を思い出していると竜王がそう問うてくる。
「……確かに先の勇者に加護を与えたのはわたくしでございます。ですが、彼の仲間のドラゴンには会った事が」
『あー、そうか、すまぬ、儂の説明不足じゃ。
儂の孫娘はのぅ、純粋なドラゴンではなく竜人じゃ。竜と人の血を持っていてのぅ、見た目は人間と然程に変わらん
孫娘はのぅ、何を思ったか魔王討伐に向かう青年に着いて行ってしまってのぅ。
次にここを訪れた時にはひ孫を連れておった』
「と言う事は、二人目の勇者と供にいた竜王様の子孫というのは……」
『ふむぅ、人の姿をしておるじゃろうなぁ』
「では、あの大魔導士ルビーが、竜王様の子孫と云う事でございましょうか」
『名前は知らなかったが……。そうか、ルビー、と言うのか。……良い名じゃ』
まさかあのいつも眠そうにしていたルビーが竜王の子孫だったとは。
いや、確かにそれならばあの膨大な魔力も頷ける話だと思う。
世の中、目の前にしながらも私が気付いていない事象が多々ある様である。
本人は竜王の子孫だと知っていたのだろうか?
今となってはそれを聞く機会も無いので、余計な思考ではあるのだが、少々気になる所である。
『お爺ちゃんの孫凄い!』
『そうじゃろぅ?』
「あ、いえ、確かに竜王様を含め、その血筋が三代に渡り魔王討伐に関わったのは凄い事ではございますが、わたくしが聞きたい事は」
そこでハッとしてロゼとクゥを交互に見る。
「―――変な事聞くけど……二人は竜王様の子孫って訳じゃないのよね?」
『いや? 俺は異世界人だし……』
ロゼが何を馬鹿なと云った風に返す。
『分かんないけど、違うと思う……』
クゥは出自が曖昧そうではあったが、それは魔族という苛酷な環境ゆえの曖昧さであろう。特に含みは無いと思う。
『まぁ、違うじゃろぅ。子孫ならば儂が力を感じておる』
竜王がそう言葉を告げ、血の繋りを否定する。
違うと言うなら違うのだろう。
まぁ、子孫が居たからどうこうと言う訳ではないが、二人をくっ付ける事に力を注ぐ私としては、そこは重要なファクターであると思う。
『そっか~、残念だね~』
『残念かのぅ? 別に血筋は関係無しに孫になっても良いんではないか? のぅ、ウロ?』
『竜王様が良いのであれば、良いのではありませんか?』
ウロと呼ばれたローブの男性が笑って答える。
『え~、じゃあ私、孫になろうかな~』
『ふむぅ、良いぞ。今日からお主は儂の孫じゃ』
『やった! ロゼ! マーちゃん! 私、竜のお爺ちゃんの孫になったよ!』
胸の前でガッツポーズを決めたクゥが、こちらを見ながら嬉しそうに笑顔で報告してくる。
『そ、そうだな』
喜んで良いのか分からずロゼが微妙な表情で笑う。
聞きたくない。
私の頭の中の竜王がガラガラと崩れて行くのを感じる。
再び、耳を塞ぐ様に頭を抱える私をウロがクスクスと笑って見守るのであった。